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「俺スゴイもの見ちゃった!」
「あ!それって名波先輩達の事だろ?」
「なになに?今度は何があったわけ?」
木曜日の朝。
ここ最近では聞かなかった名波先輩の噂話で、教室内が盛り上がっている。
以前だったら、僕には関係ないから…とまったく興味も持たなかったけれど、今では真剣に噂話を聞いている自分がいる。
窓際でワイワイ騒いでいる集団に目をやると、その中心にいた加藤君がいち早く僕の視線に気が付いて走り寄ってきた。
「野々宮姫、どういう事か知ってる?」
「な、何が?…っていうか姫って…」
真横に来た加藤君は、新聞部としての血が熱く滾った眼差しで、ガシッと鷲掴むように僕の肩に手を置いた。
その勢いに慄いている僕に気が付いた陸が、やんわりと加藤君の手を叩いて離すように促してくれる。
「加藤ー、葵が驚くからそういうのやめろよ」
「あ、ゴメンゴメン」
自分が結構な力を込めていた事を自覚したらしい加藤君は、途端に焦った様子で手を離した。
それでも熱い眼差しと勢いは薄れない。
「さっき俺、名波先輩を正門の所で見かけたんだけどさ、口元に青あざが出来てたんだよ。で、もう少し早い時間に林が松浦先輩を見かけたらしいんだけど、松浦先輩の顔にも青あざが出来てたんだって。これってどう考えても、あの二人が殴り合いの喧嘩したって事だろ?」
「………え…?」
「野々宮姫、最近先輩達と仲良いから、何か知ってるかと思ってさ」
そう問いかけられた僕は、
「ごめん、知らない」
その一言を返すだけで精一杯だった。
だって、あんなに信頼しあっていた先輩達が殴り合いの喧嘩だなんて、ありえないよ。
…でも、もし本当なら、いったい何が…。
茫然としていた僕は、陸が加藤君の首根っこを掴んで廊下へ引き摺って行った事なんてまったく気付かず、授業が始まるまでひたすら机を見つめていた。
不安で仕方がない。
午前の授業が終わってもまだ固まっている僕を見かねてか、昼ご飯を食べ終わった後に陸が、
「先輩達に直接聞いてみな。葵なら、聞いても大丈夫だと思うし」
と言ってくれた。
その言葉に後押しされた僕は、放課後、名波先輩と一緒に帰った時に、事の真相を聞いてみようと決意した。
そんな決意をして待つ放課後というのは、いつにも増してやってくるのが遅い。
聞こうと決めたからには早く聞きたいのに、無情にも時間の流れは変わらない。…あたりまえだけど…。
まだかな、まだかな。
心の内で念仏のように唱えていた僕。
ようやく放課後が訪れた時には、グッタリしていた。
陸から呆れた眼差しを注がれたのは仕方がないと思う。