合流
大きめの十字路を左に曲がると、間もなくゴルバフ商会の建物が見えてくる。
一見すれば廃屋のようだが、中に娼婦を囲っており、非合法の賭け事も行われているという噂も耳にしている。
建物に近づくにつれ、中から時折、ドンッ、バタンッという派手な音が聞こえてきた。
どんな状況なのかは分からないが、騒々しく殺気立った気配が漂ってくる。
「明らかに取り込み中だね。何が起きているんだろう……?」
ボリスの困惑した声を聞きながら、レオニードは顔をしかめる。
みなもがあの中にいるとしたら、今まさに戦っている最中なのだろう。
毒を持っているとはいえ、多勢に無勢。安心できない状況だ。
早くみなもの元へ行かなければ。
また傷ついた彼女の姿を見るのはご免だった。
ゴルバフ商会の裏へ回るため、二人は建物同士を仕切る小路に入っていく。
すると建物の裏口から、小柄な女性が飛び出してきた。
少し遅れて男が飛び出し、彼女を捕まえようと手を伸ばす。
レオニードよりも先に、ボリスが彼女の名前を叫んでいた。
「クリスタ!」
名を呼ばれてクリスタがこちらへ走り出す。
男も「待ちやがれ!」と怒声を上げながら、彼女の後を追ってくる。
ほぼ同時にレオニードとボリスは剣を抜き、より速く馳せる。
一気にクリスタたちとの距離が縮まった。
僅かにボリスよりも前に出たレオニードは、腕を伸ばし、クリスタの手を取った。
グイッと彼女をこちらへ引き寄せると、即座に後ろへ下がる。
入れ替わるようにボリスが前に出て、剣を振り上げた。
男が一瞬身を強張らせ、慌てて剣を構えようとする。しかし――。
――ギィン! 男の手から剣を弾き飛ばし、ボリスは間髪入れずに斬りつける。
胸に横一線を刻まれ、男はガクリと膝を折り、その場に倒れてうずくまった。
ボリスは剣の持ち手を変えると、男に向けて勢いよく突き立てた。
かろうじて刃は男の頬をかするだけで、切っ先は地面をえぐっていた。
「動くな。そのまま寝ていろ……もし少しでも動けば、今度はその胸を貫く」
ボリスの凄みのある声に、男が「ヒィッ」と小さな悲鳴を漏らす。そして小刻みに何度も頷いた。
用心して三人が男から距離を取った後、レオニードは改めてクリスタを見た。
髪は乱れ、青ざめた顔をしていたが、特に目立った外傷は見当たらない。
ボリスも彼女の姿を確かめると、かすかに安堵の息をついた。
「良かった、生きていてくれて……ケガはない?」
唇をわななかせながら、クリスタはゆっくりと頷く。
見る見る内に大きな目には涙がたまり、小さな嗚咽が溢れた。
チラリと建物を見やってから、急にクリスタがレオニードの胸にしがみついてきた。
「早く……早くみなもさんを助けに行って! 私を逃がすために毒まで飲んで弱っているのに、まだあそこに残って戦っているの」
一瞬、レオニードの思考が止まる。
どんな経緯で、みなもが毒を飲む羽目になったんだ?
生まれ持った血のおかげで、人並外れて毒の耐性は強い。
だが、完全に効かない訳ではない。猛毒ならば、いくら彼女でも無事では済まない。
レオニードは我に返り、クリスタの両肩に手を置いた。
「分かった、すぐに行く。みなもは俺が必ず助けるから、君はボリスと一緒に裏町から逃げてくれ」
ギョッとなって、ボリスがこちらを振り向く。
「ちょっと待てよ、レオニード。お前一人だけで殴り込む気なのか? すぐ応援を呼びに行くから――」
「悪いが待っていられる状況じゃない。それに今すぐ俺が突入しても、毒で連中は弱っているはずだ」
恐らくクリスタを巻き込まないために、今までは使う毒を制限していたはず。
その彼女が脱出したとなれば、遠慮なく内部に毒を流すことができる。
事情を知るボリスは、みなもが毒を使ったと聞いても驚かない。
ただ、困ったように眉根を寄せ、額を押さえた。
「だとしたら、仲間を呼んでもみんな倒れるじゃないか。レオニードだって、毒にやられちゃうよ」
「俺は専用の中和剤があるから問題ない。それに応援が到着する頃には、みなもと合流して流した毒を中和させておく」
みなもが使う毒をすべて無効化できるよう、特別に調合した中和剤。
いざという時のために、いつも持っていて欲しい言われて持ち歩いていたが……。
まさか、もう使うことになるとは思いもしなかった。
レオニードは服のポケットに忍ばせてあった小瓶を取り出し、勢いよく液体を口へ流し込む。
喉を動かした瞬間に走り出そうとした時。
クリスタが「待って」と、こちらの袖を引っ張った。
「みなもさんから伝言よ。キリっていう男は協力者だから、もし彼と会ったら共闘して欲しいって。室内でもフードを被って顔を見せない人だから、会えば分かるわ」
……聞くからに不審そうな男だ。警戒心の強いみなもが、そんな相手を容易に信用するとは思えない。
それに彼が協力者だというなら、さっき渡された手紙を書いた人間の可能性が高い。
この混乱を望んで起こした人物が――。
彼女の言葉の裏には、別の意味が隠れているのだろう。
その男を見つけたら、行動を共にしながら見張れ、と。
短く「分かった」と答えると、素早くボリスに目配せする。
彼が頷いたのを合図に、レオニードは開きっぱなしの裏口から建物内へ駆け込んだ。