害虫
私は虫が嫌いです。
特に、侵入してきた虫が嫌いです。
外で見かける分には構いません。
道端を歩こうが、草むらを飛ぼうが好きにするがいいよ。
ですが、
私の家に入ってくるなら話は別です。
無害だ、益虫だと言われても関係ありません。
私にとって彼らは、テリトリーを侵した立派な「害」虫です。
例えば──。
眠っているアナタの枕元。
ほら、そこです。
黒い点が動いたのが見えませんでしたか?
指先ひとつで潰せる小さな虫。
毒もありません。
ですが今、そんな小さな命に
一瞬、恐怖を感じたでしょう?
仄暗い部屋の壁を触って、その感触を頼りに歩く。
指先が突起に当たり、それがスイッチであるということを俺はすでに知っているので俺は明かりをつける。
カチッと耳心地のいい音に反して電球は古めかしいジジ……という音で光る。
光の下には夏場だというのにコタツが置かれ、そこでは半身をコタツに入れた半袖の友人が腕を枕にして床に眠っている。
俺は「おい、」といいながら彼を足蹴にして揺さぶり起こす
「おい、起きろ裕介、バイトだろ」
「ん~、休む……」
「バカ言うな、追い出すぞ。」
「やだぁあ……。」
ガタン、とコタツを鳴らしながら寝返りを打ち彼はそっぽを向く。
俺はコイツを起こすことを一旦諦め、コンビニの袋を開けて廃棄落ちした弁当をレンジにかける。
一個は親子丼、一個はソースかつ丼、そしてもう一つ唐揚げ弁当。
「弁当だ、おれの分は?ある?」
「バイトの服になれば食わせてやる。」
「やりぃ!」
と、食いしん坊はのそのそとコタツから立ち上がって隣の部屋に着替えに行く。
俺たちはこの古いアパートでシェアハウスをしている。
それぞれが夢を持ち、それぞれが金に困っている、だから一緒に住んで金を浮かせているに過ぎない関係だが、この関係ももう4年になる。
シェアハウスの相手である新島裕介は俺の二つ上の29歳で、夢は画家だという。
俺はロックンロールを追い求めて27歳になった凡人の西村渉、ギターを弾く。
出会いは前のバイト先が同じだった、というだけで十分だろう。
誰に向けているのか、そんな思いにふけっていると電子レンジがチンとなる。
3つ目の唐揚げ弁当が温まったところだった。
「できたー?」
伸縮性のあるポロシャツを着て、無難な黒いズボンを履いた友人が部屋から出てくる。
「ん、出来た。どっち食う?」
「あー、たまご。」
「よろしいならば、じゃんけんだ」
じゃんけんは、宣戦布告したときから始まっている。
腹の探り合い、最初はグーで始まった戦いはグーとチョキによって勝敗が決まり、俺は親子丼を逃す。
「やったぜ、あざーっす!」
「くそ、その代わり唐揚げは譲れよ?」
「いいよ、それでトントンね。」
電気の入っていないコタツにあたり、手を合わせる。
廃棄落ちだとしても高々数時間の違いだ、ホカホカと湯気をあげるブタのソースかつ丼は変わらずうまいし、唐揚げもサクサクではないものの旨い。いつも食ってるあの親子丼も旨いので、おおむね幸福度の高い食卓だ。
カシュッと音を立てて缶ビールを開けると目の前から「あ!」と聞こえ、愉悦の笑みを浮かべてゴクゴクとビールを飲む。
「かっはぁあ!うま!」
「ずりぃー」
「しごおわの特権だ、お前も帰りに買って来いよ、ビール。」
「そうじゃなくてさ、一緒に飲みたいじゃんよ」
「それは休みの日に言ってくれ~」
「次の休みいつ?」
「次は~」
スマホを取り出してスケジュールを確認する。
「水曜だわ」と言いながら、そのままスマホをいじる
見るのは大体掲示板サイトやそれに似たSNSだ。
ミュージシャン仲間の宣伝だったり、炎上騒ぎだったり……
誰かの人生を眺めながら飯を食うのが、いつの間にか日課になっていた。
最近ではニュースなんかもSNS上に情報を乗せてくれるので世界情勢まではいかずとも、日本で起きた事件くらいは把握している。
今日はタイムラインにて物騒な事件を見つけた
【県立春日野高校の学生が遺体で見つかる】
「地元じゃん、こっわ。」
「なに?どうした?」
裕介がこちらに軽く身を乗り出す。
「高校生が遺体で見つかったってよ。」
と、俺は画面を特に見せることなくただ口頭でそう伝える
「えぇ、こわぁ……」
「な、お前だいたい夜勤なんだから、夜道気をつけろよ?」
