プロローグ
『マクシム様に、お願いしたいことがございます……どうか私の退役を認めて頂けないでしょうか?』
バルディグから戻ってきたレオニードが、申し訳なさそうに、けれど揺らぎのない眼差しで口にした願い。
幼少の頃からの付き合いだから分かる。
こちらが何を言ったとしても、考えを変えるつもりはないのだと。
『……それがお前の望みなら、余は引き止めない。ただ、一つ聞かせてくれ。どうして退役しようと思ったんだ?』
責任感の強いレオニードのことだ。戦うことに疲れた、兵士が嫌になった、というものではないだろう。
何か重要な理由があるはず。
一人の友として力になれることはあるだろうか?
そう思っていると、意を決したようにレオニードの目に力が入った。
『実は、藥師を目指すために、みなもへ師事したいと思うようになりました。どうかここを去り、みなもの元へ行くことをお許し下さい』
みなも――レオニードと恋仲にある、黒髪の優秀な藥師の青年。
事情を知っているだけに、彼の言葉の裏がすぐに読めた。
『つまり、愛する人のために生きたいってことか。まさかお前が男相手にそんなにのめり込むとは思わなかったぞ』
からかいの言葉ではなく、心の底からの本音だった。
相手が男というだけでも驚きだが、ここまでレオニードが恋に生きる人間だとは思わなかった。
この手の話に慣れていないレオニードは、わずかに目を泳がす。
が、小さく息をついてから『実は』と口を開いた。
『マクシム様にだけは真実をお伝えします。今まで隠してきましたが――みなもは女性です』
女性? 確かに男にしてはきれいな顔立ちだとは思っていたが……。
しかし少なからず、そんな男が実在しているのは確かだ。現によく顔を合わせている人間の中にいるから知っている。
みなもと言葉を交わしたのは少しだけだったが、芯の強そうな、自分が甘えることを許さない人物だという印象だった。
まとっていた空気も、どこか危うげなのに、奥の手をいくつも持っているような、底知れないもの。
今まで見てきた女性とは何かが違った。
後日、みなもに改めて解毒剤の礼を伝えるために顔を合わせたが、彼女は男装のまま。
正体を知っていても、やはりその姿から女性らしさは感じられなかった。
レオニードは安易な嘘を語る人間ではない。
けれど、本当に女性なのか確かめてみたい。
そんな人の悪い好奇心が、胸の奥に居座っていた。