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朝目が覚めたら

本編とは切り離してお読みください

 

 ゴーン。


 遠くから聞こえる鐘の音に、私はゆっくりと瞼を上げた。


 普通の女子高生ライフを送っていた私がいきなり異世界に召喚されたのは一カ月ほど前のこと。男顔で男勝りで剣道の有段者だったためかなんだかわからないけど、成り行きでトリップ先のシュヴァイツ城の騎士団に入団し、こうして生活を送っている。


 毎日忙しいけど今日は久々に公休日だ。ゆっくり羽でも伸ばそう。でもってよく寝よう。


 寝返りを打った私は妙な違和感を感じて「ん?」と固まった。


―――なんか、体が平たくなってる……!?


 勢いよく体を起こした私はベッドの上で自分の体を見下ろした。

 胸が無い。

 いや、もとよりある方ではなかったけど。むしろほとんど無かったけど。


 ただこんな卸したてのまな板みたいな胸ではなかったはずだ!


「んん?」


 腕を見ると昨日より筋肉質になってるし、視界が妙に高い。呟いた声も女性のものとは思えないほど低いものでますます嫌な予感を引き立てる。


 転げ落ちるようにベッドから下りて机の引き出しを漁る。と、出てきたのは小さな手鏡だった。この部屋に初めてきた時にもともと置いてあったものだ。


 それで自分の顔を見てみる。


 そこに映っていたのは、紛れもない若い男の顔。もはや男顔の女子ではなく見間違えようもない男の。

 困惑した短髪の少年が鏡の中で口を引きつらせて叫んだ。


「お、お、男になってる―――――――――ッッ!?」




 息をきらせて走った先にはエルガーの部屋がある。

 エルガーというのは私が所属する騎士団の団長を務める人物で、性格は多少冷たいものの結構頼りになる人物だ。たとえばそう、自分が男になってしまったときとかになんだかんだで助けてくれそうな感じの。

 部屋の前に滑り込んだ私はそのまま全体重をかけて拳でドアを叩いた。


「エルガー! エルガー助けて! じゃなくて助けてくれ! 体が、私の体が男になってるんだこんなの嫌だぁ――――っ!」


 ほとんど着替えもままならない状態で朝っぱらから申し訳ないけど、今はエルガーとディアくらいしか頼れる人がいない。

 頼む、留守とかそういう冗談はやめてくれ!


 心の中で祈っていると、ゆっくりとドアが開いた。


「エル……」

「なんだ? 朝っぱらから騒々しい」


 この瞬間に体中の全動作が停止した。


 部屋から出てきたのはショートヘアの女の人。制服は騎士団のもので、腰に剣もぶらさがっている。黒髪で、目つきは鋭いものの顔立ちは整っていてまるで誰かに似て―――


「あの……すいません……騎士団第一隊のエルガー殿をお呼びしたいのですが……」

「はあ? お前は何を言ってるんだ。休みの日からボケてるんじゃない」


 ま、ま、MASAKA!


―――エルガーが女の人ににってる!?


「ぎゃあああああああああ―――――っっ!」

「なんだいきなり! 耳元で叫ぶな!」

「エルガー! エルガー頼むから元に戻って! なんで女になっちゃってるの、おかしいでしょこれ―――!」


 何平然とした様子で突っ立ってるわけ! とエルガーの肩を両手で掴んだ私は彼(彼女)の顔を見て茫然とした。

 何わけわからないこと言ってるのこの人、みたいな。

 若干軽蔑の混じった瞳で見られて私は恐る恐る肩から手を離した。


「お前なんなんだ? いつもに増して今日は様子が変だぞ?」

「いや……あの、すいません」


 なんだろうこの脱力感。

 もしかして、今この世界にいる人は全員―――


「あっ、ハル、おはよう!」


 爽やかな声に私はギクリと身を強張らせる。

 小柄な影が横から近づいてきたかと思って振り向けば、金髪の女性が満面の笑みを浮かべて隣に立っていた。


―――この人は……!


「おはようディア……」

「どうしたの? 元気無いね」


 セミロングの金髪ちゃんことディアは心配そうに私の顔を覗き込んだ。金髪碧眼、さすが王家の家系ってだけあって全体的に華やかだ。


 勿論私の記憶の中のディアは男なんだけど。


「二人とも……今日何か変な感じしない?」


 そう尋ねると二人は顔を見合わせて同時に首を振った。


―――なんてこった! やっぱり、みんな男女性別逆になっちゃってるんだ!


 アリエナイ! 現実的に考えてアリエナイ!