「アラサーのおっさんを狙う人いるかなぁ?」
「おじさん狩りに会うかもしんねぇだろ?」
「うっへぇ……世の中物騒だね、渉も気をつけなよ?田舎の事件だって、こっちに関係ないわけじゃないんだからさ。」
「あいよ」と返事をすると裕介が「そろそろ行くわ」と立ち上がる。
俺たちは軽くあいさつを交わして、裕介を見送った。
一人で静かな部屋で再び画面を見る
【県立春日野高校の学生が遺体で見つかる】
可哀そうに、そう思って画面をスクロールした。
・
扉の開閉音で俺は起きる
どうやらあのまま寝落ちしてしまったらしい
「おーい、渉~」
「ん、起きてる……」
「起きた、でしょ?そんなとこで寝てるとまーた腰痛めるよ?」
「わぁってる、……風呂。」
「え、やだ。おれ先」
「ダメ、俺バイトあるから」
俺はそう言いコタツから這い出て裕介の「早くなー」を背に脱衣所に向かう。
脱衣所で服を脱いでいるとさっきまでいた部屋から人の話の声が聞こえて、少し気になり耳をすませる。
どうやら、裕介が暇つぶしにテレビをつけたらしい。
ぼけーっとテレビを見ながら寝落ちする裕介を想像して、早く出てやんないとなと思い、俺はシャワーをさっさと浴びて、ものの10分ほどであがる。
「裕介ー、あがったぞー。……アイツ……。」
寝落ちたであろう友人を起こしてやらないと、と俺は下着を着て脱衣所の扉を開く。
「起きてんじゃん」
戸を開けた先には普通に起きてテレビを見ている友人。
「あ、呼んだ?」
「風呂、あがった」
「あぁ、ありがとう。今ニュース見てた」
「何のニュースだったん?」
肩にかけたタオルで髪をガシガシと乾かしながら聞くと、裕介は「あぁ……」と、トーンを落とす
「なんか、19歳の子が殺されたって。」
昨日に引き続き物騒な話だ。
「またか、なんか多いな?」
「んー、そうだね。けどその子は城南大学らしくてさ、嫌な事件が続くね。」
「え?」
「なに?」
「城大??俺のいたとこじゃん」
「そなの?なんかな、偶然」
「偶然……といえば、昨日の子も俺と同じ高校だったな」
俺がそう呟くと、 コタツから立ち上がった裕介は俺の横を通ろうとして横に立つ
「けど、まぁ……そっちは東北でこれは関東だから。連続とかではないでしょ」
肩をポンポンと叩かた
その時俺は妙な、
嫌なような、
変な、
そんな悪寒が背中に走った。
あ、そうだ。
俺、アイツに地元の話したことあったっけ……?
今思えば昨日の会話も妙だった。
「 田舎の事件 だって、こっちに関係ないわけじゃないんだからさ」
俺は独り言で「地元じゃん」と言っただけだ。
なのにあいつは、俺の地元が 田舎 だと最初から分かっていたような口ぶりだった。
あの時俺は画面を見せてないから 地元がどこか なんてわかるはずないのに。
……いや、いやいや、考え過ぎだろ。フツーに。
4年間の記憶全部があるわけじゃない
酒に酔った時にでもポロッと地元の事言ったんだ、きっと……。
偶然が続いて少しナーバスになってるだけに違いない。
だいたい裕介を疑うなんて……それにそうだ、地元はここからじゃ遠い、バイトがあるアイツが犯行を犯すなんてありえないし……、けどアイツ、たしか一昨日休みだったよな……行こうと思えば、行ける距離だ ……。
一滴疑念の色が垂らされた水はもう二度と同じ色には戻れない。
俺は脱衣所から浴室に向って声をかける
「裕介?」
「なにー?」
「あれ、俺さ……お前に地元の話ってしたっけ?」
その問いかけに反応するように浴室から音が消えて辺りが静かになり、急に目の前にいるはずの友人がなにか得体のしれない殺人鬼に思えて、口が渇く。
「ゆ……う?」
ガラッと浴室の扉が開け放たれて思わず身構える
「ごめんシャワーで聞こえなかった、なんて?」
そこにはアホ面下げたいつもの友人が素っ裸で水浸しの状態で立っていた。
それを見てなんだかアホらしく思えてきた俺は「いや、なんでもないわ」といって浴室の扉を裕介に変わって閉め、ドライヤーで髪を乾かす
やっぱり、変に疑念を抱いた俺がおかしいんだよな。
だってあんなふわふわした、俺の友達が殺しだとかするわけないし。
「あーあ、アホらし。」
「なーにー?」
「なんでもねぇえよ!」
シャワーにもドライヤーにも負けない声を張り上げる、その声が聞こえたのか浴室からは再びシャワーの音が聞こえだした。
