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アジトへ連れられて

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ほとんど人通りのない裏路地を使い、賊たちはみなもとクリスタの腕を引っ張りながら進んでいく。

 足が追いつかず転びそうになるが、みなもはどうにか体勢を立て直して歩き続ける。


 チラリと隣のクリスタを見ると、青ざめたままの顔に疲労の色が滲んでいる。

 この中で一番小柄な彼女がこの速さについていくのは、傍目で見ても無理があった。


 余計なことを言うなと殴られる覚悟で、訴えたほうが良いだろうか?

 みなもがそう思っていると、


「お前ら、もう少しゆっくり歩け。女性を丁寧に扱わねぇと嫌われるぜ」


 先頭を歩いていたキリが振り返り、仲間たちに指示を出す。

 言われて彼らはムッとした顔になったが、渋々と歩みを遅めた。

 

 みなもの後方で、誰かが「余所者のクセに、でかい顔しやがって」と小声でぼやくのが聞こえてきた。


(ふうん……一枚岩って訳じゃないのか。ありがたいね、隙が出来やすい)


 少しでも油断させるために不安げな表情を作っているものの、心の中はかなり冷静だった。

 心優しく帰してくれるとは考えられないが、殺す気もないらしい。ピリピリとした警戒した空気が漂っていても、殺気は感じられない。


 大方、衣装や装飾品と一緒に自分たちも売り飛ばすつもりなのだろう。そのほうが金になるし、口封じにもなる。

 

 みなもがそう割り切っていると、不意に前から視線を感じて目を向ける。

 ――視線はキリのものだ。

 顔を隠したままでも、どこか湿り気を帯びた視線を飛ばしてくるのが伝わってくる。


 思わず背筋に寒気が走り、みなもはキリから目を逸らす。

 何も言っていないのに、彼の喉からククッと人を小馬鹿にしたような笑いが聞こえてくるような気がした。



 しばらくして、キリたちは朽ちた木造の建物に身を潜らせる。

 クリスタが連れ込まれた後、みなもも中へ強引に押し込まれた。


 今にも崩れ落ちそうな外観とは裏腹に、中は意外と手入れが行き届いている。

 元は宿屋だったのだろうか、入り口にはカウンターが置かれ、左には二階への階段が、右には食堂だったと思しき部屋があった。

 点々と丸いテーブルと椅子が置かれた中、奥のほうで三人の男がカードゲームに興じていた。


 一人が仲間が戻ってきたことに気づいて顔を上げると、他の二人も遅れて手元から視線をこちらへ向ける。


「オイ、首尾はどうだったんだ?」


 尋ねられ、キリが「良いご身分だな」と肩をすくめてから、奪った物を入れた荷袋を軽く振った。


「今のところは予定通りだ。ゲイルのヤツは上か?」


「ああ。……ボスは気が短いんだ、早く見せに行ってくれ」


 聞き終わらない内にキリは階段へ足を向けつつ、みなもとクリスタを見た。

 

「お前たちにも来てもらうぞ。ついて来い」


 手に入れた獲物のお披露目といったところだろう。

 あまりいい気分はしないとみなもが思っていると、クリスタが青ざめた顔をこちらへ向けた。

 よく見ると肩や唇が小刻みに震えている。ここへ来る前よりも怯え方が酷くなっていた。


(……ボスに会うのを怖がっているのか)


 こんな連中から気が短いという言葉が出る位だ。ちょっとしたことでも手が出る男なのだろう。

 もしかするとクリスタは脅された時、ゲイル自らひどい暴力を振るわれたのかもしれない。


 思わずみなもは「待ってくれ」と口を開いた。


「頼む、俺をクリスタさんよりも前に行かせて欲しい」


 クリスタを人質に取られている以上、容易に毒は使えない。けれど、手を出してきた時に彼女を庇うことはできる。


 周りから「自分の立場、分かってんのか?」と嘲笑混じりの声が飛び交う。

 しかし、そんな彼らの声に構わず、みなもは目に力を込めてキリだけを見つめる。


 クッ、とキリから小さく押し殺した笑う声がした。


「それぐらいなら構わねぇ、好きにしな」


 かすかに不満そうな空気が流れたが、隣にいた男が舌打ちして「行けよ」とみなもを突き飛ばす。


 危うく前へ転びそうになり――刹那、キリが腕を伸ばしてみなもの肩を支えた。


「おいおい、もっと丁寧に扱え。そんな調子じゃあ、いつまで経っても下っ端のまんまだぞ?」


 口調は変わらずだが、キリの空気が鋭くなる。瞬く間に彼の威圧感が辺りを支配した。

 誰もが息を呑んで押し黙る。これだけの人数がいるのに、雑音が消えていた。


 だからキリが離れる間際、声にならない声で囁いた言葉がみなもの耳に入ってきた。


『これで貸し一つだ。必ず返してもらうからな』


 キリは踵を返して階段を上がっていく。

 その背を睨みつけてから、みなもは口を固く閉ざして彼の後に続いた。


 ひとつ、ひとつ階段を上る度に、辺りは薄暗くなってくる。

 不本意だったが、かろうじて見えるキリの背中を頼りにしながら前へ進んでいく。


 と、キリが急に立ち止まり、コンコンッと軽くノックした。


「ゲイル、オレだ。入らせてもらうぞ」


 ガチャリと無遠慮にノブを回す音がした直後、目の前がわずかに明るくなる。


 開いた扉から見えたのは、重厚感のある大きな机に向かい、羽ペンを滑らせる男の姿だった。

 

 すぐに手を止め、男――ゲイルは顔を上げる。

 釣り上がった細い目に、くっきりと刻まれた目元と目下の皺。襟元まで伸びたクセの強い赤茶の髪にはコシがなく、毛先が縮れて首筋の所で遊んでいる。

 見たところ、歳は四十代の半ば。肩幅の広い、大きな男だった。


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