 一人焦った様子の私に、背後から誰かが呼ぶ声が聞こえた。


「ハル様―――っ!」


 男の人の声だ。

 振り返ると、執事の格好をした赤い髪の青年がこちらに向かって走って来るところだった。ちょっとばかし顔が幼いところから見ると、おそらく最近仲良くなった『城内専属メイド』のロズだろう。


「おはよう、ロズ……どうかした?」

「実はシェルルがもっちりパンを一杯焼いたって言うものですから、ハル様も誘って一緒に食べようと」


 なるほど気がきく!

 そういえば男女性別逆になっていたせいで焦り過ぎてご飯もとっていなかったんだ。

 っていうか普通焦るだろこれ。ほんとはドッキリとかそういうオチないの?


「ディアとエルガーは?」

「私達は先に朝ごはん済ませてきちゃったから」


 にっこり笑ったディアが言うと同時、ロズが私の手を引いた。


「行きましょうハル様!」

「あ、うん。そうだね」


 しかしもう一人のメイドちゃん、シェルルことルーも男になっているのだということは……あまり考えたくない。あんなに綺麗で物静かな子が男になっちゃたら―――この世界はもう終わりだ。絶対。


 男になって身長が高くなったせいかエルガーもディアも私より小柄で華奢だった。

 本当は男なのにね! 明らかに私より胸あるからねあの二人!


「ハル様、どうかなさったのですか?」


 歩いていると、ロズがそう言って私に心配げな視線を送ってくる。


「いや……別に、なんでもないけど……」

「顔色が悪いですよ?」


―――いやそりゃ顔色も悪くなるわ!


 はは、と曖昧な笑顔で言葉を交わしようやく着いたのが食堂前。

 朝ごはんの時間帯で混みあっている食堂は騎士団やらメイドやらで溢れかえっているんだけど……みんなこれ性別逆なのか。


「ルー、ハル様をお連れしたぞ!」


 食堂に入ってまずロズが駆け寄っていく先のテーブルを見ると、もっちりパンが入ったカゴがたくさん置いてある。

 そしてそのテーブルの隣に立ってティーカップに紅茶を注いでいる青年―――鶯色の髪と目をした彼がおそらくメイドのシェルルだ。


 凛々しい顔立ちと伸びた背筋、クールな雰囲気を醸し出していて……なんというか。


 マジイケメン!


「おはようございますハル様。お好きな席へどうぞ」


 声までイケメンだなおい!

 これ敵わないよ! 私でもロズでも歯が立たないよ!


 とりあえず言われた通り好きな席につき、胸に手を添え号令を待つ。

 う、男の体だと思うとなんだか違和感。


「では、いただきましょうか」


 私の正面に座ったロズの号令で、静かに食事がスタートした。


 もっちりパンに手を伸ばすと、変わらない味を噛みしめる。

―――よかった、これだけは変わってなくて。

 まあパンに性別なんてものは無いから当たり前だけどね。


「ハル様、全然食べておられませんね」

「え?」


 隣の席に座ったシェルルの言葉に、思わず私は聞き返した。

 別に普通に食べてるんだけどなぁ……。


「本当ですね。ハル様、男はたくさん食べないと強くなれませんよ」


 頷いたロズは私の皿にパンを追加した。

 いや、多いだろ、ってくらいに。


「まだまだ足りませんね」


 シェルルも何故かパンをのせてくる。

 何? どうしたの、この二人? なんかお母さんみたになってるけど。ってかパン多くない?


「あの二人とも……そろそろいいよ」

「いえ、まだ足りません」

「追加を焼いてきます」


 ついに席を立ったシェルルに私は目を剥いた。

 残ったロズは不気味なくらいの笑顔でこちらに向かってパンがたっぷりのった皿を突き付けてくる。


「さあハル様、どうぞどんどん召し上がってください」

「ど、どうしたのロズ!? なんか変だよ!?」


 おかしい! これは明らかにおかしい! ロズはこんなに強引な子じゃないもん!


「いいから、さあ! さあ!」


 目前まで迫った大量のパンを見て、思った。



―――こんなに食べれるわけないじゃん!!



           ―――――――――――――――――――



「むり……むりだってば……」


 室内に苦しげな声が響く。

 エルガーの執務室のソファで昼寝しているハルがいきなり寝言を言い始めたかと思うと「イケメン……」だの「なんか変……」だのおかしな言葉を吐き始めた。


 それを見ていたのはディアとエルガー。

 勿論二人とも男である。


「どうしたんだろうねハル……」

「悪い夢でも見てるんじゃないのか」


 高く積まれた紙の束から書類を出し、サインをしながらエルガーがディアにそう答える。


 その頃夢の中、ハルはもっちりパンを口に詰め込められていた。


「ぐ……もっちり……」


 眉間に皺を寄せたハルが、最後にそう呟いた。


 のどかな昼下がりのことだった。



番外編というものをはじめてしまいました。

本編進んでないのにどういうことだ!と思われた方。すいません。

ただちょっとでも2828してもらえるような話が書きたかったんです←

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