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キリの正体

 パレードを終えても熱気冷め止まぬ街を、フードを被った男が歩いていく。

 祭りに不似合いな身なりだったが、気配を消しているせいか、周りは男に目もくれない。


 黙々と歩いていた男だったが、ふと立ち止まり、ちらりと後ろを見る。

 ――跡をつけられている。


 一瞬、男の背中に緊張が走る。

 しかし一笑して力を抜くと、男は再び歩き出した。


 辺りを見渡しながら進んでいくと、左に細い路地が見えてくる。

 すかさずその路地を曲がると、男は足を止め、背後からの音や気配に神経を集中させた。

 

 足音はまったく聞こえなかった。

 だが唐突に、重みのある気配が背後に現れた。


「……オレに何の用だ?」


 男が声をかけると、後ろから低いため息が聞こえてきた。


「まったく……こんな回りくどい真似をしてご苦労なこったな、ナウム」


 ほのかに殺気を感じるが、どうやら襲う気はないらしい。

 ククッと喉で笑うと、男は踵を返してフードを外す。


 皮膚が酷くただれた顔へ、不敵な笑みを作ってみせた。


「残念だが人違いだ。オレはキリ……ナウムじゃない――」


「ワシにお前さんの変装は通用せんぞ。顔は特殊な化粧で変えられても、体つきや骨格は元のままだからな」


 ……全てお見通しってことか。

 男――ナウムは息をつき、肩をすくめた。


「そういやアンタは、関節外したりして、全身を変えられたんだったなあ。オレはアンタみたいにはなれねぇよ……李湟」


「その名は一族を守れなかったあの日に捨てた。今は浪司と呼んでくれ」


 口端を上げながら、浪司の目は笑っていない。

 少しでも怪しい動きを見落とすまいと、鋭い視線をぶつけてくる。

 しかし瞳の奥に、どこか憐れむような色が見受けられた。


「みなもたちがバルディグを離れてから、ワシはずっとお前さんを見張っていたんだ。頭が回るお前さんのことだ、気づいていただろ?」


「ああ。わざとオレを牽制するために、気配を隠さずにチラチラとオレの前に来てたからなあ。……とんだ暇人だ」


 みなもに手を出したら、今度は容赦しない。

 そんなことは牽制されなくても分かっていたことだが。


 ナウムはフッと鼻で笑いながら、乾いた唇を湿らせる。


「オレがみなもに近づこうとしていたこと、分かっていたのによく今まで放置できたな」


「みなもを傷つける気なら、どんなことをしてでも止めるつもりだったが……今回は事情が事情だ。お前さんが純粋にみなもといずみのために動いていると思ったから、見守っていたんだ」


 やれやれといった感じに、浪司は両腕を組んだ。


「みなもが身につけていた女神のショール……あれをいずみが作った物と入れ替えて、みなもの元へ届けることが目的だったんだろ? パレードが終わったら、女神の衣装は本人に贈られるからな」


 人の心の内を読むのは好きだが、読まれるのは不快この上ない。

 チッと小さく舌打ちして、ナウムは浪司の目から逃れるように、瞼を閉じた。


 確かに浪司の言う通りだった。

 いつかみなもと再会できた時に渡したいと、公務の合間を縫って刺繍していた水色のショール。

 幸せを願いながら、花嫁衣裳のショールを身内が作って贈ることが北方の風習だった。


 みなもがバルディグへ来た時に渡すはずだったが、その機会を逃し、渡せぬまま――。

 どう贈りつけようかと考えていた時に、二つの情報が耳に届いた。


 一つは、みなもが建国祭の女神に選ばれたということ。


 もう一つは、ゲイルが女神の装飾品を狙っているという話。


 分かった時点で、この件についてみなもが傷つけられないように動こうと決めていた。

 そしてこれを利用して、ショールを届けようと……。


 ヴェリシアにいる諜報員に指示を出して、多忙な自分は動かない、という手段も考えた。

 だが、確実に彼女を守り、ショールを渡したい。それを他人任せにはしたくなかった。

 

 だから凝った変装をしてまで、みなもへ近づいた。

 ……もう一度彼女と話せればという、未練がましい欲も手伝っていたが。


 ナウムは己を卑下するように、フッと鼻で笑った。


「あーあ、手間がかかった上に、オレに何の得もないなんて……我ながら間抜けなもんだ。浪司、アンタもそう思うだろ?」


 投げやりに同意を求めると、浪司は目を細めて苦笑を浮かべる。


「確かにな。……だが、ワシも同じようなものだ。もう存在しない人間との約束を、延々と守ろうとしているんだ。こんな『常緑の守り葉』の役目なんざ捨てて、自分の利のためだけに生きれば楽なのにな」


 こんな同情の声が、浪司から聞けるとは思わなかった。

 そもそも、本来ならこんなに落ち着いて浪司と話などできる訳がない。


 八年前に浪司をワナに嵌めて洞窟へ閉じ込めた時から考えていた。

 次に会う時は、どんな手を使ってでも自分を殺しにかかるだろうと。


 半ば夢でも見ているのかと思いながら、ナウムは浪司をジッと見据えた。


「浪司、一つ聞かせてくれ。……どうしてオレを殺さない?」


 バルディグで顔を合わせた時も、今この時も。

 なぜこの男は、抑え切れない殺気をこちらに向けているクセに、自分を殺そうとしない?


 不老不死になってまで守り続けた一族を、壊滅させた原因を作ったのは自分なのに。


 浪司はおもむろに頭を掻くと、そっと睫毛を伏せた。


「確かにお前さんはワシの大切なものを奪った。だが、みなもがお前さんを殺さないと決めたからな。それに――」


 一旦言葉を止めてから、浪司が声を落として呟いた。


「――ワシがもっと早くお前さんたちの危機に気づいていれば、防げたかもしれないんだ。いずみもお前さんも……助けられなくてすまなかった」


 ……ああ、そうか。

 向けられていた殺気は、オレだけじゃなく、浪司自身にも向けられていたのか。


 八年前からずっと胸奥に閉じ込めていた痛みが――罪悪感がナウムの中にこみ上げてくる。


 しかし今さら謝ったところで、死んでいった『久遠の花』や『守り葉』は戻ってこない。

 どんな謝罪の言葉を口にしたところで白々しい。


 いっそ殺してくれればいいのに、その道も選んではくれない。

 ずっとこの痛みとともに、生き続けていくことしか許されないのか。


 ナウムは大きく息を呑み、湧き出た痛みを再び胸奥へしまう。

 そして、コツ、コツと靴音を鳴らし、元来た道を戻っていく。


 浪司とすれ違いざま、ナウムは口を開いた。


「アンタが殺さないなら、オレは遠慮なく生かせてもらうぜ。後から後悔するなよ」


 こちらの言葉に浪司は何も返さない。

 が、互いに完全に背を向きあった瞬間、ポツリと呟いた。


「……いずみをこれからも守ってやってくれ」


 言われなくてもそのつもりだ。

 ナウムはフードを被り直しながら「じゃあな」と立ち去っていく。


 重くなった空気を茶化すように、ヒラヒラと手を大きく振りながら、ナウムは街の賑わいへ溶け込んでいった。


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