閑話 深夜蓮という少年(3)
それから俺は史詩夏と別れて、ぼんやりした気持ちで帰路についた。頭の中にはもう史詩夏のことしかなくて、まだ熱が冷めなかった。
周りの子たちが俺に向けてきた感情がどんなものだったのか、やっと分かった。おいしいものを食べたときよりも幸せで、そのことばかり考えてしまうようなもの。
俺は史詩夏とどうやったらもっと仲良くなれるのか考えた。でも、今の関係から下手に先に進めようとしたら、史詩夏は怖がって距離を置いてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。
悩んだ末、結局俺は何もしないことにした。今まで通り史詩夏と話して、当たり障りのない関係を維持しようと。
でも、転がり落ちていくように、俺の気持ちはどんどん史詩夏の方へ向かっていった。気づけば訓練所に足を運び、史詩夏の姿を探していた。
だが、ある日のこと。
「実は、次で試験が全て終わるんだ」
「えっ……」
突然史詩夏にそう言われ、俺は驚きのあまり二の句が継げなかった。
一気に世界が真っ暗になったかのような気持ちになり、ショックで体が動かない。
史詩夏は「だから、もうあまり会えないかも」と言った。
「そ、そっか……いや、良かったね。史詩夏はきっと優秀な隊員になるよ」
「それは分からないけど……でも、楽しみ」
史詩夏は俺の気持ちなんて全く知らずにそう笑った。
俺は少しだけ悲しくなった。会えなくなるのを悲しんでいるのは俺だけなんだ。やっぱり、分かってはいたけど、史詩夏は俺のことなんてなんとも思ってないんだな。
胸の中に悲しみが広がっていく。どんどん心が落ち込んでいくのを感じた。
でも、俺は史詩夏に告白する勇気も出ずに、史詩夏が無事に最後の試験を突破したと聞くことしかできなかった。
それから、史詩夏は忙しくしているようだった。
訓練所に来ることもほとんどなくなり、俺は毎日史詩夏のことを考えながらも、何もできない日々が続いた。
史詩夏は俺からどんどん離れていった。日本最年少戦闘隊員になって、すぐに活躍が俺の耳にも届いた。
翌年には史詩夏は緑階級になっていた。史上最年少らしい。史詩夏はすごいな、なんて、俺はそれを遠くから見つめていることしかできない。
俺は中学三年生になり、受験シーズンになった。俺は勉強ができたから、頭の良い学校に行くことを決めた。
別に将来のためじゃなかった。俺だって時期に戦闘隊員になるし、そうなれば学歴は関係なくなる。
だけど、俺は勉強が好きだった。だから、少しでも上に行きたいと思った。
それに、史詩夏に少しでも胸を張れるところが欲しかったのもある。俺は史詩夏の隣に並ぶには、ダメダメすぎる。そりゃあ普通の人よりかは恵まれているかもしれないが、史詩夏に比べれば全然足りない。
俺は必死に勉強した。元々勉強はできたから、すぐに結果は出た。
俺は道内一の進学校に通えるだろうと先生に言われた。嬉しかった。これで、史詩夏に少しは並べる。
だが、そんなとき、史詩夏が戦闘で負傷して目を覚まさないと聞いた。
俺は本当は史詩夏に会いに行きたかった。だが、茜は頑なに俺に史詩夏の入院場所を教えてくれなかった。
「なんで……」
「だって、あんた、史詩夏に告白するつもりでしょ」
図星だった。俺は思わず押し黙る。なんで茜に俺の気持ちがバレているんだろうと思ったが、茜はそんな俺の考えさえ見透かしたように言った。
「見てたら分かるわよ。蓮って味がするほど甘い目で史詩夏のこと見てるじゃない」
「えっ……そんなに?」
「そんなに」
俺は恥ずかしすぎて穴があったら入りたかった。そんな……俺ってそんなに分かりやすかったんだ。
じゃ、じゃあまさか、史詩夏にも気づかれてたり……?
「大丈夫、多分史詩夏は気づいてないわよ」
すかさず言った茜に、俺はうなだれた。
「なんで茜は全部分かるんだよ……」
「あんたの考えなんてお見通しよ!私、その辺鋭いんだから」
そのとき、ああ、俺は茜には敵わないな、と思った。
「でも、なんで告白するのが駄目なんだ?」
「史詩夏は今、大変なの。史詩夏と仲の良かった先輩が、この前の任務で史詩夏のために死んだの!分かる!?そんな状況で、突然蓮から告白されたら、どうなるか」
俺はハッとした。
知らなかった。史詩夏の先輩が死んだことなんて。俺はただ、史詩夏が入院したことしか知らなかった。
だが、それなら、俺が告白するのは間違いなく史詩夏を混乱させる。ただでさえつらい状況なのに、もっと苦しませるかもしれない。
弱いときにつけ込むような真似は、俺もしたくない。
「……分かった。告白はしない。でも、会いに行くのは良いよね?」
「駄目に決まってるでしょ」
即答だった。
「なんで?」
俺は不思議になって尋ねた。
茜は俺をじとっとした目で見つめて、一言。
「それは教えられないわ」
「えっ」
「とにかく、会うなら自力で探して会いに行きなさい。私は協力しないから」
そう言って、茜は去って行ってしまった。
残された俺は、一人で呆然と立ち尽くす。なぜ、教えてくれないのか。疑問は山ほどあったが、茜にこれ以上聞いても無駄だと思った。
仕方なく、俺は自分で史詩夏の居場所を探したが、見つける前に史詩夏は退院してしまったみたいだった。
あれ以来、茜は俺と史詩夏をなるべく会わせないようにしているようだった。なぜなのかは分からない。だが、そのことで、俺と茜の仲は少し気まずくなったいた。
そんなうちに、史詩夏は神藤さんというすごい人とバディを組むようになり、距離は更に広がっていった。
俺は必死に勉強した。友達は俺の様子が不思議そうだった。
たまには遊ぼうぜ、とカラオケに誘われたのは、そんなある日のことだった。
俺は迷ったが、強引に行くことを決められていた。
正直、あまり行きたくなかった。そこには、後輩で俺に気があるそぶりの女子も来ると聞いていたからだ。
だが、結局、そのカラオケは俺にとって最高のものになった。なんと史詩夏に会うことができたのだ。
私服の史詩夏を見たのは初めてで、妙に緊張した。かわいい、俺は変じゃないかな、とそんなことばかり気にしてしまう。
友達たちが史詩夏を見てしまったのは誤算だった。浮かれてて全然考えていなかった俺が悪いのだが。
案の定、彼らははしゃぎまくり、史詩夏を困らせた。心なしか史詩夏の目が遠くなったのを見て、俺は慌てて皆を部屋に戻した。
史詩夏は茜と来ていると言っていた。いつの間に仲良くなったんだろう。
茜は俺と史詩夏が会わないようにしている。きっと、俺たちをくっつけたくないんだろう。そんな茜と仲良くなったと聞いて、俺は思わず顔をしかめてしまった。
史詩夏と話せたのは短い間だけだった。だが、俺は嬉しくて、家に戻ってからも上の空だった。
自分の部屋に入ると、山のような参考書が目に入った。
そうだ。もうすぐ受験だ。俺も頑張らないと。
そういえば、史詩夏はどの高校に行くんだろうか。忙しそうだし行かないのかもしれない。聞いておけば良かった、と、俺は相変わらずのおっちょこちょいさに自分で情けなくなった。




