「なんてこった」
下らないコメディーです
前回同様軽く流してください。
「なんで俺達がこんなことしなきゃならねーんだよ……」
薄暗い室内に響く声。その主はこの空気に不釣り合いなほど華やかないでたちをしていた。
銀色の髪から覗く双眸は宝石のように輝き、色は灰褐色。通った鼻梁も艶めく唇も、男とは思えない色香を漂わせている。
「文句を言うなジェラルド、これも仕事だ」
ジェラルドと呼ばれたその青年は、深い溜息を吐いて目の前にそびえる本棚を見上げた。
シュヴァイツ城、旧物置。
本日騎士団に所属する、とある三人の男達がこの物置部屋に派遣された。
その三人が派遣された理由は以前ここを訪れたとある少女が「物置部屋汚すぎる!」と一声かけたからである。
「何が仕事だよ。休み返上で掃除ってどうかしてるんじゃないのか?」
「仕方ないだろあんなに掃除掃除と騒がれちゃ。こっちがむしろ被害者だ」
「お前部下に負けんなよ……」
ジェラルドと会話をするのは黒髪に金の瞳の、これまた眉目秀麗な男である。
歳は二十代前半、ただ一つ問題なのは彼の眉間に寄った年相応でない皺だろうか。
彼の名をエルガー。わずか二十一にしてシュヴァイツ城専属騎士団を取り仕切る団長まで上り詰めた人物だ。
ジェラルドは古い梯子を本棚に立てかけてそのまま上り始めた。
「ディア、ちょっと押さえてくれ」
「はいはい」
そう言われて部屋の奥から姿を現したのは金髪碧眼の、天使のような顔立ちをした青年だった。細められた瞳や動作の一つ一つに気品があり育ちの良さがにじみ出ている。
この国の王子であり騎士団第二隊の隊長を務める、ディア・ファイアライエス・コーラルである。
「とにかくこの本を下に回せばいいんだろ? 日干しすりゃあ読めるんだし」
「そうだな」
物置部屋はたくさんの物で溢れている。例えば古い本や錆びた剣。古地図や絵や魔薬までもが様々なところに放り込まれていた。
そして恐らく、十年はまともに掃除されていない。
部屋中に満ちた空気は埃っぽくそして濃い。虫なら生きているものも死んでいるものもあった。既に慣れきった二人(ディアを除く)は着々と作業を進めていく。
「ったく、また死骸だ。落とすぞー」
「うわ、こっち向けて落とさないで頼むから!」
梯子を押さえていたディアが下で悲鳴を上げる。一方ジェラルドから分厚い本を何冊か受け取ったエルガーは隣にあった机にそれを積んでいった。
「ジェラルド、そこら辺には魔薬もあるかもしれないから気をつけてかかれよ」
「わかってるって。ちょっとは俺を信用し」
苦笑いしてエルガーの方を見下ろした時、ジェラルドの左手の甲が何か固い物に当たった。
「ろ」
はっとして彼が視線を戻すと、丸いフラスコが揺れて棚から落ちるところだった。
「あ」
「わ」
「は?」
三人の声がぴったりと重なる。
―――やばい!
フラスコの中で揺れる透明の液体。一見水に見えるそれは恐らく―――魔薬。
「ジェラルド!」
フラスコが宙を舞い、それを追ったジェラルドの体がいっきに傾いた。
「ぎゃ―――――っっ!」
「わ――――――っっ!」
同時に梯子が傾きディアの両腕に大きな力がかかる。彼より少しばかり小柄とは言えジェラルドも一人前の大人だ。
慌ててフラスコを取ろうとしたジェラルドの手が滑り、勢いよく魔薬を棚の一部に叩きつけてしまう。
パリン!
