8 愛の結界
「ちょ、若木くん、でも……!」
「美紅さん、どこか遠く、あいつの来れない場所に……逃げてください。お母さんも連れて」
「でも……」
「いいから、早く!」
若木が、美紅と銀次の間に立ち塞がり、美紅を守る盾になっている。
「美紅さんには、指一本触れさせない!」
若木の目は真剣だ。
美紅は、
「わ、わかった!」
逃走を図る。だが!
「ふん」
銀次は跳躍すると、美紅の前に着地する。
「な⁈」
「雑魚に用はない!」
若木がまた、不可視の力でぶっ飛ぶ。
「さて、シークレット・ブラッドの血を引きし、娘。脅威となる前に━━
死ね」
若木は、美紅の悲鳴を聞いた。
「美紅さん⁈」
起き上がると、美紅が倒れている。
すぐさま駆け寄ると、
「痛ぅ‼︎」
美紅が二の腕を抑え、起き上がる。
「だ、だいじょうぶ! 大丈夫よ!」
健気に言う美紅。
だが、若木は見た。美紅の腕から血が流れている。
世界が真っ暗に染まる。
(そんな……俺が守るはずが……。
守るはずの最愛の人にこんな傷を……)
「ふん、遊びは終わりだ」
銀次が片手をあげる。
「さらばだ」
「美紅さん!」
絶望だった。
銀次はあまりに強い。
世界が終わりそうな恐怖……
「ふわ〜ぁ」
突然の欠伸だった。
「眠い……」
「えぇっ⁈」
「命拾したな。さらば!」
「えぇぇええ⁉︎」
銀次はなぜ、去っていった。
美桜はスーパーにいた。
最近できた。眩しいばかりのスーパーだ。
開店セール実施中だ。主婦層には特大嬉しい。
スーパーの独自の歌が流れていた。
客も多いし、店も広い。
「あら、美紅」
そこに、美桜さんがいた。買い物カゴを、腕にぶら下げている。
カゴの中には戦利品がたくさん詰まっている。
「聞いてよ美紅、今日の特売……!」
「お母さん、探したのよ!
こっちこそ、聞いてほしいわ!
銀次とかいう奴が攻めてきて……」
「銀次……」
「とにかく、このままじゃ、殺されるよ、お母さん!」
美桜が突然、美紅を抱きしめた。
「わかった、美紅。怖かったわね……」
すると、美紅がいきなり周りも気にせず泣き出した。
「う、うわああんん、お母さん!」
「よしよし」
美紅の頭を撫でる。
「……帰りましょ」
泣き疲れたのか、美紅は自室の布団で、寝てしまった。
若木は、大人だと思っていた美紅が、あんなに泣きじゃくるのが意外だった。
男の姿では、さすがに寝ている女性の部屋には入れなかったが、美紅の子供のような泣顔と、彼女を守れなかった自責の念が、頭を渦巻いていた。
若木は、自分の手のひらを見つめ、深く息を吐き出した。
赤羽家のリビングの窓から差し込む夕陽が、手のひらを朱く染める。
それを握り締め、決意を固めた。
「ポップくん……」
美桜は、人知れず、仏壇の奥に手を伸ばす。
「これを使う時が、来たのね……」
美桜の手の中に、小さい箱━━それがまばゆく光り出す。
光は、大きく膨らみ、赤羽家を包み込み!
「愛の結界‼︎ 始動‼︎」
それは、薄いピンク色のハートマークを型取り、不可視の結界へ成熟する。
「ふう、やれ、やれ」
美桜は額の汗を拭った。
「これで、しばらくはなんとかなるわ」
少し、ふらつく。
2階の、主不在の牙の部屋に行く。
窓ガラスがまだ割れたままだ。
机の上には、ヴァンパイア・アイズの漫画。
風がふいに、水色のカーテンを揺らした。
美桜は、独白した。
「……あんまり、無理しないでね。若木くん」
その言葉は、誰にも届かずに、静寂へと溶けていった。




