87 決別Ⅱ
87 決別Ⅱ
刹那の暴走は既に始まっていた。
紅く染まった瞳でその力を施行し敵を捻潰す。それはただの暴走でありそうではない。紅の血の本能と理性の狭間にとらわれてしまっただけだ。
「こりゃほねがおれそうだね」
武器を手にとり慎吾は苦笑と共に呟く。怪我を完治させたわけではない。まだ鈍い痛みをはっしているところもあるし反応が鈍いところもあった。
それでも…。
「やるしかないよなぁ」
刹那を見つめ大剣をふるう。右肩にかかる負荷。ないわけではないが問題はない。荊を斬りおとし絡まれていた貴哉だった躯を解放する。柔らかな紅い肉は引き裂かれ臓物は潰されかきまわされていた。慎吾はおもわず目をそらした。しかし確実に見開かれた貴哉の瞳を閉じる。まわりを一瞥し誰もこちらに気付かないかを思う。あまりに巨大すぎる一条の気配にこれなら平気だろうと結論付け大剣を、能力を解放した。慎吾の瞳の色が変わる。その妖気はソラトと同様禍々しく紅の薔薇の微かな狂気をもまじり呼吸を圧迫する。
慎吾は自覚していた。
「裏社会独特の妖気にあてられるのは初めてかな?」
自分が裏社会の出でありその血がそれなりに濃いことも、その妖気が相手を毒することも。
「死なない程度にかわしてくれ」
そう願い、全身全霊を持ってその武器を振るった。
体勢を整え反撃を開始するため人員配置を確認し合図する。一思いに斬りつけるため重心を変えた。
「イイトコ邪魔して悪いんだけどさ、貰ってくよ」
それは少女の声だった。顔をあげその少女をみる。
「ティリエル…」
莉磨がその名をよんだ。ティリエルが鼻で笑い腕をくんだ姿勢で見下ろす。
「なぜあの二人がこんなヤツに執着するのかがわからないわ」
ティリエルはそう言いつつ向かってくる一条だった化け物を潰す。あまりにも簡単そうに、詰まらなそうに行われたそれに困惑と新たな恐怖がよぎる。
「は、心配しなくてもあんたらなんか攻撃しないわ。アリスをひきいれにきただけだもの」
そう言ってティリエルはその場から姿を消す。緊張の糸がきれた。
どうにも司令塔と言うのはつまらない。ただ椅子にふんぞりかえっているだけなのは性にあわないのだ。
「リフと碧人送り出して終戦ってか?つまらん幕切れやの」
ふと侑士は呟く。微かな苛立ちが篭っていることに自分でも気付いた。
「そうでも無いですよ。探しものもありますし」
竜一は侑士の独り言に律儀に応じ曖昧な笑みを浮かべた。
「せやな。まだ終ってへんか」
侑士は竜一の表情を見て前言撤回をはかる。どうにもこいつは苦手や、と心のなかで思い眼鏡をなおした。