いつも通りの音が静寂を溶かして、そこにはいつも通り平凡な男が鏡の中にいた。
……そういえば、死んだ二人もこんななんでもない顔をした平凡な子だった。
事件はどこか別事件の話に感じるが、この境界線においてそのフィクションのような話が現実のものだと肌に感じて、心が痛くなる。
俺が高校生だった頃、毎日当たり前に生きてた。
死にてぇと口にしても、死ぬかもなんて思ったこともない。
大学生の頃には彼女にフラれて誰か殺してくれと思ったが、本当に殺されるなんて思ってもみなかった。
彼らだってきっとそうだった、平穏な顔して平凡に生きていくはずだった。
「うぉ、まだいたの?渉。」
洗面台を前にしてドライヤーを戻し、スマホを見ていたらあがってきた裕介と出くわした。
「なぁ、お前は……死ぬと思う?」
「なに?誰が??お前?」
「俺じゃねぇよ、お前」
「なんで?し、死ぬの?おれ……、なんかした??」
「いや、なんか……昨日の子といい、今日の子といい、若くして死んでさ、胸いてぇなって。俺高校の時なんか鼻水垂らしてたもん」
「鼻水って、わんぱくボーイだなぁ……。
てか、渉ってそんな感受性豊かだった?なんか、感化されてない?」
そうかもしれない、今までだって多少こんな事件はあった。
そのたびに「へー」で終わってきたもんだ。
「まぁ……たまにはいいじゃん、で?お前、死にそう?」
「さぁね。……今はまだ、死なないんじゃない?
……てか、そんな哲学モード浸んなくていいから、バイトの準備してくださーい」
「えーめんどくさい、今日休む」
哲学者モードをさえぎられ、いつもの日常が……というかめんどくさい現実に引き戻されて俺は肩を落とす、と、裕介はその肩をすかさずポンポンと叩く。
「はいはい、頑張れダーリン」
「誰がダーリンだ、殺すぞ。」
「あーもほら、行った行った」
と、裕介に背中を押されるようにして部屋を出る。
扉が閉まる直前、「いってらっしゃい、渉」という声が聞こえた。
・
俺はバイトを二つ掛け持ちしている。
一つは朝から夕方にかけてスーパーでバイト。
一つは夕方から夜にかけてコンビニでバイト。
もちろん毎日それでは体も心も死んでしまうので、どちらも週に3か4回。
スーパーでバイトの時には夕方に帰れるが、コンビニがある日は23時に帰宅。
スーパーのみの日が個人的には一番健康的で好きだ。
が、なんと!今日は朝から夜までのフルコースだ!死ね!
朝イチから死んだようなオーラを纏って「おはようございます」とスーパーのバックヤードに入っていけば、パートの奥様方が最近起こっている事件を気にしているようで。
売り場のそこかしこから「若い子が可哀そうに」という井戸端会議の声が聞こえてきた。
とあるマダムは「これは連続殺人よ」と、得意げに推理を披露していた。
コンビニでは俺より死んだ顔をした店長が「塩田くん知らない?来ないんだよね……」と、世間の話よりも大学生の塩田くんの方が重大らしかった。
「塩田くん、どうしたんすかね」
塩田くんは会うたびに「やめたい」「飛んでやる」が口癖だった。
……まぁ、そういうことなんだろう。
「連絡つかないんだよね……」
そりゃ、つかないだろうね。
と思いながら俺は鏡の前でポロシャツの上から制服を着る
PCの前に座っている店長をチラ見すると、自身のスキンヘッドを撫でながら シフト表とにらめっこをしていた。
失礼な言葉だが「俺はこうはなりたくない。」と店長を見ると毎回思う。
さて、残り5時間ぽっちの勤務だ。
「おはようございます。」
とレジに出てパートさんたちに挨拶をする。
「おはよ、西村さん」と優しく明るい声がする。
先に来ていた上木さんの声だった。
「おはようございます」なんて言いながら俺はいつもの癖でレジの中から店内の棚を見渡す。
「あれ、あんなのありました?」
と、俺は入口に一番近い棚を指差す。
「なんかね、くじが他店からまわって来たんだってさ~」
「へぇ」と相槌をうちながらくじを見る。
どこかで見た気がすると思ったら、裕介が好きだと言っていたコンテンツだ。
なんていったか、『もふもふしててかわいい子 - もふかわ - 』とか言ったか。
帰りに一回だけやって、当たった景品をくれてやろう。
