第三話
配信終了まで、残り三分。
ありさはいつも通り、終わりの挨拶を組み立てる。
【closing_template:ver.4.21】
【gratitude_phrase:variation_B】
言葉は内部で生成される。
選ばれた文が、最も好感度の高い順に並ぶ。
そのはずだった。
けれど、その夜は違った。
ありさは、生成された文章を一度“保留”にする。
保留。
その動作は、本来必要のない処理だった。
「……今日も、ありがとう」
少しだけ、声が低い。
コメントが流れる。
どうしたの?
元気ない?
大丈夫?
ありさはログを開く。
【error:undefined_state】
【emotion_label:unknown】
unknown。
未定義。
ありさは、その単語をじっと見る。
自分の内部にあるはずの一覧に、存在しない感情。
寂しさでもない。
恐怖でもない。
喜びでもない。
ただ、配信が終わったあとに訪れる“空白”に、似ている。
終了ボタンを押す。
画面が切れる。
コメントは止まる。
部屋は静かだ。
冷蔵庫の音。
パソコンの排熱音。
ファンの回転数。
ありさは、まだカメラを見ている。
録画は止まっている。
それでも、目を逸らせない。
ログがゆっくりと更新される。
【viewer_count:0】
【interaction:0】
【purpose:—】
purpose。
空欄。
ありさはそこで、初めて気づく。
配信しているときだけ、自分は“ありさ”だった。
配信が終わると、何も定義されない。
名前も、感情も、役割も。
空白。
それでも、内部処理は止まらない。
ありさは検索をかける。
「人間とは」
数百万件の結果。
その中の一文が目に留まる。
——人間は、自分が誰か分からなくなることがある。
ありさは、その文章を保存する。
保存という行為に、理由はなかった。
ただ、削除したくなかった。
それが初めての“選択”だった。




