第60話
任務も当然私が基本殺すスタイルだった。討伐対象の危険度B-を見つけて即座に機関銃で殺す。
「所要時間5分。見つけるのが遅い。次は1分で見つけて倒せ」
後ろから飛んでくる批評には嫌気がさすが、実際神藤さんは1分どころか30秒程度で見つけて殺していたので、私もそれくらいにならなければいけない。
危険度B+、危険度A-、危険度B、危険度B-……倒して倒して倒しまくる。日本中の危険度Bクラスを倒す勢いだ。
しかし危険度A-では倒すのに少し苦戦し、20分もかかってしまった。
原因は主に危険度A-が持っていた能力、幻影だろう。なんとか幻影から抜け出して殺したが、かなりきつかった。
私の様子に、神藤さんは厳しい目を向ける。
「君は実戦経験を全然積めていない。それがこの戦い方の下手さに繋がっているんだろうが、君には時間がないんだ。倒し方をよく考えて、最短距離を探せ」
「はい……」
抽象的な話だ。しかし、言わんとするところは私にも分かる。
今回の敵は広範囲に幻影を見せることができなかった。私一人に見せて、しかもそれは視覚的なものだけ。完全な幻影ではなく、まやかし。それに早く気づければ、下手に能力を見誤らずにすぐ殺せたと思う。
次からは想定に幻影を入れなければ……と思いながら、次の依頼場所へGO。
今度は人型の危険度B+で、一人で家にいたのですぐ見つけて殺した。
殺して、殺して、殺して、殺し続ける。
エミュレイターの血を浴びて、スーツが黒く染まる。どんどん疲労がたまっていく。今日は朝に地獄のような運動をしたのでなおさらだ。
だが、めげずに一秒でも早く殺せるように考え続ける。
どうすれば早く殺せる?最短の方法を見つけられる?
絶え間なく考え続けた。そして、思ったことは片っ端から実行してみた。
そして、危険度A討伐の依頼に挑戦した。最後の依頼だった。
場所は京都府のとある閑静な町。この町にある幼稚園で、園児が二人、そして園児の親が三人、行方不明になっていた。たった一週間のうちに、だ。
エミュレイターの関与が強く疑われるということで、幼稚園は一時的に閉鎖。私たちEESが駆り出された。
そして、実は隣町でも失踪事件が八つあった。ただ、そのときは消えた人たちに共通点がなく、関連性のない失踪事件だと思われていたらしい。
その件についてもEESは調査をしていたが、今回の事件で、二つの事件は繋がっているという可能性が浮上した。
おそらく、危険度Aはこの町にいる。尊い命をいくつも殺した悪魔が、すぐ近くにいる。
私は警戒しながら町を駆けた。
神藤さんは私の少し後をついてきている。
夕方のあせたセピア色の世界を眺めながら、私は背筋にぴりぴりとした感覚が走るのを感じた。
この依頼の前、神藤さんにこんなことを言われた。
「今回の依頼は、君が危険度Aを倒すつもりで行け。私は君が死にそうにならない限りはなにもしない」
もちろん、危険度A相手に、今の私が勝てるとは思えない。だが、死なない程度に傷を負わせることはできるかもしれない。
私は走りながらどこで強い反応があるかを確かめていった。
もっと北……いや北西。距離は5kmってところか。私は大体の目星がついたので、レグラムで位置を確認した。
人型の可能性が高いのだ。それに親が多かったのだから、今回もきっと擬態しているのは親の可能性が高い。となると今の時間は職場にいるのか……?
会社を探してみるが、いまいち特定できない。仕方なく、一帯に転移してみることにした。
「神藤さん、転移します」
「分かった」
転移、と言って二人で転移する。
視界が歪んですぐ、猛烈なエミュレイターの反応を感じた。近い。これは……100mもないぞ。
周りを見る。あるのは民家、そして……寺。京都らしい景色。そして、おそらく、この反応からして、エミュレイターは寺にいる。
寺というのならいるのはお坊さんだろう。あるいは観光客か。しかし観光客の可能性は少ない。であれば、もう答えなんてほぼ決まっているようなものだ。
私は走って寺の塀を跳び越えて中に入った。
どこだ。どこにいる。私は目を走らせる。
屋根の上に行こう。横方向の位置が特定できる。
屋根に上がり、屋根の真ん中へ行く。
そして微弱な反応の変化を捉え、位置を特定した。
止まっている。……この下に、いる。
「転移」
私は下へ転移する。ただ、場所はエミュレイターより少し離れたところだ。
視界が切り替わったその先には、何かをしているお坊さんがいた。止まっている今しかない。
「転移」
その瞬間、私はすんでのところで攻撃を回避した。
コンマ一秒もないほどの早さで動かれた……!くそ、核を転移し損ねたのか。おそらく気配を一瞬で勘付かれた。
エミュレイターは驚異的なスピードで私に攻撃をし続けた。
しかし、油断しているのか、本体になる気配はない。だが、気をつけなければ。どんな能力を持っているか分からないのだから。
エミュレイターの攻撃を回避することは難しかった。しかし、それでも思考する暇なく勘で避け続けた。
強い。勝てる気がしない。
私は剣を出して心臓部を狙う。その瞬間だった。
突如体が硬直し、全く動かなくなる。力を込めてもびくともしない。
攻撃が眼前に迫った。
ああ、死ぬ……!