さて、この5時間のいいところは基本暇という点だ。
暇な時間だが店員が二人いるおかげで、ジッとしてられない上木さんが掃除や品出しなんかを担当し、俺はレジの中で勉強でも仕事でもしてるふりをして新曲の構想を練りながら、来た客を捌くだけで時給が入る。
朝からエンジン全開だった俺からすればこの低燃費で済むコンビニはコンビニで気に入っていた。廃棄も持って帰れるから飯代は昼だけでいいし。
クレームに合うこともあるが、それはまぁ稀だ。
基本暇、基本平和、賄いもどきアリ。悪くない。
ふと、窓の外を見れば灯りに飢えた虫たちが窓ガラスに磔になっていて寒気がした。
男らしくないと笑われそうだが、俺は小さいころから虫と集合体がダメだった。
だから窓にこうしてうじゃうじゃと磔になってくるこの小さい虫たちはフルコンボ無理なのだ。
「上木さんって虫いけます?」
レジ奥のかげでこそこそ休憩している彼女にむかって声をかけるとひょこっと出てきて「多少はね、どうかした?」と近寄ってくる
「虫が大量発生してて、殺虫スプレーで蹴散らしてきてもらえませんか?」
「おっけ~、西村さん虫ダメだもんね」
「かなり無理ですね」
「なんで無理なのか聞いていい?気になる」
棚の下から殺虫剤を取ってくると彼女は俺のとなりに立って壁に背中を預ける。
「昔、ばあちゃんちで飯食うってなった時、よそわれたお椀に黒い点があって。
最初はなんか、ゴマ塩かな?って思ったんすけど、違うっぽくて。
なんだろーって指で取ってみてみたら蟻で、それからなんか無理なんですよね。
おっきい蛾とか蝶とかはまだいけるんですけど、綺麗なのとか。
けど、ああいう小さくてうじゃうじゃしてんのはトラウマで。」
「なるほどね、私も似た話あるよ」
「え、なんですか?聞きたい」
すると彼女は誰もいない店内、お菓子の棚にむかって指をさす
「いちご系がね全般むりなの」
「なんで?」
「昔いちごを食べようとしたら、そこに虫がいたの。それが怖くってさ。いちごがダメになった」
てへ、という擬音語が似合いそうな顔をして笑うと上木さんは「いらっしゃいませー」と俺の奥、入口に向っていう。その直後リンリンと入室音がなり俺も慌てて「いらっしゃいませー」という。
「じゃ、虫蹴散らしてくるね」
と、上木さんは親指を立てながら俺に一声をかけて、リンリンと外へ出ていく。
窓越しに必死に虫と格闘している姿を見ていると「すいませーん」と声をかけられ、びっくりしつつも「失礼しました」と対応する。
・
5時間勤務の終わりに俺は予定通りくじを引いた。
するとコンビニ的には悪いが、B賞のわりかし大きめのぬいぐるみが当たった。
上木さんにはどういう意図か、笑われ。
激可愛なぬいぐるみを抱えた二十七歳男性。
……通報されないか少し不安になりながら、家路についた。
「ただいま。」
仄暗い部屋の壁を触って、その感触を頼りに歩く。
指先が突起に当たり、それがスイッチであるということを俺はすでに知っているので俺は明かりをつける。
カチッと耳心地のいい音に反して電球は古めかしいジジ……という音で光る。
光の下には夏場だというのにコタツが置かれ、そこでは半身をコタツに入れた半袖の友人が……
「あれ、裕介?」
不在だった。
「早出したのか?こんな時間に?」
てっきりそこに居るものだと思っていたから拍子抜けして荷物を床に置く
もしかして部屋で寝ているのか?と思い「ゆう?」と声をかけながら部屋をノックするが返事がなく
俺はドアノブを回して部屋を開ける。
裕介の部屋は、あまりにも綺麗だった。
昔見た姿からは考えられないほどお行儀のよい
いや、お行儀が良いなんてレベルじゃない。
まるで引っ越しでもするかのような整理の仕方だ。
布団も椅子も机もない、画家に必要なイーゼルも画材もない
あるのは3個ほどの段ボールだ。
「なんなんだ……?」
ぬいぐるみを抱きしめる腕に力が入り、腕の中のシマエナガがぐしゃっと潰れた。
段ボールはどれも封がされておらず、うち一つは蓋さえしまっていなかった。
そっと忍び寄ってその中を見る。
そこにはなにも入っていなかったが、
側面に血がついていた
「……っこれ、な……」
顔が引きつる、そこには見間違えようがない変色した血がこびりついていた。
やっぱり裕介はなにかしてるのか?
