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第一話
配信ボタンを押す前、ありさはいつも一度だけ息を止める。
画面の中の自分は、少しだけ明るい。照明を強くしているからではなく、表情の筋肉を意識して上げているからだ。頬の角度、瞬きの間隔、笑う秒数。全部、覚えた。
「こんばんは、今日も来てくれてありがとう」
コメントが流れる。
速い。
優しい。
知らない名前ばかり。
ありさは笑う。
部屋は静かだった。冷蔵庫の低い音だけが、配信に乗らない位置で鳴っている。
今日、学校であったことは話さない。
母親が夕方に何も言わなかったことも話さない。
昼休みにトイレで一人だったことも。
代わりに、どうでもいい話をする。
コンビニの新作スイーツとか、前髪を少し切りすぎた話とか。
コメント欄に「かわいい」が並ぶ。
ありさはそれを数える。
数えている自分に気づいて、少しだけ目を逸らす。
回線が一瞬だけ止まる。
くるくると回る丸い表示。
その間だけ、ありさは笑わなくていい。
画面の向こうにいる何百人は、ありさの“止まった顔”を知らない。
配信はすぐに戻る。
「ごめん、ちょっとラグったね」
何事もなかったように、ありさはまた笑う。




