「なんてこった」2
さらっと流し読みしていただければ幸いです
前回の続き
魔法の水を被ったハル、そしてエルガー、ディア、ジェラルドの四人は体が小さくなってしまう(年齢的に)
もとの体に戻るため四人は奮闘します
「……」
「……」
「……」
「頼むから誰か喋れよ……」
まず、現在の状況説明から始めよう。
騎士団団長エルガー、一番隊副隊長ジェラルド、二番隊隊長ディア、騎士団団員の私。
三人が旧物置部屋の掃除をしていたら何やら魔薬が入ったフラスコを落としてしまい、
そこに差し入れを持って行った私も居合わせ、
みんなちっちゃくなっちゃいました☆
「ダメだ、おかしいよこの解説……おかしすぎる……!」
順々にみんなの容姿を説明すると。
ジェラルドは五歳くらいの、いわば幼稚園生。
ディアが小学校低学年。
エルガーは小学校高学年。
私は中学生。
「どうしてこうなるんだ……」
床に座り込んだジェラルドはぶかぶかの服の袖を引っ張りながらそう言った。当たり前だけど幼稚園生サイズの彼には大人の服は合わない。
「多分被った魔薬の量によって変化する度合が違うんだろう。だからこんなにバラバラなんだ」
ディアのいつも通りの爽やかな声は高い声になって、なんだか示しがつかない感じだ。
でも一番不機嫌なオーラを醸し出しているのは私の隣にいるエルガーだろう。
黒髪はぼさっとしているしなんか目のあたりのクマが酷い。外見は年下なのにどうしてこんなに恐ろしく感じるんだろう。
「ちょっと提案なんだけど……」
恐る恐る切り出すと全員がこちらを見た。みんな小さいのに目だけはガチだ。
「今はとにかくどこか別の部屋に移動した方がいいと思うんだよね」
「どうして?」
ディアの首を傾げての疑問に、私はうっと言葉に詰まる。彼が大人バージョンならまだ良かったのに、小学校低学年になると本物の天使にしか見えない。
「まず、たまたま被った魔薬だから元に戻す薬なんてすぐにはわからないでしょ? エルナイトさんの所に行って事情を説明して元に戻る方法を考えてもらう。その為の陣営を敷くのは大事だと思うの」
「わざわざ場所を変えるほどのことか?」
幼稚園生バージョンのジェラルドは半分呂律が回っていない。
「実は、ここにルーとロズが来るかもしれないんだ。『差し入れ持って行きますわー!』とか言ってたし」
ロズとルーが私たちを見たらどうなるか。
ここにいる全員がわかりきっていた。
『きゃー! どうなさったんですの皆さまー! かわいいですわ! こっちにいらして! ディア様、まるで天使ですわね! 天使ですわよまごうことなき天使ですわ! ジェラルド様!? いつもの憎たらしい顔が今日はいつになく可愛いですわね! 愛くるしいですわよ! エルガー様! エルガー様ですわね!? 睨みをきかせても無駄ですわよ効かないですわー! むしろ私の息子に! ぜひ養子に! きゃ―――――!』
『全員私のy(略)』
三人の顔からさあっと血の気が引く。
「僕はハルに賛成だな」
天使顔のディアの言葉に残る二人も勢いよく頷いた。っていうかエルガーさっきから無口すぎるんだけど。外見子供なのに超無愛想!
「じゃあ、ここから一番近い私の部屋に行こう。いろんな部屋を経由すれば旧図書室に行けるでしょ?」
なんだかお姉さんになった気分で言うと、三人はもそもそとそれぞれの支度を始めた。
下に着込んでたシャツの袖とズボンの裾を折るので精一杯らしい。ジェラルドに至っては服がもこもこしていて見てられないので手伝ってあげた。
「悪いなハル」
ちっこい手で一生懸命布を折るジェラルドは、傍から見ても超可愛い。
―――なんだこれ、私の中にもついに母性が目覚めてしまったのか……!?
ドキドキしつつ三人の支度が終わったことを確認して剣を持つ。ディアとジェラルドには持てないだろうから、全部で三本。
「お、重い……!」
当たり前だけど中学生には重かった。
ベルトを調節しズボンがずり落ちないようにしたけど、これは早く部屋に行かないと危なそうだ!