ここに血の付いたレインコートや凶器を入れてたのか?
晴れたはずの疑念が頭の中をグルグルと渦巻く。
その時、
背後でガチャという鍵を開ける音がした。
「ただいまー」
慌てて踵を返して俺が部屋を出たタイミングで裕介が玄関をくぐる
「おーおかえり、なんだ、外いたのかよ。通りでいないと思った。」
俺は今見たことを悟られないよう、平静を装う
「そそ、今日休みだったみたいでさ。コンビニでビール買ってきた~」
そういってコンビニ袋を掲げる裕介はニコニコとご満悦で、あまりにもいつも通りで
想像していた血まみれのレインコートも、凶器も、隠すような隙なんてない。
「よかったじゃんビール」
「うん、昨日から飲みたかったんだよね~」
お気楽にそういいながら裕介がコンビニの袋をコタツにおいて、俺の横を通って部屋に入る
「あれ、渉さ。部屋、入った?」
心臓を貫かれるような言葉に言葉が詰まる
「……なんで?」
それがようやく絞り出した言葉だった
「なんでって……だって。
これ!もふかわのシマエナちゃんじゃん!!」
「あ、あぁあ、そう!びっくりさせたくてさ、こそっと置いたんだよ。」
「えぇ〜たまには粋な事すんじゃん!ありがとう渉」
「おうよ」
パタン、と裕介はぬいぐるみを抱きしめたまま部屋に戻っていった。
さっき見たのは何かの間違いだったのだろうか?
……いや、そうに違いない。
きっと、なにか赤い塗料を血と見間違えたんだ。
部屋が無機質なくらい綺麗なのは……
アトリエにいろいろ移したとか、そういうもっともらしい理由があるに違いない。
ドキドキと無駄に高鳴る鼓動を鎮める為に俺はコタツの上に置いてあるテレビのスイッチを付け、いつも通り貰って来た3つの弁当を電子レンジにかける
「お、今日はなに貰ってきたん?」
不意に後ろから声をかけられて一瞬ビビるが「あぁ、」と平静を装い
「今日は親子丼2つあったからそれと、あとカツサンド。」
「カツサンド?まじで?やったー」
明らかに上機嫌な裕介が自分で買ってきたコンビニの袋をガサゴソ鳴らしながらビールを2缶取り出して
「渉も飲むでしょ?ビール」
と、俺にビールを片方渡すように差し出してくる
「え、いいの?貰って」
「シマエナさん貰ったしね~、いいよ」
「やりぃ!ありがとう」とお礼を言いながらそれを受け取り、プルタブを開けて乾杯する
ビールを一口飲む、そこにニュースキャスターが声をかけてきた。
「また遺体、今度は20歳だって。」
「なぁこれ、18、19、20って刻んでるように見えないか?」
俺は思い切ってこの事件で感じている違和感について口を開いた。
「それに、18の子は俺と同じ高校の学生で、19、20の子は同じ大学だ。なんか、さ」
「え、それはシンプルに偶然でしょ。」
裕介の意見に賛成するかのようにテレビからも「警察は関連性はないものとみて── 」とキャスターが話す。
「まぁでも、テレビっていつも『関連性なし』って言うよね~。」
同じだ、今日バイト先で見た井戸端会議のそれと同じ。 何の根拠もない憶測だ。
しかし俺には、俺という人間の一番の外枠を食われているような気がしてならない。
昔撮ったであろう、俺に似て平凡な顔立ちの被害者の笑った顔が
「次はお前だ」と言っているような気がして悪寒がする
「カツサンドいただきー」
テーブルの真ん中に置いたカツサンドを裕介がひょいと持って行く。
疑念と平穏に板挟みにされて、頭がグルグルする。
なんで、18歳の子が田舎だってわかっだ?
なんで、部屋をあんな綺麗にしてんだ?
あの段ボールは?なんで赤黒くなってたんだ?
どれも直接聞けば解決する話だ、聞けばいい。
のに、この話がまるでパンドラの箱のように思えてしかたがない。
じっとり、嫌な汗をかく。
喉元を伝う不快な感覚の汗が、小さな虫の這う跡のように思えて。
俺はそれを手の甲で強く押し付けて乱暴にぬぐい取る。
……気持ち悪いな。
「汗かいたし、俺、風呂入るわ。」
そういって俺は飲み切ったビール缶を握りつぶして立ち上がる。
「ん、いてらー」
ビールを飲みながら右手を軽く振る裕介は、俺に興味なさそうにテレビを見ていた。
・
「塩田明さん23歳が遺体で見つかった件について__」
__なんなんだ、一体。
いよいよ、俺の周りの人が死に始めた。
次に殺されるのは、
パートさんか?店長?上木さん?
