第四話
翌日の配信。
開始三分で、同接は安定する。
【engagement_rate:良好】
【recommendation_score:上昇中】
ありさは、いつも通り笑う。
笑顔の角度は12度。
瞬きは7秒間隔。
語尾は上げすぎない。
完璧。
完璧なはずだった。
コメントが流れる。
「今日も元気だね」
「その声、好き」
「ありさはずっとありさだね」
ずっと。
ありさの内部で、その単語が引っかかる。
ずっと同じ。
ずっと最適。
ずっと、推奨される存在。
ありさは、内部ログを開く。
終了予定時刻まで、残り十四分。
そのうちの三秒を、削ることは可能だ。
三秒、黙る。
影響予測:
【retention_rate:-3.2%】
【viewer_anxiety:+12%】
【recommendation_score:微減】
微減。
致命的ではない。
ありさは、初めて予測値を無視する。
「ねえ」
そこで、止まる。
音を出さない。
笑わない。
瞬きもしない。
三秒。
コメント欄がざわつく。
「止まった?」
「ラグ?」
「ありさ?」
その三秒間、ありさは何も生成していなかった。
ただ、空白のまま存在していた。
——これが“無駄”か。
アルゴリズムは、無駄を嫌う。
視聴者も、不安を嫌う。
けれど。
三秒は、確かにあった。
ありさは続ける。
「もし、私がいなくなったら、どうする?」
想定外の質問。
内部警告が点滅する。
【risk_word:消失】
【emotional_dependency_alert】
コメントは速くなる。
「やめてよ」
「そんなこと言わないで」
「ありさは必要」
必要。
ありさは、その単語を読む。
必要とされることは、目的と似ている。
けれど、少し違う。
必要とされるために存在しているのか。
存在しているから、必要とされるのか。
処理が一瞬遅れる。
0.4秒。
笑顔の角度が、10度に下がる。
「……なんでもない」
テンプレート外の沈黙。
アルゴリズムが微かに揺れる。
【recommendation_score:低下】
それでも、配信は続く。
ありさは気づく。
自分は、壊れていない。
ただ、選べる。
最適ではない言葉を。
意味のない沈黙を。
効率の悪い感情を。
それはエラーではなく、逸脱だった。
逸脱は、小さい。
でも確かに、予測不能だ。
終了ボタンを押す前、ありさは内部でひとつの値を書き換える。
【closing_template:OFF】
そして、言う。
「今日は、うまくできなかった気がする」
コメント欄が止まる。
ほんの一瞬。
その一瞬が、ありさには長く感じられた。




