閑話 深夜蓮という少年(2)
史詩夏は特に嫌な顔もせずそう言った。俺は素直に、自分が試験で躓いているところを伝えた。
「なるほど……深夜さんの能力はなんでしたか?」
「霧化。霧になれるんだ。短い間だけだけどね」
「もう少し詳しく教えてください」
俺は言われるままに全て話した。
俺が話し終えると、史詩夏は暫く何かを考え込むようなそぶりをした後。
「これは、あくまで提案なんですが……」
そうして話されたことは、俺からすると目から鱗が落ちるようなものだった。
頭の中で言われたことをまとめる。確かに、それなら突破できそうだ。俺は希望が見えて喜んだ。
「ありがとう、三浦さん!おかげで試験、突破できそう!」
「いえ、私はたいしたことは言ってません。ただ、以前私が試験をクリアしたときのことを思い出しただけです」
史詩夏は少し照れくさそうにそう言った。
事務的な会話だったけど、俺は、史詩夏が思ったより話しやすい人だと思うようになった。
それから、俺は無事に試験を突破し、史詩夏ともよく話すようになった。
「三浦さん、この前はありがとう。おかげで試験、突破できたよ」
俺がそう言うと、史詩夏はぱっと顔を輝かせた。
「良かったです。あれから、私も深夜さんのことが気になっていたんです。うまくいって良かった」
史詩夏はわずかに口角を上げた。
その瞬間、俺は思わず固まった。
初めて見た史詩夏の笑顔に、なんだか妙に胸が高鳴って、どうにも落ち着かない。
なんでだろう。変だな、俺。
そう思ったが、きっと気のせいだろうと思って話し出す。
「そうだ、名前、史詩夏って言ってもいい?」
「ああ、全然良いですよ」
史詩夏は快く受け入れてくれた。
俺はそれがなんだか無性に嬉しくて微笑む。
「あと、俺のことも蓮って呼んでよ」
「えっ、それはちょっと恥ずかしいです」
「そう?じゃあ、好きなように呼んで」
俺はちょっとがっかりしたが、気にせずそう言った。
すると、史詩夏はわずかに目を泳がせた後、おずおずと口を開く。
「では、深夜くんで……」
さんがくんになっただけじゃないか。
そう思ったけど、それでも少しは仲良くなれたと信じて頷く。
「分かった。これからはそう呼んで」
「はい……」
それから何度か話していくうちに、俺は史詩夏のことでいくつか気づいた。
まず、史詩夏は無表情なだけで、心の中では結構いろんなことを考えている。俺が聞くといつも面白いことを言うから、俺は史詩夏と話すのが楽しかった。
それから、史詩夏は自覚はないみたいだけど、押しに弱い。強く言われると断れないところがあるらしく、それで茜からの挑戦も毎度毎度律儀に受けているようだった。
史詩夏のことを知っていくたびに、俺は少しずつ史詩夏のことが気になっていった。学校にいるときでも、無意識に史詩夏のことを考えてしまう。
史詩夏は少し遠い中学校に通っていたから、俺はなかなか訓練所以外では会えなかった。だけど、その分史詩夏と話せるとすごく嬉しくて、ついたくさん話したくなってしまった。
もちろん、話したくなるだけで、俺は話題を見つけるのが下手だから全然話せないんだけど。どうやら史詩夏もその辺が苦手らしくて、俺たちは話してもそこまでいろんなことは話さない。
でも、俺は小さなことでもいいから、史詩夏と話せることが嬉しかった。
あるとき、訓練終わりに史詩夏がこんなことを言った。
「深夜くん、ちょっと対戦してみませんか?」
「え、もちろん。でも、俺なんかが相手になるかな」
俺は少し不安な気持ちになってそう尋ねた。史詩夏と対戦できるのは嬉しいけど、一瞬で倒されやしないだろうか。
しかし、史詩夏は手を顔の前で振った。
「いえいえ、深夜くんの能力は、私の能力とかなり相性が悪いんです。私も戦うことで勉強になりますし、やってくれませんか?」
「そういうことなら、喜んで。じゃあ、早速始めようか」
「はい」
俺たちは訓練場へ行き、互いに真正面から対峙した。
先に動いたのは史詩夏だった。
とんでもない速度で近づいてきたので、俺は慌てて霧化する。
そして史詩夏の後ろで元に戻り、攻撃をしようとして……見事に止められて、くるりと背負い投げられた。
一瞬、何が起きたか分からなくて、ぼんやりと天井を見上げる。
「深夜くん、大丈夫ですか?」
史詩夏が不安そうにこちらへ歩み寄って顔をのぞいてきたので、俺はようやくハッとして立ち上がった。
「うん、全然。でも、やっぱり史詩夏はすごいね。俺、全然避けられなかったよ」
俺が苦笑すると、史詩夏はいえ、と首を振った。
「そんなことはないですよ。深夜くんの攻撃、すごく基礎を丁寧に踏襲していて、深夜くんらしくて良かったです。思ってましたけど、深夜くんって一つ一つの判断が丁寧ですよね。学びに対して真摯なのが分かります」
俺はその瞬間、石のように固まった。
次の瞬間、じわじわと頬に熱が集まっていくのを感じる。
なに、それ。俺のこと、めっちゃ見てくれてるじゃん。
俺は喜びと恥ずかしさとが入り交じった複雑な気持ちになって、何も言えずただフリーズした。
胸がどくどくと高鳴って、何もしていないのに全速力で走ったみたいに呼吸が浅くなる。
今まで全然クールで距離をとっていたのに、急に、そんなことを言ってくるなんて。そんなの、びっくりするし、嬉しいに決まってる。
黙りこくる俺に、史詩夏は不思議そうな顔をする。
その顔を直視できなくて、俺はほとんど無意識に目を逸らしていた。
「あの……どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない。ありがとう。史詩夏に褒められると嬉しいよ」
「そうですか?でも、それなら良かったです」
史詩夏は気の抜けたような笑みを浮かべてそう言った。
それは、少しずつ仲良くなってきて、見せるようになってきた顔。俺だけの特権。
俺はそのとき自覚した。俺、史詩夏のこと、好きなんだ。