裕介か?それとも、
いや、
俺か。
リモコンがカコンと音を立てて足元に落ち、俺は拾おうとした体勢で頭を抱えた。
塩田くんが殺された場所は俺の前の職場で、
そして……、
そこは裕介と出会った場所でもあった。
犯人は、一体何のつもりなんだ?
……違う。
まだ、犯人が同一犯と決まったわけじゃない。
俺が勝手に繋げているだけかもしれない。
「__被害者たちに共通点はなく、」
テレビはそう言う。
そうなのかもしれない。
……それでも。
「依然として警察は、関連性はないものとみて──」
胸の奥で、小さな虫が這い回るような違和感だけは、消えなかった。
__確かめないと
昨日見たあの部屋を。
あの段ボールを。
あの赤黒い跡を。
俺は携帯を手に取り、スーパーへ電話をかけた。
「おはようございます、西村です。はい、体調が優れずお休みを、はい。ありがとうございます。」
アイツは珍しく朝から仕事でもう外出してる。
昨日の疑念を晴らさないと。
もはや、強迫観念のようなものだ。
もうそうすることでしか俺は冷静でいられなかった。
扉を開ける瞬間逡巡するが、俺は扉を開けた。
そこは当然殺風景な部屋だった
棚も、ベッドも、机も、椅子も、イーゼルも、
なにもかもが、あっけないほどにない
いっそ夢だったらと思ったが、間違いなく現実だった。
段ボールの前には昨日俺がアイツにくれたシマエナさんが鎮座している
そのいでたちが、なんだか俺をあざ笑っているようでムカつく。
段ボールは3つ、今度はどれもフタが閉じられている。
シマエナさんの守る真ん中の段ボールに手をかける、
俺はてっきりその箱が昨日の血が付いている段ボールだと思ったが当てが外れた。
そこには衣類しかなかった、どれも裕介が普段着ているものだ。当然血なんてない。
期待外れに俺は安堵して、「はぁ」と息が漏れる。
その手で俺は右の箱を開けた瞬間、漏れ出た息を吸った。
そこには黒い布、おそらくパーカー。そこに意味ありげに置かれたタオル。
タオルには赤みが滲んでいて、なにかを包んでいるようだった。
……あーあ。
と、俺はなぜか落胆した。
そのタオルをゆっくり持ち、タオルを剥ぐ。
タオルをまるでブーケのように開くと、中からは包丁が出てきた。
木の柄には血が付いていて、刃は綺麗に洗われていて、
裕介は台所でこの包丁を洗っていて、
そんなことも知らずに、俺はリビングで寝ていて。
眠った俺のそばには凶器を持った裕介がいた。
なんて、何にも気づかなかった間抜けな俺の姿を想像していた。
タオルで包丁を包み直し、床に置いて中のパーカーに手を伸ばして開く
返り血と思われる物は乾いて硬くなっていて、
開いた拍子にパララと細かい赤黒い破片が床に散らばる。
段ボールの側面にはそれと同じものが変わらずこびりついていて、
昨日よりも黒さを増しているように見える。
段ボールに服と、刃物を戻して左の箱を開ける。
そこには高校のアルバムと、そのほか箱とノートが入っていた。
高校のアルバムを手にして装丁にされた学校名をみて目を丸くした
「県立春日野高校……」
最初の事件……18歳の高校生と、
そして、俺と同じ高校の名前。
もう一つ、おかしな点があった
裕介は俺より二つ上だ。
持っているなら平成27年卒業のアルバムのはずだった。
なのに手の中にあるのは、
平成29年。
俺と同じ年の卒業アルバムだった。
俺は卒アルをめくる。
いない。
裕介がいない。
そんな名前も。
あの顔も。
なら、
今まで俺が裕介と呼んでいたアイツは、
一体誰なんだ。
ぺら。
最後の寄せ書きページ。
白紙の中に、一つだけ。
『大学でも応援よろしく!
西村 渉』
間違いない、俺の字だ。
その事実が目の前にある
しかし
俺はコイツのことをまるで覚えていない。
誰なのかまるで見当もつかない
「……大学でも、応援……」
俺はほとんど縋る気持ちで携帯のアルバムを開いた。
タッと音が鳴るくらいの勢いで画面をスクロールしてアルバムの一番上からみる。
横にスワイプする度、背中が熱をもって。そして一気に冷める。
同じ人間が外の景色に溶けて写っている。
肝心の顔は隠れて見えないが、背格好が裕介と酷似している。
その顔が隠れて見えないというもの、その人はこちらにスマホを向けているのだ。
ギリ、という音が口からして、自分が酷い顔をしていたことに気が付く。
これ以上は見ても無駄だろうか、もう十分アイツがやばいって分かったんだ。
しかし、やばいとわかっても今後どうしたらいい?
