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向けられた敵意

「エマさん、ちょっと良いですか?」


 奥の扉が開き、中から一人の少女がひょこっと顔を出す。

 猫を連想させてくれる、少し釣り上がった勝気そうな目。腰まで伸びた、クセのない艶やかな銀髪。小柄な背丈の割に胸の膨らみは大きい。


 愛嬌のある笑顔をエマに見せていたが――。

 ――みなもを見た瞬間、少女から笑みは消える。


 目付きが鋭くなり、少女の薄氷の瞳に敵意が宿る。

 が、すぐに笑みを浮かべて「ゾーヤさん」と小走りに駆け寄ってきた。


「あらあら、クリスタじゃないの。久しぶりだねえ」


 ゾーヤが声を弾ませながら、親しげにクリスタの肩を叩く。

 小さな口に可愛く弧を描き、クリスタはこくりと頷いた。


「お久しぶりです、レオニードさんをお見送りしたあの日以来ですよね。お元気そうで良かった」


 ここでレオニードの名が出てくるとは思わず、みなもはわずかに目を見張る。


 背は小柄だが、体つきや大人びいた雰囲気から察するに、自分と同じような年齢なのだろう。

 少なくともレオニードと面識があるのは確実だが、一体どんな関係なのか気になって仕方ない。


 顔は平然としながらも、心は落ち着かない。そんなみなもへクリスタが顔を向けた。


「貴方がみなもさんね? 初めまして、クリスタと申します」


 クリスタは柔らかく微笑み、白く可憐な手を差し出してくる。

 さっき見せた刺々しさは、まったく感じられない。その落差がむしろ胡散臭く思えてしまう。

 

 みなもは警戒しながらも、何食わぬ顔で握手を交わす。

 スッ、と素早くクリスタは瞳を左右に動かすと、一歩こちらへ近づいた。

 

「レオニードさんの命を助けてくれて、本当にありがとうございます。ここへ無事に戻ってきてくれるか、ずっと心配していたんです。でも……」


 クリスタが睫毛を伏せ、周囲に聞こえぬよう小さな声で呟いた。


「……まさか、あの人の隣を奪われるとは思わなかったわ」


 彼女の空気が一気に冷える。明らかに歓迎されていないどころか、むしろ憎まれている。


 考えなくても理由は察しがつく。

 クリスタはレオニードのことを想い続けていたのだろう。

 そんな彼の隣を余所者に取られた上に、その相手が男なのだから、怒りや悔しさが何倍にも膨らんで当然だ。


 まともに相手をするのは面倒だ。

 どう対処しようかと考えるみなもへ、クリスタは挑発的な眼差して顔を覗き込んでくる。


「小さい頃からずっとレオニードさんが好きだったのに……私、諦めませんから。みなもさんは恩人だけれど、それでも貴方には譲れない」


 そう言うとクリスタは踵を返し、ゾーヤやエマに愛想よく微笑んでから、他の針子たちのところへ向かった。


 彼女の後ろ姿を目で追いながら、みなもは苦笑を浮かべる。


(多分、クリスタさんと同じような人が他にもいるんだろうな。レオニードは顔も良い上に、誰に対しても誠実だから)


 自分の好きな人が、別の人からも好かれるのは嬉しい。

 ただ、レオニードを疑うつもりはないのに、胸がチクチクと痛む。

 

「大丈夫かい、みなも? 街に着いたばかりなのに休みなしで連れて来ちゃったから、疲れたんじゃないかい?」


 ポン、とゾーヤに肩を叩かれて、みなもは我に返る。


「大丈夫ですよ、これぐらいで疲れていたら仕事になりませんから。むしろ仕事を休んでいる分、体力は有り余っていますよ」


 心配かけまいとして破顔してみせると、横からエマの声が飛んできた。


「頼もしいお言葉ですわ。じゃあ、せっかく来て頂いたことだし、今から衣装の打ち合わせをしましょう」


 エマの声を合図に、針子たちが素早く動き出す。

 あっと言う間に色めき立った彼女たちに囲まれ、みなもはたじろぐ。


「あ、あの、俺はどうすれば良いですか?」


「まずは寸法を測ってから、女神様の衣装に近い物をいくつか着てもらって、どんな色合いや雰囲気が良いか見立てさせて頂きますね」


 一番みなもに近い針子が、にっこり笑って手中の巻尺を伸ばす。

 その後ろでは、他の針子たちがいくつも衣装を手にして控えている。


 みんな笑っているのに、目だけは獲物を狙う獣のような光を帯びている。


 ……大丈夫、食べられはしない。

 頭では割り切っているが、みなもの手にじっとりと嫌な汗が出始めていた。


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