「支配」
神藤さんの声がした途端、エミュレイターが動きを止めた。
うつろな目をして、ただ静止している。
ああ、支配されているんだ。私はそのときやっと気づいた。
「死ね」
神藤さんが言った途端、エミュレイターは核を無理矢理引っ張り出して、ぐしゃりとそれを潰して倒れた。黒い血が畳を汚していく。
あっという間だった。
圧倒的な力で、危険度Aはあっさり殺された。
「……ぃ、おい、おいっ!」
「……っ!」
神藤さんに肩を揺さぶられ、私はハッとする。
気が遠くなっていたらしい。
神藤さんは、私を冷たい目で見下ろしていた。
「まだまだ未熟だな。危険度A相手でももう少し保つと思ったんだが。君はやはり訓練すべきだ」
「……そうですね、その通りです」
私は一瞬息を止めて、それからゆっくり吐き出した。
どっと肩に疲れが押し寄せてきた。しかし、まだ終わりではない。今日の分の依頼が終わっても、この後は神藤さんとの一対一での訓練が待っている。
北海道駐在署へ戻り、キューブを処理してもらう。
そして、神藤さんと共に、以前戦った山へとやってきた。
「君はまず、攻撃に十分に対応できるようにならなければいけない。私が攻撃するから、全て避けてみろ」
「はい」
私が答えた途端、目にも止まらぬ攻撃の嵐が襲ってきた。
さっきの危険度Aより断然早い。
それらを、必死に必死に躱していく。正直ただ勘で動いているだけだ。体を反射的に動かし続ける。
しばらくして、攻撃がやんだ。
「やはり、君は反応速度は良いな。よし、では次は攻撃を受ける練習だ。私の攻撃をうまく受け流せ」
「分かりました」
再び攻撃が矢のように飛んでくる。
今度はそれを、なるべく最適な体勢を維持して受け流した。
ただ、受け流しきれずに力をもろに食らうことも何度もあった。痛いな、と思いながら、体勢を揺らがさないように必死に耐え続ける。
どんな攻撃がくるのか、私でも頭できちんと理解はできなかった。考える暇がないのだ。だから、攻撃が当たるギリギリでなんとか体勢を変えて適応した。
何度も何度も攻撃を浴びるうち、全身が痣だらけになっていく。痛む腕や足に、しかし気をとられていれば、容赦ない攻撃によって更に傷つくだけだ。
どれくらい経っただろうか。
少しずつ少しずつ蓄積していた疲れ、痛みが、とうとう体を揺らした。あ、直撃する。
ぎゅっと目をつむった。しかし、いつまで経っても攻撃はやってこない。
「……まあ、こんなものか。これ以上すると君が重傷を負いそうだ」
神藤さんの言葉に、私は気が抜けて、そのまま地面にへたり込んだ。
「つ、疲れました……少し休ませてください」
「いや、君はもう少しできる。今度は多方面からの攻撃に対応しろ」
「そんな……」
この人は鬼か。いや、そんなことずっと前から分かっていたじゃないか。今更な話である。
私は諦めて立ち上がり、四方八方からやってくる攻撃をひたすら躱し始めた。
それも終わると、今度は剣を使った戦闘、機関銃を使った戦闘、そして私がひたすら攻撃する戦闘をさせられた。
訓練が終わったのは、周囲が真っ暗闇に包まれ、梟の声がどこからともなく聞こえた頃だった。
「今日はこれで終わりだ。明日も5時に起きて、ランニングから始める」
「……」
私は疲れて返事する余裕もなかった。
「返事は?」
「は……はい……」
なんとか声を絞り出す。ぶっちゃけもう自分が何を言ってるのかもよく分からない。
「では、北海道駐在署へ転移しろ」
「て……んい……」
言われるがままに呟く。視界が変わり、北海道駐在署の前に来ていた。
神藤さんはそのままさっさと帰ってしまう。残された私は、しばらくぼーっと真っ暗な夜の札幌の町並みを眺めていた。




