(7)
「そんなこと、そんな怖い顔で言わないでよ」
男は煙草を片手に、腹を抱えて笑いだした。それを見て、ユメは立ち上がって怒る。
「ひ、人が真剣に話してるのに!」
「ごめんごめん。もう笑わないよ……ああ面白い」
一向に笑い終わらない男に呆れてユメはまた席に着き、珈琲を口に運んだ。
なんなんだ、この男は。珈琲はひどく苦かった。カウンターに置いてあった砂糖とミルクをたっぷり入れて、やっと飲めるようになった。
珈琲とトーストを食べ終えた頃、男に目をやると、いつの間にか笑い終えたようで、どこか遠くを見ているようだった。
「もったいないなあ、そんなに砂糖を入れちゃって」
視線を変えずに、男はユメを咎めた。
「すみません。でも、苦いの苦手なんですよ」
ユメも男を見ずに答えると、男は興味なさげに「そうなの。へえ」と呟いた。
しばらくの沈黙があった。男も急に黙り込んで、煙草を吹かすばかりでユメとしては非常に居心地が悪かった。通学路にでもなっているのだろうか、窓からは子供が楽しそうに雪を投げ合いながら通学していく姿が窺えた。
そういえば、ここがもしカフェなら、モーニングのために開店しなくていいのだろうか。
ユメは不意にそう思い、立ち上がった。
「ごちそうさまでした。では、もう失礼します。服と荷物はどこに置いてありますか」
「あれ、もう出て行っちゃうの?」
男はユメを見上げ、火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し付ける。
「もう、事情は話しましたし、あなたにこれ以上迷惑をかける義理も必要もありません」
「出て行ってどうするの? 行く当てなんてあるの?」
「とりあえず大学は辞めて、生きていくために住み込みで働ける場所を探します」
「そんなにすぐに仕事なんて見つかるの?」
「見つけます! だから早く荷物の場所を教えてください」
ユメは強く言い切って、男に対峙した。すると男は足を組んで皮肉っぽく口端を上げた。
「じゃあ君は、おばあさんを裏切るんだね」
男の言葉に、怒りがこみ上げた。
「違う! だって、無理じゃない! 私にはどうすることもできないもん!」
「いいや。君は逃げてばかりで、できることをする前に諦めてるよ」
男の責めるような言葉に、ユメは何も言い返せなかった。男の姿が次第に滲んでいく。