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王の勅命

 コンコン、と誰かが扉を叩く音がした。

 二人が顔を上げて扉のほうに視線を送ると、


「レオニード、みなもさーん、今お邪魔してもいいかな?」

 

 どこかフワフワとした、少し高い男性の声――ボリスの声だった。


「ああ、大丈夫だ。入ってきてくれ」


 レオニードがそう言った後、一呼吸置いてから扉がゆっくりと開いた。


 ニコニコと笑いながらボリスは小屋の中へ入ってくる。

 以前よりも顔の血色は良く、こけていた頬も今はふっくらとしている。

 みなもよりも背は低く、顔立ちも未だに少年のようだが、これでもレオニードよりも年上だと聞いている。


 元気になって良かったとみなもが考えていると、ボリスは二人を交互に見てきた。


「二人きりの甘ーい時間を過ごしているところ、邪魔してごめん。用事はすぐに終わるから、少しだけ我慢して欲しいな」


 子犬のようなボリスの丸い目に、悪戯めいた色が浮かぶ。

 レオニードの親類ということで、ボリスとゾーヤには二人が恋人同士であることも、自分が女性であることも伝えてある。

 だから顔を合わせる度に、いつも茶化すようなことを言ってくる。


 自分がからかうのは好きだけど、からかわれるのは好きじゃない。

 みなもは微笑んであっさり聞き流す。が、チラリと隣を見やると、レオニードは頬をわずかに赤らめ、眉間に皺を寄せながら目を閉じていた。


 ……本当に嘘のつけない人だ。

 レオニードをからかうのが面白いと思うのは、どうやら自分だけではないらしい。

 

「フフ……気にしないでゆっくりして下さい」


 そう言ってみなもは台所へ行くと、新しいコップを出して茶を注ぎ込む。

 少し遅れてレオニードとボリスが食卓へ移動し、椅子を引く音がした。


 みなもはボリスの前にコップを置いてから、レオニードの隣へ座る。


 一口飲んで喉を潤すと、ボリスはおもむろに懐から一通の手紙を取り出した。


「これ、マクシム様からの手紙。内容が内容だから、確実にレオニードへ届けてくれって言われたんだ。あと、すぐに返事を貰って来いってさ」


 レオニードは腕を伸ばして手紙を受け取り、真剣な目で封を見つめる。

 厚手の紙で作られた封は、周りに金色でツタと鳥の模様が描かれており、中央には竜の横顔をかたどった紋章が刻印されていた。


 ごくり、とレオニードの喉が鳴った。


「これは勅命を正式に下すための物じゃないか。もう退役したというのに、一体なぜ?」


 戸惑いを滲ませながら、レオニードはテーブルの隅にあったペーパーナイフを手にして、慎重に封を開けた。


 手紙を取り出して広げると、押し黙ったまま中身を読んでいく。

 二枚目に差しかかった時――レオニードが急にうなだれ、テーブルへ肘をついて頭を抱えた。


「……ボリス、この手紙は本当にマクシム様が?」


「うん。マクシム様に呼ばれて直に受け取ったよ。正真正銘、王様の勅命だ」


 見るからに深刻そうなレオニードとは対照的に、ボリスの調子は明るい。

 事態がさっぱり読めず、みなもは首を傾げながらレオニードへ尋ねた。


「レオニード、一体何が書いてあるのか聞いてもいいかな?」


 しばらく低く唸り、長息を吐いてからレオニードはみなもへ視線を移した。


「毎年ヴェリシアでは、春の終わり頃に建国祭を開いているんだ。その時に女神ローレイに扮した女性を主人公にした、大きなパレードが行われるんだが……」


 一旦言葉を止めて、レオニードがこちらをジッと見つめてくる。

 まだ動揺しているらしく、瞳に困惑の色が残っている。


「そのパレードがどうかしたの?」


 みなもが話を促すと、ようやくレオニードが重くなった口を開けた。


「……今年はその女神の役を、君にやってもらいたいそうだ」


「へえーそうなんだ……って、どうして俺なの?!」


 まさかこっちに話が向くとは思わず、みなもは目を丸くする。


 以前レオニードから、マクシム様にだけは真実を伝えたいと相談されたので、他言無用という条件で承諾したことがある。


 王様だからって、特別扱いしないほうが良かったのかな?

 激しく後悔しながら、みなもも頭を抱えた。


「そりゃあ、いつかは男の格好を止めるつもりだけど……まだ心の準備が出来てないのに、いきなり大勢の前で女性に戻るなんて――」


 小屋の中でただ一人、明るい表情のボリスが笑い声を上げた。


「ハハ、安心してよみなもさん。男のフリをしたままで大丈夫だから」


「え……? どういうことですか?」


「男として女神役をやって欲しいんだって。つまり、大勢の前で女装するってことになるんだ」


 理解しきれず、みなもは眉間に皺を寄せて唸り出す。


 男のフリして女装しろ? 何でそんな周りくどいことをするんだ?

 マクシム様のお考えが全然読めない……。


 頭を抱えたまま、みなもは「ねえ、レオニード」と呼びかける。


「これ、正式な王様の命令なんだよね?」


「……ああ、そうだ」


「つまり単に嫌だからっていう理由じゃあ、断れないってことだよね?」


「よほどの理由がない限り断れない。マクシム様のことだ、断ったとしても罰を与えるような方ではないが……」


 独り言のようにレオニードが答える。彼も未だに困惑が治まっていないことが、ひしひしと伝わってくる。


 でも、きっと断るという考えはレオニードにはないだろう。

 いくら兵士を辞めたとはいえ、命令を拒んで王の面目を潰ぶしたくないことぐらい、言われなくても分かる。


 あくまで女装するだけ。そう割り切れば耐えられる……と思う。

 みなもはやおらと頭を上げると、大きく息をついて軽く拳を握った。


「マクシム様の勅命なら仕方ない。すごく不本意だけど、頑張って女装してみせるよ」


 やるからには女神になりきって、役目を果たしてみせよう。

 そう意気込むみなもの耳へ、「……君の場合は女装とは言わないだろう」というレオニードのつっこみと、「うん、同感」というボリスの声が聞こえてきた。


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