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立ち止まっている僕の元に近づいてくるその人達。
最初はまったくわからなかった。
でも、目の前に立たれて顔がはっきり見えるようになると、僕は小さく「あッ」と声をあげた。
「へぇ…俺達の事覚えてたんだ?」
「金魚の糞のくせして、生意気に」
松尾山で名波先輩達に話しかけ、去り際に僕を睨んできた人。
あの時は同じ年くらいかと思ったけれど、こうやって近くで見ると20歳前後くらいだとわかる。
それにしても、僕の勘違いかと思っていたけど、やっぱりあの時睨まれたんだ。
二人共、僕より少しだけ背が高い。それを利用して、思いっきり見下すような目で見てくる。
…なんでこんな…。
わけがわからなくて困惑していると、不意に総さんの言葉を思い出した。
『耀平と松浦は走り屋の中では神とまで言われるくらいに有名でな。だから、こいつらと親しくしていると妬まれる事もある』
…もしかして、あの時の睨みも、今のこれも、総さんの危惧していた事そのものなんじゃ…。
理由がわかって困惑は失せたけれど、代わりに今度は不安が襲ってきた。
松尾山に行ったのはあの時の一回限りだけなのに、それでもこんな風に睨まれるなんて。
どうすればいいんだろう。
僕は何も間違った事はしていない。
だから、こんな目で見られる筋合も、こんな言い方をされる謂われも無い。
「あれ、なにコイツ。俺らにムカついてるみたいだぜ?」
「はぁ?意味わかんね。ムカついてんのはこっちの方だ」
僕の顔を見た二人は、それまでの馬鹿にした笑いを引っ込めて、怒りの表情を浮かべた。
そして、あの夜に睨んできた人が、突然僕のパーカーの襟元を鷲掴んだ。
「……ッ」
「お前みたいな一般人の屑があの人達と一緒にいるなんて許されねぇんだよ!身の程を知れ!」
パーカーの襟元をグイっと引っ張られ、足がよろめく。
「二度とあの人達に近づきませんって言えよ」
もう一人も、憎々しげな口調で言葉を放つ。
ここまでの憎しみの感情を向けられた事なんて初めてで、怖くて足が震えてきた。
…でも…、僕にだって譲れない事はある。
「…イヤ…です」
「はぁ?!」
「イヤだって言ったんです…っ」
「ふざけんな!!」
僕の言葉に激怒した相手は、掴んでいたパーカーをグッと持ち上げた。
もともと体重が軽い僕の体は、それによって上に引き上げられる。
く…るし…い…。
相手の手首を掴んで、腕を離させようとした。
その時、
「俺の大切な子に何してるのかな~」
聞き覚えのある声。緩い口調の中にある怒りの色。
僕の背後から来たその人は、パーカーを掴んでいた人の腕を強く握りしめて捻じり上げた。
「…ッ…?!…そ…苑さん…ッ。なんで…」
その時点で自分の腕を掴んだのが誰なのかわかったらしく、男は激しく狼狽を見せた。
そんな中、ようやく解放された僕がケホケホと咳き込んでいると、横に立った松浦先輩が背中を優しく撫でてくれる。
「ノノちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
顔を上げて頷けば、安心したように溜息を吐く松浦先輩と目が合った。
でも、その穏やかな表情は、僕の前に立つ二人の男に向けられた瞬間、一気に鋭くなる。