第65話
それから色々と話していると、蔵田さんが料理を作り終えたらしい。
「お待たせしましたぁー」
そう言って置かれたのは、あつあつとろとろ、見ただけで美味しいと分かる親子丼だった。
堂間さんがにこにこと笑みを浮かべ、神藤さんはふん、と鼻を鳴らす。神藤さん、感謝の一言もないんですか?
「いつもありがとうのぉ、理佐」
「おいしそうですね」
堂間さんや私がそう言うと、蔵田さんは少し頬を染めて軽く会釈した。
「味、うまいか分からないんで、いったん食べてみてください」
その言葉に頷いて、堂間さんは食べ始める。神藤さんはじっと親子丼を見て、何か考える様子を見せた後、ゆっくり食べ始めた。
どうせ筋トレに最適な食事量でも計算していたのだろう。神藤さんは割と筋トレ馬鹿なところがある。もちろん実戦のための筋肉作りなのだろうが、日常の全てを自分の体にとって有益か考えている節があるのだ。
私は私でお弁当を食べ始めた。
蔵田さんが、私のお弁当を見て歓声をあげる。
「あっ、まぐろ丼じゃないっすか!」
「そうなんです。昨日まぐろが安かったので、つい」
私はウキウキした気持ちで微笑む。
蔵田さんも笑ったが、不意にあっ、と呟く。
「じゃあ、今日はお裾分けはなしっすね」
「全然おすそわけしますよ?」
「いや、まぐろ丼の味はなんとなく分かるので大丈夫っす」
「そうですか」
私はその言葉に納得して、遠慮なくまぐろ丼を食べ始める。
冬のマグロは身が引き締まってておいしいなぁ。あー、幸せ。おいしいもの食べるのってなんでこんなに元気になるんだろう。
稽古の疲れも忘れて、私はまったりと食事を楽しんだ。
それから、午後も稽古にいそしみ、土日はあっという間に終わっていった。
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この一ヶ月、私は『朝5時半から市内半周ランニング、その後腕立て伏せ1000回と腹筋1000回、スクワット1000回をした後、危険度Bクラスなら1分、危険度A-なら5分以内に討伐を繰り返し、依頼分すべて終わったら神藤さんと稽古を行う』という日々を送っていた。
簡潔に言おう。限界である。
ここのところ、休まるのは眠るときだけ。それ以外は戦闘か稽古かその両方か、そうでなければ家事をするかだ。
勉強なんてとてもではないができないし、いや勉強はしているのだが、その内容は主にエミュレイターや生物の分布関連である。
毎日帰ったらまずはご飯を作って食べ、歯を磨き、風呂に入り、そのまま寝たいところを次の日の任務について調べて、0時頃に寝ている。
神藤さんのアドバイスを受けて、任務の場所や事前情報から、エミュレイターの姿や行動を予想するようになった。そして、どうやったら最短時間で倒せるかと思案して、毎晩シミュレーションしている。
そんなことをしていたので、当然心は安まらず……ついこの前危険度Bを1分半で倒して神藤さんにまあまあだと言われて、急に気力がなくなった。
端的に言えば、燃え尽きたのである。
どうしよう。何のやる気も起きない。びっくりするほどぼーっとしてしまう。
今日は堂間さんとの稽古だったのだが、身が入っていないと珍しく厳しく怒られてしまった。
自分でも駄目だなあとは思っているのだが、どうにも、やる気が起きない。とにかく休みたい。何も考えたくない。
やばい……明日からまた戦闘なのに……ああ、どうしよう。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
そして次の日。
ピンポーン、ピンポーン、というインターホンが連打される音で目が覚めた。
ハッとして時計を見ると、なんと7時。
やばい、完全に寝坊した。
私は飛び上がって周囲を見回す。どうやらリビングのソファで寝落ちしていたらしい。
ピンポーン、とまたもやインターホンが鳴り、私は急いでインターホンを見た。
こんな朝に一体誰が……って、嘘。
画面に映った顔に思わず唖然とする。
神藤さん、なんで私の家を知ってるんですか?
真っ先に思ったのはそれだった。
そこにいたのは間違いない、神藤さんその人だったのだ。
「し、神藤さん、あの」
「とりあえず中に入れろ。話はそれからだ」
有無を言わさぬ口調だった。
ぴしゃりと言われ、私は縮み上がる。ひぇっ。こ、これは、絶対怒られる……よね。
私はびくびくしながら玄関の鍵を開ける。
がちゃり、とドアノブを回して入ってきたのは、不思議なことにそれほど圧を発していない神藤さんだった。
変だな。大体私が何かミスをすると、神藤さんはとんでもない圧を発して、人格否定レベルのお叱りをしてくるんだけど。
「君……その格好は……」
「え」
神藤さんはなぜか眉をぐっとひそめて私から目をそらした。
私は戦々恐々として自分の体を見下ろす。
下着姿だった。
どう考えても、下着姿だった。
「わぁぁぁあっっっ!!??しし神藤さん、消えてください!」
「おい、何をする、おい!」
私は神藤さんを無理矢理玄関から追い出して鍵を閉めた。
そのまま地面にうずくまる。頭の中は真っ白だ。
玄関先では神藤さんが何か言っていたが、私には聞こえなかった。全く、それどころではなかった。
なんで下着。いやいや、待て、思い返してみよう。
昨日、私はお風呂に入って、燃え尽き症候群らしく何のやる気も起きず、故に下着だけ着て毛布にくるまってスマホをいじっていたのだ。そして……そう、そのまま寝落ちして、今朝。
私の馬鹿ーーーーっっ!よりにもよって、神藤さんに見られるとか!ない!あり得ない!
顔面蒼白、いやどちらかといえば真っ赤かもしれない。全身が沸騰しそうだった。
私は急いで部屋から適当な服を持ってきて、強引に着た。
そして、恐る恐る、玄関の扉を開ける。
神藤さんは、何も言わず中に入ってきた。
「さ、さ先ほどは、お見苦しいところ見せまして、大変申し訳ありません……」
「いや……君はいつも家ではこうなのか?」
「そ、そんなことは……流石に……」
私は無我夢中で否定した。
そんなわけあるか。さしもの私も家で裸族というわけではない。
神藤さんははぁ……と深いため息をついて私を見つめた。
「別に君の下着姿など私は一切興味がないので気にしなくていい。君も見せたくて見せたわけではないようだしな」
「そういえば、神藤さんってアセクシャルでしたね……」
「そうだな。男にも女にも恋愛感情は抱かない」
その言葉に、少しだけ安心する。
良かった。私の下着姿を下品な目で記憶されることがなくて。
ホッとすると、今度は後悔がどっと押し寄せてきた。
いくら最近燃え尽き気味だからといって、寝坊したあげく下着姿を見せるなんて真似はひどすぎる。
「あの……今日は、寝坊してしまい、本当にすみませんでした」
私は深々と頭を下げた。




