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そして、夜の9時。
いつでも出られる状態になって、ようやく気が付いた事がある。
僕、先輩に家の場所教えてないよね?
でも、確かにあの時先輩は「迎えにいくから」と言っていた。って事は、知ってるんだよね?
心配になって、とりあえず外に出てみた。
ポーチを出て家の前の道路に立つ。
左右に伸びる道をキョロキョロと見渡していると、右側の方から車の走行音が近づいてきた。
なんとなくそっちを見ている僕の目に映った、真っ黒の車。
それはピタリと目の前で止まった。
…え?
夜の帳の中で不気味に迫力を醸し出す、真っ黒のスカイライン34GTR。
「お待たせ、葵ちゃん」
立ち尽くす僕の目の前で助手席の窓が下がったかと思えば、そこに名波先輩がいた。
運転席に座っているのは、20歳前後くらいの男の人。その人が僕を見て少しだけ頭を下げたから、反射的に「こんばんは」と挨拶が口をついて出る。
「狭くて悪いけど、後ろにどうぞ」
名波先輩が指でチョイチョイと後部座席を示しているけど、ビックリしてしまって足が動かない。
すると、助手席から下りてきた名波先輩が後部ドアを開け、なんと更に、
「え!ちょっ…先輩っ」
お姫様抱っこで抱え上げられた僕は、そのまま後部座席に運ばれてしまった。
茫然としている内にドアが閉まり、名波先輩が助手席に戻ったところで走り出す車。
「総、途中でエンが合流するから、そのまま寄らずに行って」
「了解」
どうやら、運転している人は総という名前らしい。名波先輩の友達なんだろうか。
「葵ちゃん、車酔いは平気?」
「…あ、はい、全然大丈夫です」
慌てて頷くと、名波先輩はホッとしたように微笑んだ。
「さっきナツから連絡が入ったぞ」
「なんだって?」
「今日は県境の方が危険だと」
「それならいい。今日はあっちに行かないから」
低い声でやりとりをするフロント席の二人。
危険って、何が危険なんだろう。
どこに向かっているのかもわからないし、これから何をするのかもわからない。
そんな状況で着いていく僕はおかしいのかな。
でも女の子じゃないんだから、いいよね?
首を傾げて自問自答していると、突然名波先輩が「来た」と呟いた。
そして窓を開けて片手を外に出し、一度だけヒラリと振ってからまた窓を閉める。
同時に、後ろの車のヘッドライトがピカっとパッシングを返してきたのが見えた。
僕がキョロキョロしていたのがわかったんだろう、総さんがルームミラーでチラリと僕を見て「松浦だよ」そう教えてくれた。
さっき名波先輩が言っていたように、松浦先輩が合流したらしい。