余った衣服はエルガーとディアに持たせてハイ出発!
ドアからそっと顔を出して廊下の様子を窺うけど誰もいなさそう。
「こちら誰も発見できません。どーぞ」
「……」
「どーぞ!」
「その『どーぞ』って言うのは何だ?」
隣にいるエルガーに向かって言った、ドラマでよくある無線機のシーンの「どーぞ」は伝わらなかったらしい。日本じゃないウォーターフォードでは当たり前か。
「なんていうか『次はそちらの様子をお伝えください』みたいな感じ。はい、どーぞ」
「こちら人影は確認できません、少し物音がするものの速やかに部屋に滑り込めば問題無いでしょうどーぞ」
棒読みの台詞に私は口元を引きつらせる。
ディアとジェラルドに比べて、エルガーのこの可愛げのなさ!
「じゃあせーので行くよ! せーの!」
ドアを開けた私たちは一気に右に駆けだした。そこから三十メートルほど先に目的の私の部屋はある。
ところが、物事は順調には進まない。
「あっ!」
ディアが裾を踏んですてん! と転んでしまったのだ。ジェラルドはなんとか走れてるものの、スピードにも限界があるらしく、はっきり言ってすごく遅い。
「エルガー、ジェラルドを頼んだ!」
エルガーの方に自室の鍵を投げた私は、ディアの元まで急いで戻る。エルガーはそのまま無事に私の部屋まで辿りついたらしく鍵穴に鍵を突っ込んだ。
「ディア、大丈夫!?」
「ごめんハル……」
助け起こされたディアは申し訳なさそうな、しかし涙ぐんだ顔で呟いた。天使の泣き顔ってやっぱ可愛いね!
しかし。
「物置ってこちらでしたわよね?」
聞き覚えのある声に私たちの背筋が冷えた。
体が硬直し、ディアを抱き上げようと伸ばした手が止まる。
角から聞こえる話し声。間違いない。
―――ルーとロズだ!
慌てた私はディアを抱きかかえるとすぐに踵を返した。
だけどどう足掻こうと私たち二人が部屋に入ってドアを閉める瞬間は、タイミング的にルーとロズに見えてしまう。身を隠そうにも、ドアの横の凹凸はとても二つ分の影なんて隠せそうにないし……!
―――そうだ!
部屋から顔を出したエルガーに向かって、私は勢いよく。
ディア(・・・)を(・)投げた(・・・)。
小学校低学年の少年を空中に放りだすというのは、それはもうしんどい。
足の裏に力を溜め、勢いよく手を離す。エルガーもディアも二人してびっくりしたみたいでお互いに目を剥いた。
「閉、め、てっ!」
小声で呟くと同時にディアがエルガーにクリーンヒット。二人して向こう側に倒れたかと思うと、最後に倒れたエルガーの足が無理やり部屋のドアを閉めた。
そしてルーとロズの声が近くなったその時、私はドアの横の凹凸に身を隠す。大きな柱になっているであろうそれは、なんとか私一人分の姿は隠せるみたいだった。
―――頼むからこっち来ないでね!
ドキドキしていると、二人の声は物置部屋の方向に遠ざかった。ラッキー、これならバレないや!