ガラスの割れる音が響いた。
―――――――――――――――――――
ふぁあ、と私は口を開けてあくびをした。
朝早くからメイドのルーとロズに手伝ってもらってもっちりパン製作に勤しんだ私の眠気は最高潮だった。今なら立ったまま寝れるわ。
私は七瀬ハル十七歳。
バレンタインデーに何故か異世界トリップしてしまい、今はこのシュヴァイツ城で女騎士として働いている。
生活にも慣れてきて友達とか仲間とかが少しずつ増えていき、まあまあ充実しているわけだけど今日はちょっとした用事があって早起きだった。
話は昨日の夜に遡る。
「エルガー! 起きてる!?」
ノックをして返事も待たずに部屋のドアを乱暴に開けた私はそのまま室内に踏み込んだ。部屋の主である騎士団団長(一応上司)のエルガーはうんざりした目でこっちを見てくる。
「なんだ騒々しい」
眉間に皺を寄せたエルガーの得意技・睨みは一般人には少々強すぎる。
だけどもう慣れっこだ!
「あの部屋どうにかしてよ!」
「は?」
「あ、の、部、屋っ! 中庭の横の階段上がって正面の部屋から右に五個目の部屋!」
早口で重ねた言葉にエルガーは「ああ」と返答。
「物置部屋のことか」
相変わらず頭の回転が速い。
「とにかく、あの部屋の汚さなんとかしてよ! 団長!」
「うるさい。第一、どうしてお前が物置なんざ使うんだ。あそこは鍵が閉まってるはずだぞ」
そう言われ、私は言葉に詰まった。
何故物置の存在を知ったか説明すると、今日の昼間にたまたまあの部屋の前を通りかかったからだ。
丁度その時にドアの下から小さいネズミが出てきて
(!?)
勿論私はビックリ。ネズミが逃げた後も部屋の前で硬直していた。
―――どれだけ汚いんだよ、この部屋……!
冷や汗をかきつつドアノブを握ると、ザリザリとした錆びの感触に更に汗。
軋んだ音を立てて開いた扉の向こうは薄暗くて湿っぽかった。
―――なにここ、物置?
見渡すと、案外広いその部屋には古い剣とか色々な本とかが置いてあった。
そしてウォーターフォードを良く知らない私にとってはありがたい世界地図を発見。
(うわ、ここに積んであるの全部地図なのかな)
丸めて置いてある羊皮紙の一つを取り、近くにあった埃の積もった机の上でわくわくしながらそれを開く。
と。
中から二十センチくらいありそうな大ムカデが、転がった。
「その後死に物狂いで戻ってきたわけよ……」
「お前ほんと阿呆だな」
ひとしきり説明した私に向かってそう述べたエルガーを前に私は仁王立ち。
「とにかく至急誰かを派遣して掃除!」
「どうしてそうなる。虫が嫌なら行かなければ良い話だ」
「もしムカデが私の部屋に来たらどうすんの――――っ!? 部屋近いんだってばあの物置から―――――!」
「知るか」
「嫌だ! 掃除!」
「自分でやれ」
「できないからエルガーに頼んでるんだって!」
机を叩いて交渉しているこっちには目も向けずエルガーは「やらない」の一点張り。
だけど自分の部屋にムカデちゃんが侵入する可能性があるからには……粘らねば。
そしてその後、私は二時間粘った。
―――――――――――――――――――
―――まあ結局やってくれるらしいし、差し入れくらいは持っていかないとね。
ムリ言って頼みをきいてくれたお礼にメイド二人組に手伝ってもいらってパンを作り上げたんだ。おかげで今は眠いけど。
右手にパンの入ったバケットを持ち、物置部屋の前に着いてドアを開けようとした時。
「ジェラルド!」
中から声が聞こえた。
しかもかなり焦ってそうな。
「ぎゃ――――――っっ!」
「わ―――――――っっ!」
そして響く悲鳴。
何事かと室内に駆け込んだ私の目に映ったのはエルガーの方に向かって倒れかけた梯子の上から身を乗り出すジェラルドと、その下で焦った顔をしたディア。
そしてジェラルドの手の先で宙を踊っているフラスコ。
―――ん?
