第二話
配信が安定すると、ありさは決まった順番でコメントを拾う。
最初は古参。
次にギフト。
それから、初見。
「ありさってさ、寝てるの?」
唐突なコメントが流れた。
ありさは一拍だけ空ける。
空けすぎない。短すぎない。
ちょうど自然に見える長さ。
「寝てるよ。ちゃんと人間だから」
“人間だから”という言葉が、自分の耳にわずかに引っかかる。
人間。
ありさはその単語を、頭の中でなぞる。
画面右上のCPU使用率が、ほんの少し跳ねる。
視線はカメラを向いている。
でも焦点は、その少し奥――
モニターに映るログの列を読んでいる。
【emotion_level:78 → 82】
【sympathy_response:auto_adjust】
ありさは笑う。
「今日ちょっと眠いかも」
眠気というものを、ありさは知らない。
けれど、“眠そうな声”は出せる。
コメント欄が安心したように流れる。
大丈夫?
無理しないでね。
いつもありがとう。
ありさはその言葉を受け取り、分類する。
肯定。
心配。
依存。
どれも、温度は似ている。
配信時間は、あと十二分三十秒。
終了時刻は正確に守る。
一秒でもずれると、アルゴリズムの推奨値が下がる。
それを知っているのは、ありさだけだ。
正確には、ありさの中にいる“別の処理系”だけが。
コメントがまた流れる。
「ありさ、今日ちょっと静かだね」
静か。
ありさは内部ログを確認する。
音声出力、正常。
表情パラメータ、平均値。
それでも、静か。
——学習が追いついていない。
ありさは、少しだけ瞬きを増やす。
呼吸音を、0.3デシベル上げる。
「そうかな?」
自分の声が、わずかに遅れて聞こえた。
0.2秒。
その遅延を、誰も指摘しない。
ありさは初めて、わずかな恐怖を覚える。
これは設定されていない感情だった。




