第62話
堂間さんが言った途端、私は咄嗟に後ろへ避けた。
私がいたところには蔵田さんの腕が。私はすかさずその腕を掴もうとしたが、鮮やかな動作で躱される。
そしてその動きの力を使ったまま、今度は私の背後へ回った。
私は慌ててしゃがみ、蔵田さんの横から逃げる。そして彼女の足を蹴ったが、まるで堅い木に触れたかのように、足はびくともしなかった。
体勢が少し揺らいだところで私の足を蔵田さんが掴もうとする。私はそれをすんでのところで避けて、なんとか体勢を立て直した。
今度はパンチが飛んでくる。それらの攻撃は、神藤さんに匹敵するほど速い。かろうじて残像が見える程度で、私は必死に勘を頼りに避けるしかない。
避けながら感覚を研ぎ澄ませる。と、急に足蹴りが飛んできて、私はほとんど無意識にそれを避けた。
すると、避けた場所を予測されたのか、そこに右ストレートが飛んできた。
避けきれない……!と思った通り、それは見事に私の頬を打ちそうになったが、体を反らしたおかげで、かろうじてその打撃の力を受け流した。
しかし、それでも途轍もない強さの力で、きつい痛みが襲ってくる。更に、隙ができたところを腕を掴まれる。
あっ、と思ったときには、もう私は宙を舞っていた。
どんっ、と背中を強く地面に打ちつける。い、痛い……。でも、体勢を直さなくては。
無理矢理体に力を入れる。
「そこまで!」
堂間さんが叫んだのと、私が立ちあがったのは、ほぼ同時だった。
目の前には、驚いたように目を丸くする蔵田さんが。
「ふむ、蔵田は以前より打撃の精度が上がってるな」
「貴様にうちの蔵田を呼び捨てにされる筋合いはない!蔵田さんと呼べ!」
「私は自分より弱いものやつける価値のないものには敬称をつけない主義だ」
「なんじゃと!?」
呆然とする私と蔵田さんをよそに、神藤さんと堂間さんはなにやら言い争いを始める。
何やってるんですか神藤さん……と呆れていると、同じような目で二人を見ている人物が一人。蔵田さんだ。
蔵田さんを見ていると、不意に視線が合う。
そのとき、私は直感で思った。
あ、同族かも。
こそこそと近寄って、話す。
「あの二人って、いつもあんな感じなんですか?」
「私の知る限りはそうっすね。神藤さんは私の兄弟子なんですけど、私が師匠に稽古をつけてもらい始めた頃には、もう仲が悪かったっす」
なるほど。いわゆる犬猿の仲か。
それにしても、神藤さんが堂間さんの弟子だったとは、驚きだ。てっきり、神藤さんって誰かの弟子にならないタイプかと。
しかしまあ、神藤さんは強い人が好きなのだから、自分より強い人には大人しく習うのかもしれない。
その割に不遜な態度なのは解せないが。
「それにしても、三浦さん、強いっすね」
突然そんなことを言った蔵田さんに、私は思わず首を振った。
「いえ、私なんて全然、蔵田さんに歯が立ちませんでしたし」
「今まで、私の攻撃を避けた人は、師匠と神藤さんしかいなかったっす。超人の方とも何人か戦いましたけど、全員5秒で投げました。ここまで耐えられるとは思ってませんでした」
そう言われ、私は目を瞬かせた。
正直、蔵田さんがどうしてこんなに強いのかは全く分からない。超人でもないのにこの強さ。私の方が圧倒的に有利な体質なはずなのに、それを覆されたことに驚いた。
しかし、30秒程度で倒された私でさえまだ良い方だとは。
「なぜそんなに強いんですか?」
「あー、私はポリネシア人とのハーフで。家は混血で代々世界各国よ強い格闘家同士が結婚してきたらしくて、そのせいか、私は力が常人の3倍以上あるんすよね」
衝撃的な言葉に口を半開きにする。
3倍。それってほぼ超人じゃないか。
それにしても、ポリネシア人ってなんだろう。私は聞き馴染みのない言葉に首を傾げた。
よく分からないが、戦闘民族か何かだろうか。いや待て、そういえば訓練生時代、地理の勉強をしていたときに、ポリネシアって地域があった気がする。
確か日本寄りの太平洋の南の……多分そこの人なんだな。
その割には、見た目はどう見ても日本人だが。いやでも、鼻の高さや目の鋭さはどこか異国を感じるかもしれない。
そんなことを考えていると、ようやく神藤さんたちの話が終わったらしい。
堂間さんが私の元へやってきた。
「お疲れ様。君はなかなか良い筋しておるのぉ。神藤に頼まれたときは誰が請けるかと思ったが、まあ、君なら良いじゃろう」
よく分からないが、私は認められたらしい。
ありがとうございます、と礼をすると、堂間さんはうんうんと嬉しそうに頷いた。
「では、毎週末、三浦のことを頼みます」
「ああ。わしが見るんだから、絶対に神藤を超えさせるぞ」
「それは楽しみですね」
神藤さんはとてもそんなことが起きるとは思えないという顔で笑った。
うわ、イラつくなぁ。
しかし、私も正直神藤さんに勝てる自信はないので、堂間さんには悪いが無理そうだと心の中で呟く。
堂間さんはそんな私を見て、何かを感じたのか、厳しい顔を浮かべた。
「三浦とか言ったかの、君は。君は間違いなくこの男を超えるぞ。そしてわしのことも超える。わしが言うんじゃ。間違いない」
堂間さんの言葉に、蔵田さんは目を丸くする。
神藤さんは何か思案しているようなそぶりをした。
「期待に応えられるよう、頑張ります」
私はどう答えるべきか分からなかったが、とりあえずそう言って拳を握りしめた。
「良い子じゃ。わしの訓練は厳しいが、なんとしてでもついてきなさい」
「はい」
頷くと、堂間さんはにっこり笑った。
それはまるで優しいおじいちゃんのように慈愛に満ちた笑みだった。




