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戦女神ローレイ

「失礼してもよろしいですか?」


 顔の化粧を終えて、みなもが長い金髪のカツラを身に着けた頃に、入り口から男の声が聞こえてきた。


「はい、大丈夫ですよ」


 クリスタの返事を聞き、男が天蓋の中へ入ってくる。

 現れたのは、女神の装飾品が入った箱を手にした痩身の青年だった。

 体つきから男だとは分かるが、首から上だけ見せられて女性だと言われれば、信じてしまいそうな顔立ちだ。


 ゆっくりとした動作で、クリスタはスカートの端を摘んで恭しく一礼する。

 立ち上がってクリスタと同じ所作を取ろうとしたみなもへ、青年は「そのままで結構ですよ」と薄く微笑んで制した。


「初めまして、みなも殿。私は王の補佐官を務めるクラウスと申します」


 クラウスから細長い手を差し出され、みなもは握手を交わしながら彼の顔を見つめる。


 もしかするとクラウス様がいたから、城の人たちは俺が男だって疑わなかったのかも。

 みなもが心の中で苦笑していると、クラウスはその場へ跪き、頭を下げた。


「あ、あの、クラウス様? どうなされたのですか?」


 急な動きに驚くみなもへ、クラウスは心苦しそうに息をついた。


「ヴェリシアの恩人である貴方に、我が王の気まぐれでそのような格好をさせてしまい申し訳ありません。しかも国の宝を取り返して頂いたというのに、なんとお詫びすれば良いか――」


 クラウスもマクシム王に振り回されているのだろう。彼の背中から、そこはかとなく苦労人の気配が漂ってくる。


 急に親しみを覚えつつ、みなもは小さく首を振った。


「クラウス様、どうか謝らないで下さい。勅命の手紙を受け取った時は驚きましたけれど、今はこの大切な役目を担えることを嬉しく思っています」


 顔を上げたクラウスと目が合った瞬間、みなもは柔らかな微笑みを浮かべる。

 と、瞬く間にクラウスの顔が赤くなり、気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「男性に女神の役が務まるのだろうかと心配していましたが……杞憂でしたね。歴代の女神と比べて劣るどころか、むしろ――」


 段々とクラウスの声が小さくなり、終わりのほうはよく聞き取れなかった。

 大丈夫なのだろうかとみなもが小首を傾げていると、クリスタが「そうですよね」と相槌を打った。


「私も今まで見てきた中で、みなもさんが一番女神らしいと思いますわ。見た目もきれいだし、何よりまとっている空気が神秘的ですもの」


「……クリスタさん、それは言い過ぎだと思うよ」


 照れくささで眉根を寄せるみなもへ、クリスタは軽く片目を閉じる。


「そんなことないわ、至極まっとうな意見よ。クラウス様もそう思いませんか?」


 話を振られ、コホンと咳払いしてからクラウスが頷く。


 二人にそう思われても、やっぱり自分のこととして受け入れられない。

 みなもが納得できずに困惑していると、クリスタが手鏡を差し出した。


「まだ自分の姿を見てないから、ピンとこないのかも。ほら、一目見ればみなもさんも納得できると思うわ」


 言われるままに、みなもは手鏡を手にして覗き込む。

 自分の姿を目にした瞬間、はっとなった。


 鏡の中にいた自分は、まったくの別人だった。


 化粧で作った北方特有の白い肌に映える、赤く潤んだ唇。

 驚きで丸くなったままの目は、薬で青い硝子のような瞳に変わっている。

 そして幼い頃に憧れた姉の髪のように、長く真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪のカツラ。


 確かめるように、みなもは己の頬に手をあて、ゆっくりと撫でる。

 鏡の向こうの見知らぬ女性も、同じ動作をしてみせる。


 瞬きの数を増やせば、相手も同じだけ目を瞬かせる。

 カツラの髪先を指でいじれば、鏡の彼女の指もクルクルと髪先を巻きつけた。


 何度も何度も確かめて、ようやくこれが自分の姿なのだと受け入れることができた。


「どう? 立派な女神に仕上がっているでしょ?」


 クリスタに声をかけられ、みなもは我に返る。


「う、うん、驚いた。……そうか、髪を伸ばしたらこんな感じになるんだ」


 独り言を口にしながら、まじまじと鏡を見つめる。

 

 瓜二つとまではいかないが、姉のいずみの面影はある。

 ただ、彼女のように穏やかで慈愛に満ちた雰囲気はなく、隠し切れない気の強さが眼差しから感じられた。


「女神は女神でも、戦女神って感じがするな」


 みなもが苦笑しながら呟くと、クラウスから「ええ」と相槌の声が聞こえてきた。


「女神ローレイは常にハスク王を導くように、先陣を切って活路を開いた戦女神だったと言い伝えられています。美しく可憐な姿でありながら力強さも同居しているのは、みなも殿が男性だからかもしれませんね」


 ……つまり、どれだけ女性として着飾っても、男のフリをしてきた半生は隠せないということか。


 内心、複雑な思いが沸き上がってくる。

 が、女神ローレイに少しでも近づいているなら良かったと、みなもは強引に自分を納得させた。


「私のような者が女神を演じて、パレードを台無しにするのではと心配していましたが……クラウス様、ありがとうございます。胸を張ってみなさんの前に出ることができそうです」


 みなもが再び微笑みかけると、クラウスの目が泳ぐ。

 しかし、すぐに深呼吸して動揺を抑えると、彼はクリスタに箱を差し出した。


「も、もう間もなく始まりますから、どうかこれをみなも殿に――」


「はい、かしこまりました」


 クリスタは両手で箱を受け取ると、テーブルに置き、ゆっくりと蓋を開けた。


 ジャラ、という音が鳴る。

 少し間を置いて、みなもの背後へクリスタが近づく気配がした。


 硬い金属の冷たい感触が、首の周りを取り囲む。

 肩でずっしりとした青玉の重さを感じながら、みなもは胸元の石を見つめる。


 わずかな光でも弾き、生まれ出てくる美しい輝きに見とれてしまう。でも――。


(――俺は、レオニードが贈ってくれた首飾りのほうが良いな)


 彼が選んでくれた、水色の透明な石がついた首飾り。

 今日は首から外しているが、衣装の下に着ている胸当ての中にしまってある。


 己の首飾りがある所へ、そっと手を当てる。

 とくん、と小さく鼓動が跳ね、胸に陽だまりのような温かさが広がっていく。


 無性にレオニードを抱き締めたくなって、みなもは唇をほころばせた。


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