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愛しい日常

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 真上を過ぎてわずかに傾いた太陽が、木々を縫うようにして日差しを森の中へと注ぎ込む。

 草木の緑はより鮮やかさを増し、小川に木漏れ日を落とす。

 それを受けた水面は、水晶を散らしたような輝きを放っていた。


 森に漂う穏やかな温もりは、窓を通して小屋の中にも伝わってくる。

 思わずウトウトとうたた寝しそうな、心地良い空間が広がる。


 しかし、そんな緩んだ空気に逆らって、作業場は緊迫した空気が張り詰めていた。


 青の小瓶と黒の小瓶に、レオニードは息を止めて向き合う。

 彼は指で小さなガラス棒を摘まみ、先端を黒の小瓶へゆっくり入れていく。


 その真横で、みなもは彼の手元を凝視し続けていた。


 レオニードはガラス棒を中の液体につける。そこから取り出し、今度は青い小瓶へ先端を近づけた。


 青みがかった黒い液を、一滴、二滴と、中へ落としていく。

 三滴目を入れ終えたところで、ガラス棒を小瓶から離し、脇に置いてあった小皿の上に置いた。


 青い子瓶を軽く振った後、レオニードはみなもを見た。


「これで良かっただろうか?」


「うん、問題ないよ。黒い瓶はタマウチ草の汁……ほんの少し量を間違えるだけで毒になっちゃうから、扱う時は慎重にね」


 みなもは軽く頷いてから、ニコリと微笑んだ。


「お疲れ様、レオニード。この強壮剤はよく効くから、小さな子供には絶対に使わないで。あと、大人でも飲み過ぎれば体を壊すから、一度口したら三日は間を空けて欲しい」


 こちらの話を最後まで聞いた後、レオニードは「分かった」と言いながら、机の端に置いていた筆記帳にペンを走らせる。

 一ヶ月前には何も書かれていなかったのに、今は彼の実直さを現したような字がギッシリと並んでいた。


 彼が弟子になって日は間もないが、面白いほど知識を吸収してくれるので、教え甲斐がある。

 これからずっと一緒にやっていこうと一生懸命になっているのが伝わってきて、胸の中が温かくなる。


 ただ、レオニードは根を詰めすぎてしまう節がある。

 少しでも早く一人前の薬師になろうとする気持ちは嬉しいが、体を壊してしまえば元も子もない。


 みなもは台所へ向かうと、常備してある水出しの茶をコップに入れ、食卓テーブルの上に置いた。


「レオニード、書き終わったら休憩にしよう」


 声をかけながら、朝に採ってきた黄色い木苺を皿に盛り、テーブルの中央へ置く。

 その間、レオニードからの返事はなかった。


 まったく、集中しすぎだよ。……まあ人のことは言えないけれど。

 やれやれと肩をすくめながら、みなもはレオニードの横へ回り、人差し指で彼の肩を軽く叩いた。


 こちらに気づいてレオニードが動きを止めたところを見計らい、みなもは腰を屈めて顔を近づけ――彼の頬へ優しく口づけた。


 驚いたのか、レオニードの肩がわずかに跳ねる。

 そして、ようやくペンを置き、苦笑を浮かべながらみなもを見た。


「すまない、気がつかなかった」


 いつものことだから気にしていないよと、みなもが切り返そうとした時。

 レオニードに謝罪代わりの口づけをされて、唇を塞がれた。


 もう何度も繰り返していることなのに慣れない。鼓動も騒ぐ。

 未だに夢の中にいるような気がして、当たり前の日々だと思えなかった。

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