パリン! ガラスの割れる音。その次にはドン! という鈍い衝撃音。
埃と共にもくもくと上り上がった白い煙に、私はようやく我に返った。
「きゃ―――――っ! 三人とも、無事!? 大丈夫!?」
部屋の奥まで走って行っても溢れる煙は火災訓練並み。全然周りが見えず、とにかくバケットを置いて窓を開けようと歩を進めた瞬間。
「ぎゃっ」
床にぶちまけられた水で滑って転んだ。
べしゃっ! と背中と頭を打ちつつ、また立ち上がって窓に近づく。
―――背中めっちゃ濡れたし!
窓枠に手をかけて急いで外側に向かって押し開くと、湿度の高い空気と煙が一斉に外に向かって流れて行った。
安心した束の間「ん?」と私は声を上げた。
なんか、シャツがぶかぶかだ。
視界がいつもより低いし、ブーツも随分カスカスしてるし。
それよりも、後頭部で一つに結っていた長い髪が―――ない。
「ったたた……ハル、大丈夫!?」
と、煙の中から出てきた影に私はあんぐり口を開けた。
金髪碧眼の『少年』がこちらに向かって駆けてくる。
「あれ……ハルじゃ、ない……?」
天使みたいな顔立ちの彼は歳は小学生低学年ほど。まんまるの瞳で首を傾げて、私を見上げてくる。
「まさか、ディ、ディア……?」
「え、ハル? ハルなの? 髪が短くなってるよ? っていうかいつからそんな高身長に……」
ぶかぶかの服を引きずった彼は、足元と自分の手を交互に見た。
そして私の方をもう一度見て、
「……あれ?」
甲高い声でそう呟く。
「なんか、僕いつもよ「いぎゃあああああ――――――っ!」」
その声が断末魔の悲鳴によってかき消され、何事かと視線を配る。
「いってえ! 体中いってえ! フラスコに夢中で全然受け身とれなかった!」
煙の中から立ち上がったのは身長一メートルくらいの小さい男の子。
銀髪頭のその子はひとしきりぎゃんぎゃん騒ぐとはっとしたようにこちらを見た。
四歳くらいの顔立ち。瞳の色は、灰褐色。
「ハル……と、ディア……?」
「ジェ、ジェラルド――――ッ!」
私とディア(と思われる少年)はそう叫んでいた。なんたってジェラルドが幼稚園生サイズになっているんだ、そりゃびっくりする。
「なんでみんな小さくなってんの!? なんで!?」
―――ってことは、エルガー……まさか赤ちゃんサイズとかになってたりとか……!
想像したくない図に、背筋を凍らせた私の目の前で煙の中から立ち上がったのは黒髪短髪の少年だった。
小学生高学年くらいの歳で、身長も私より低い。小柄で随分華奢な感じだ。
「エ、エルガー?」
「帰る」
第一声の言葉と共に、エルガーは入り口に向かって歩き出した。服とブーツのサイズが合ってないからか歩きにくそうだけど。
「ちょ、ちょいちょい! ちょっと待って! エルガー落ち着いて、その格好で外出ちゃダメ!」
「うるさい帰る」
「ちょっと!」
がしっ! と掴んだ腕はびっくりするほど細かった。ぎっとエルガーが振り返ってこちらを睨むけど、いつもの半減だ。
「ダメ、絶対」
「お前掃除させておいてどの口が―――……?」
ようやく周囲の状況に気付いたのかエルガーがぎゅっと眉根を寄せる。
そして自分の体を見下ろし口元を引きつらせた。
「……なんだこれは」
「えっと、その……」
「これはね、エルガー。僕らあの魔薬みたいなのでさ」
「小さくなっちまったみたいなんだよな」
次々と繰り出される言葉に、珍しくエルガーの脳みそが停止したみたいだった。
2につづく。