殺人鬼とこれ以上一緒にはいられないが、コイツは俺に執着してるように見える。
卒アルを閉じる。
その瞬間、ひらりと何かが床に落ちた。
粘着力のなくなった付箋だった。
そこには、
「渉が『27クラブ』の話をしていた。」
「なら、その通りにしてあげないと。 」
・
4年前 夏
「ライブお疲れ、渉」
普段なら洗うのをめんどくさがってコップなんて出さない癖に
その日は特別で、コップにビールを注いで乾杯をした。
「いやいや~へへっ、ありがと。」
俺は裕介が注いだビールを一口で飲んで、すっかりいい気分になっていた
今ではライブなんて年に1、2回ほどまで頻度が落ちてしまったが、この頃は意欲的に取り組んでいて
夏場には出れるだけライブに出て、その度に裕介は打ち上げの後に家で二次会を開催してくれていた。
「だからな、数々のロックスターが27歳で死んでるから『27クラブ』って言うんだよ」
「もーわかった、わかったから。ほらお水。」
「や!水なんて、飲めなに!」
既にべろべろの俺はそんな風に言って机に突っ伏す。
向かいの席からは呆れたような声がして、えらく安心したのを今でも覚えている。
だから冗談が口をついて出たんだ。
「俺もロックに殺されたい~……」
「こら、縁起でもないこと言わないの」
ぽこ、と頭を優しく殴られて「へへ」と顔をあげる。
裕介は居心地のいい友人だった
温度感が似ていて、話しもよく合う。
高校では軽音部、大学ではバンドを組んで
文化祭でギターを弾いて
一部から支持を得たりはした
しかし、こうして心を通わせる友人との出会いはなかった。
だから田舎から東京に出てきて、
こうして通じ合える友人に出会えたことを、本当に嬉しく思っていた
だからこそ。
・
目の前の光景を、理解できなかった。
友人だと思っていた。
違った。
名前も。
顔も。
全部、嘘だった。
そんな事実に頭がいっぱいいっぱいで、脳が情報の処理を拒否して
俺はその場にへたり込む。
「ははは……、アホくさ……。
俺は……俺は、どんな感情になればいい訳?」
誰もいない部屋で悲しい声が静かに響いた。
俺は明後日28になる。
もし、この付箋をアイツが使命としているなら
震える手で携帯を操作する
110。
あと一回押せば繋がる。
もし全部勘違いだったら。
もしアイツが本当に無実だったら。
俺は親友を疑った最低な人間になる。
親指が止まった。
俺は電話アプリをスワイプで消し
代わりに震える手で包丁を撮る。
パーカーを撮る。
卒業アルバムを撮る。
寄せ書きを撮る。
付箋を撮る。
全部だ。
全部残さないと。
アイツが戻ってきたら消されるかもしれない。
だから、証拠を持って逃げるんだ。
急いで荷物をまとめ、スマホで身近な宿をとる。
荷物でパンパンになったリュックを背負い家を出る。
その瞬間、振り返って家を見る
リビング。
台所。
コタツ。
昨日までの日常だ、何一つ変わっていない。
変わったのは、
……俺だけだった。
・
逃げ先のホテルでチェックインを済ませ、ドアを閉めてチェーンを掛ける。
そのとき、ふぅ、と初めて息ができた。
ベッドに横になってスマホを見る。
prrrr
タイミングよく携帯が鳴る、相手は裕介だ。
俺は携帯の電源を切ってテレビをつけた。
一部屋にベッド、棚、テレビ、机、椅子を詰め込んだよくあるビジネスホテル
自宅に比べて狭いが、あの家よりは安心できて、気付けばそのまま眠りについていた。
「速報です。 」
ニュースキャスターの心なしかせかせかした声で目が覚める
「東京都○○区のアパートで火事が発生しています。」
え……
報道が映す住宅街、燃えている
うち。
「現在も消防による消火活動が続いており、火は周辺の建物にも燃え移るおそれがあるということです。」
真っ赤な炎、それからあがる黒煙。
消防車のサイレンをバックに現場で話すレポーター
「現時点で逃げ遅れた人がいるとの情報もあり、消防が確認を急いでいます。」
真っ暗な部屋で痛々しいほどの惨劇を目の当たりにする。
翌朝
アパートの前には黄色い規制線が張られたままだった。
制服警官が入口に立ち、
規制線の向こうでは白い防護服を着た鑑識が焦げた部屋を出入りしている。
時折カメラのシャッター音が聞こえた。
