不自然な伝言
「どうしたんだよ、レオニード。時間がないんだ、早く行こう」
少し離れた所でボリスも立ち止まり、切羽詰まった顔をこちらへ向けてきた。
即座に「ああ」と返事をしながら、レオニードは走り出そうとする。
それと同時に、感触があったベルト部分に触れてみる。
何か小さく丸まった物が、ベルトに挟まっていた。
(一体何だ……?)
指で押し出して取り外すと、すぐにその正体を確かめる。
手中にあったのは、幾重にも折られた白い紙だった。
よく見ると、うっすら字が透けて見える。
一瞬レオニードは躊躇したが、手早く紙を開いた。
そこに書かれた短い文章を見た瞬間、考えるよりも先に声が出ていた。
「ボリス、ちょっと待ってくれ!」
呼び止められ、ボリスは数歩進んでから立ち止まる。
すぐさま彼に駆け寄ると、レオニードは辺りを見渡し、人気がないことを確かめてから紙を見せた。
「これは――」
ボリスの目が丸くなり、食い入るように紙を凝視する。
レオニードも一緒になり、書かれた文字を何度も読み返す。
『ゴルバフ商会の裏で待て、そこからクリスタを逃がす』
紙には走り書きでそう書かれていた。
「まさかみなもさんが……?」
首を傾げながらボリスが呟く。
軽く唸ってから、レオニードは小さく首を横に振った。
「分からない。……ただ、これはみなもの字じゃない。誰か協力者がいるのなら良いが、罠だとも考えられる。それに――」
レオニードは言葉を止めて考え込む。
なぜぶつかってきた男は、自分たちがクリスタを探していることが分かったのだろうか?
そもそも、顔見知りの店主が思いつきで教えてくれた噂をたよりに、ここへ来たのだ。あくまで偶然の範囲だ。
しかしさっきの男は、確信を持って手紙を渡してきた。
まるで自分たちがここへ来るまでのことを、ずっと見ていたかのように。
「――あまりにも不自然だ。誰かの作為を感じる」
「僕もそう思う。でも、一体何が狙いなんだろう?」
ボリスは腕を組み、彼には珍しく眉間に深い皺を刻んだ。
それにつられ、レオニードも奥歯を噛み締めて考え込む。
罠かもしれないという不安は拭い切れない。
だが、こんな手紙を渡して自分たちと接点を作るより、関わろうとしない方が連中にとって都合が良いはず。
接点が生まれれば、それだけで足がつく可能性は出てくる。
もしアジトへ自分たちが偶然アジトへ辿りついたとしても、知らぬ存ぜぬで通して時間稼ぎした方が、品物を持って逃げ出せるのではないだろうか?
不意に、ある可能性がレオニードの脳裏へ浮かんだ。
(まさか、連中が女神の衣装を盗むことを知っていて、それを横取りしようと企む人間でもいるのか?)
自分たちがアジトで暴れれば連中の気が逸れて、盗品を奪いやすくなる。
そして連中を撹乱できる人間が一人でも多くいれば、奪える機会はさらに増える。
だからみなもと手を組み、この手紙を渡してきたという可能性は十分に有り得る話だ。
もっとじっくり考えたいところだが、今は一刻を争う。
レオニードは腹を決めると、ボリスの肩を叩いた。
「まずは手紙に書いてある通りにしよう。もしこの内容が真実なら、二人を早く助けられる」
「そうだね。もしこれが罠で僕たちが捕らわれるとしたら、そっちの方が好都合かも――」
ボリスが腕をほどいて頭を上げる。
口元に笑みを浮かべていたが、その目はひどく無機質だった。
「――だって連中を探す手間も省けるし、気が済むまで暴れられるから」
怒りと殺気が堪え切れず、全身から漏れ続けている。
ここまで怒りを顕にしたボリスを見たのは、これが初めてだ。
その表情に一瞬息を呑んだが、レオニードは目を鋭くさせ、通りの奥を睨みつける。
自分もボリスと同じ気持ちだった。
手紙を折り畳むと、二人は石畳を力一杯に蹴って先を急いだ。