第55話
タルタロス?アラストル?ってなんだろう。
しかし、その言葉を聞いた途端、周囲にどよめきが広がった。
おじさん……もとい木曽さんは、私たちの顔を見回して小さく頷く。
「初めに、タルタロスについて説明します。タルタロスが従来の兵器に対して優れている点は主に三つです。一つ、小型化、軽量化されており、持ち運びが可能である点。一つ、以前のように莫大なエネルギーが必要ではない点。一つ、一瞬で危険度A+を無力化できる点です」
私は思わず目を見開いた。それって、とてつもない兵器じゃないだろうか。特に最後の一瞬で無力化できるというところ。もしそれが本当なら、誰でも危険度A+を倒せるようになるかもしれない。
「しかしタルタロスには重大な欠点があります。今現時点では、タルタロスは最大でも三つしか作れません。しかも、一度壊れたら修復不可能です」
なるほど……それだと、使える場面は限られてくるな。誰でも危険度A+を倒せるというのはまだ難しそうだ。
三つしか作れないというのは、技術的な意味でなのか、それとも材料が調達できないという意味でなのか。技術的な意味でなら今後作られる可能性はあるが、材料であれば物によっては二度と作れないかもしれない。そうなれば、扱いは慎重にせざるを得ない。
「現在WDSから上がっている情報を伝えます。タルタロスは直系15㎝の球で、重さは300g。エミュレイターの口に入れて飲み込ませることでエミュレイターを封印します」
WDS(Weapon Development Squad)とはEES管轄の武器開発部隊のことだ。主に私たち戦闘隊員が使う武器を開発している。
私は話を聞きながら疑問を感じた。
封印、というのはどういうことだろう。殺すのではないのか?
しかしその疑問はすぐに解消された。木曽さんが綺麗に説明してくれたからだ。
「封印ですので、あくまで一時的な処置です。封印した後、1時間以内に北硫黄島にある極秘の基地にあるアラストルの中へ投入することで封印したまま殺すことができます。殺した後、タルタロスは回収可能です。ただし一時間を過ぎると封印が解除され、タルタロスは二度と使えなくなります」
1時間か……かなり短いな。それだと、私のような転移能力者でなければ実用は難しいかもしれない。
……待てよ?もしかして、今回私が呼ばれたのってまさか、そういう理由?
ハッとして神藤さんを見ると、神藤さんも私の方を横目で見ていた。
そういうことですか、と目で訴えかける。
神藤さんはふい、と目を逸らした。いや、なんで。
「ここまでで質問はありますか?」
木曽さんが周囲をぐるりと見回すと、奥から二番目の席の壮年の男性が手を挙げた。
「裏さん、どうぞ発言してください」
「タルタロスが現状三つしか作れないのは何故ですか?」
確かに、そこは私も気になる。
木曽さんを見ると、彼は厳しい顔をして話し始める。
「最大の原因は、その材料の入手困難さです。タルタロスの原材料は、あるエミュレイターの卵です。その卵は、今回来ていただいている三浦史詩夏さんが、以前の危険度A+との戦闘中に見つけたものだと伺っています」
「えっ」
全員の視線が一気にこちらへ向いた。私は内心悲鳴を上げながら、眉を下げて体を縮こめる。
木曽さんは私を見た後、話を続けた。
「その卵には亜空間収納能力がありました。その力を使って、エミュレイターを亜空間に閉じ込めることによって、封印を実現したものがタルタロスです」
亜空間収納能力……確かあの危険度A+の能力は不明だったはず。明確に何かが起きていなかった為、その後の調査でも、どのような能力があったのかはハッキリしていなかった。
しかし、もしそれが亜空間収納能力だったとしたら?卵がどのようなものなのかは全く分からないが、仮によくある生物の卵と同じものだったとすれば、その形質は当然親に似る。
であれば、親であるあの危険度A+も、同様に亜空間収納能力を持っていたと考えるのが自然だ。そして、それなら、なぜ橙階級だった天城さんが、遺体も見つからないまま消えたのかも……説明がつく。
橙階級であれば単独での戦闘でもなかったのだから、危険度A+相手に生き残る可能性は高かった。もし死んだとしても、遺体くらいは見つかってもおかしくなかった。それなのに、何も見つかっていない理由。
ずっと謎だったその理由が、もし、私の仮説通りのものだったとしたら?
私は背筋に冷たいものが流れてくのを感じた。もしかしたら、私もあのとき、何もできないまま忽然と消えていたかもしれない。
そして……私はある一つの仮説を頭の中で立てた。もしかすると、あるいは。
「では、その卵がなくなれば作れなくなると?」
「そうです。卵一つから作れる最大量が三つですし、卵が次に見つかる目処は立っていません」
「なるほど」
うーん。なかなか厳しい話だな。強力なメリットの分、デメリットも大きい。
「他に質問はありますか」
木曽さんの言葉に、私は意を決して手を挙げる。
「……三浦さん、どうぞ発言してください」
うう、周囲の目が痛い。
しかし、私はなんとか気持ちを奮い立たせて、口を開いた。
「これは仮説なんですが、卵によって生まれる亜空間の中には、以前の危険度A+との戦いで消えた天城隊員たちがいる可能性があるのではないでしょうか。そうであれば、タルタロスを使えば、亜空間の中にいる天城隊員たちを助けることができるのでは?」
「……もう少し詳しく伺っても良いでしょうか」
私はこくりと頷いて、ゆっくりと自分の頭の中にある仮説について説明しだした。
「卵と親の形質は、通常似るはずです。であれば、当然親にも卵と同じ亜空間収納能力があったと考えるのが自然。もちろん、親と子で異なる亜空間を使用している可能性もありますが、そうでない可能性もあります」
異なる亜空間を使用しているなら、親を殺してしまった時点で、天城さんたちを助けられる道はない。だが、今の段階では、まだ希望がある。小さい希望だが、捨てきれるものでもない。
「もし同じ亜空間を使っていた場合、天城隊員などの隊員は以前の危険度A+戦で忽然と消えていたので、今亜空間にいる可能性が高いです。であれば、亜空間からなんとか連れ出せる方法があれば、天城隊員たちを今からでも助け出せるかもしれません」
私の言葉に、会議室はしーんと静まり返った。