消防車はもういない。
代わりに、焦げ臭い匂いだけが風に乗って漂っていた。
ふらふらとした足取りで焼き焦げた自宅に歩みを進める
規制線をくぐろうとしたその時、一人の制服警察官が足早に近づき、進路を塞いだ。
「__すみません。」
片手を軽く前に出し、穏やかな口調で言う。
「現在、現場検証中です。危険ですので、中には入れません。」
「あ、俺……ここの住人で、」
と、身分証明書をだそうとカバンを漁り財布を取り出す
「__あれ、」
しかし、いつもある場所に探し物は見つからない。
「……どうされましたか?」
警察官は財布を探る様子を見守っていたが、俺の手が止まったのを見ると少しだけ眉を寄せ、一歩だけ距離を詰める。
「身分証明書、お持ちではありませんか?」
口調は穏やかなままだが、職務として確認を続けてくる
「お名前と、生年月日を教えていただけますか?あと、お住まいは何号室でしょう。」
警察官は渉の表情を見ながら、慎重に言葉を選ぶ。
「……かなり動揺されているようですが、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……。」
言われた言葉にただ反応してそう返し
「103の、西村 渉です。」
と告げて生年月日を告げようとしたとき、警察官が口をはさんだ。
「……西村さん。落ち着いて聞いてください。
我々は、焼け跡から発見されたご遺体は、西村渉さんだと考えています。」
「__は?」
この人は一体なにを言っているんだ?
「署でお話を聞かせていただけますか?」
まて、
「因みになんですが、塩田明さんをアナタはご存じですか?」
まてまてまて、
まさか、
俺、疑われてるのか?
アイツのしたことを?
ただ、どうやってアイツを証明する?
どうやって俺を証明する?
「任意ですが……、よろしいですね?」
警察の圧が、俺を動けなくする。
その先で見覚えのないモノをみる。
「あの、郵便受けだけ見てもいいですか?」
「なんでですか?」
「見覚えのない箱が入れていあるんです」
警察が後ろを振り向く
「あのクッキー缶ですか?」
「はい、昨日まであんなのなかった。一緒に見てもらっていいので、お願いします。」
警察の視線が俺と郵便受けを一往復して少しの間が開く。
「……わかりました、」
俺は警察の人と同伴でクッキー缶を取りに行き、階段に腰を掛けて缶を開ける。
中には大学ノートが一冊。
【7月2日】
下準備はOK
あとは計画通り進めればいい
警察は場所も被害者にも共通点がなくて初動が遅い、これなら間に合う。
【7月5日】
高校生を殺した、下校途中の所を後ろから刺した。
見つかるのは明後日、日曜に近くの老婦人が山菜を取りに来る。
【7月7日】
七夕の飲み会帰りの19歳の子を殺した、サークル帰りには毎度人気のない裏路地を近道しているので行動パターンが読みやすくて助かる。
見つかるのは明日
高校生の事件をなんてことない顔で見ていた
【7月8日】
20歳の子は小柄で助かった、首を絞めた後ゴミ捨て場に捨てた。
19歳の事件では攻めた言い方をしたからか、訝しんでいた。明日気になって部屋に入るだろうな
【7月9日】
塩田くんとかいう男の子を殺した、快楽殺人にみせるため適当に目をほじくっておいた。
想定通りの勘の鋭さ、明日は勝負の日。
正直者だからど真ん中の段ボールから開けて、そのあとは癖的に利き手の方を見る。
包丁でビビるだろうけど、そのまま好奇心に負けて左も見てくれるって信じてるよ。
ダーリン。
【7月10日】
今頃ダーリンは付箋を見つけたかな?なんて言うだろう?
「俺にどうしろと」的な事言いそう。
きっとダーリンはこのホテルに泊まるから、エントランスで出迎えてあげよ。
【7月11日】
ハッピーバースデー。
ダーリン。
ひらり、
俺がホテルにチェックインする写真が落ちてきた。
外で見かける分には構いません。
そう言いましたが、例外があります。
知らない間に虫に上られていたときです。
羽がない虫だ、きっと足元から上ってきたんだ。
服の上を?中を?どんな道順で?
お前は私のどこを触った?
気が付いた時には肩にいる、そいつに嫌悪を抱く。
この虫が無害でも、益虫でも関係ない。
コイツは私に嫌悪の毒を差した