「あら、おかしいですわね、誰もいませんわ」
「なんだか片付け途中でどこかに行ったみたいですね」
げっ。
そういえば片付けの最中で飛び出して来ちゃったんだ。焦ったせいで背中に抱えている剣がぶつかり合って音を立てる。
「ハル様のお部屋かしら?」
まずい。これはまずいぞ。
かくれんぼとか言ってられなくなってきた! これで見つかったら絶対不審者扱いだ。また独房送りになっちゃう。
近づいてくる二人分の足音に心臓が早鐘を打つ。
コンコン、と真横で響くノックの音に私は目を瞑る。柱一本とは心もとない。このまま見つかったらなんて言おう。
「一体どこにいかれたのかしら」
「エルガー様のお部屋ではないですか?」
しばらく話しあった二人は、みんながエルガーの部屋にいると判断したのか部屋から離れて行った。
―――行ったか……
すぐさま部屋のドアを開く。どうやら鍵はかけていなかったらしく、内側ではディアとエルガーがぶっ倒れていてそれを心もとないながらジェラルドが助け起こしていた。
「投げてごめんね、怪我はない?」
「ああハル大丈夫だよ」
と言いつつも小さい彼は涙目だった。額が申し訳ないくらい赤い、そして後ろにいるエルガーも何やら苦々しい表情。
「エルガー大丈夫? ごめん、痛かったよね」
「大して痛くはないが……仮にも上司を投げるって……」
呆れてものも言えないようだ。確かに私もここまで来て上司を投げることになるなんて思わなかった。
とりあえず私の部屋に剣は置いておき今はエルナイトさんのもとへ向かうということで結論は一致したものの。
問題はどうやってこの不自然な幼児たちを連れ出すか、だった。
「まさか袋詰めにするわけにもいかないしなぁ……」
「そんな恐ろしいことを考えてたのかっ」
ジェラルドが私から後ずさっているのを見て、さすがに袋詰めは可哀想だと考え直す。しかし一体どうやって……そうだ!
「ねえ確かこのお城って子供もいるんだよね!」
「うん。所帯持ちの団員とか世帯で住んでいる場合もあるけど」
「つまり、洗濯場にいけば子供の洋服借りられるじゃん!」
我ながら名案だ! と手を打つがエルガーから「子供服を着たところでガキが四人もうろちょろしてたらおかしいだろ」という待ったの声。
「そこは大丈夫! 私には作戦があるのだよ、フフフ……」
なんというか、私は天才かもしれない。そのままの勢いで三人を置いてひとまず洗濯場に向かった。
「私の目に狂いはなかった」
十五分ほどして三人分の衣装を持って帰り着替えさせてみると、みんな驚くほど似合う。似合うようなものを持ってきたから当たり前なんだけど、それでもやっぱり私の目に狂いはなかった。
ジェラルドとエルガーは小さい子むけの軽装。黒いズボンにブーツとシャツ、そして極めつけは蝶ネクタイ。すごくいい、例えるならピアノの演奏発表会にでてきそうな雰囲気だ。
そしてディアには、これでもかってくらいのレースをあしらったワンピース。少しカールのかかった金髪とあわせてみると本物の天使になった。羽生やして空を飛んで欲しいくらい。
「なんで僕だけ女装!?」
「大丈夫、すごく似合う」
「何も大丈夫じゃないよ! 全然! 正気に戻って!」
そうは言われてもこれが一番似合うから今更変えようなんて思わないけどね!
「とりあえず服は私が持ってくから、剣は置いて……」
「ディア、お前それで下着はけるのか?」
「むり……」
ジェラルドとエルガーは服の中に押し込めばいいけど、残念ながらディアは今現在も下着を服の外側から押さえている状態。スカートなので手を離したら大変なことになってしまう。
「大丈夫、ディアがノーパンにならないようにパンツも借りてきたよ!」
「……ハル、お前……」
「もう僕お婿にいけない」
「女とは思えないな」
とにかくディアをさっさと着替えさせている間に、私はスクールバッグにみんなの洋服を軽く畳んで詰め込む。パンパンにはなるけれどなんとか三人分入る……かな?
「靴は置いて行こう。途中で転んだら危ないしね」
とみんなにも靴を脱いでもらい、私はシャツの袖をまくった。これでだいたいの準備は整ったはずだ。
「はあ、女の子の服って足元スースーする……」
呟いたディアを慰めるように、ジェラルドがその肩にポンと手を置いた。
「おしっ、ジェラルドは私がおぶっていくから」
「俺!? なんで!?」
「幼児体型の今、走るのが遅いのは致命傷だからね。一刻も早く元の体に戻りたいならば、私が背負って走る方がいいと思うでしょ?」
笑う私にジェラルドは戦意喪失、ディアの横をすり抜けて目の前までくる。彼を背中に背負った私は、「お姉さん」な気分になった。
なんといってもここに来てから年上ばかりの相手をしていたから周囲からは見下ろされ、子供の小さい可愛さのようなものが不足していた気がする。
「女に背負われるなんて……一生の不覚……」
「じゃあ行くぜ野郎ども!」
「どうしてハルはこんなに元気なんだ……」
「さあな」
3へ続く