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第53話

****





 いつも通り任務を終えて、神藤さんにアドバイスをもらっていたときだった。


「君は頭が固い。もっと柔軟な発想を持て。それか……」


 ピピピピ、と突如着信音が鳴り響き、神藤さんの話が遮られた。慌てて自分のスマホを手で探るが、特に震動していない。

 神藤さんは苛立たしげにポーチの中を漁ってスマホを取り出した。そうして、画面を見てなぜか顔を顰める。


「すまない。少し話してくる」

「分かりました」


 神藤さんは電話に出て、私に背を向けて歩き出した。

 プライベートなことなので、なるべく聞かないようにと私も距離をとる。

 遠くで、神藤さんはなにやらスマホ越しに怒っていた。なにを言っているのかはよく分からない。だが、最後に「この無能が!」と吐き捨てたのは聞こえた。

 無能といわれると自分のことのように震えてしまうのはもはや一種のトラウマである。

 戻ってきた神藤さんは、腕を組み眉をひそめながら、苦々しげに一言。


「君と私で東京の会議に呼ばれることになった。明日荷物をまとめて来い、だと」

「え、それってまさか、本部の……?」

「そうだ」


 当然のようにいわれた言葉に、私は衝撃のあまり固まった。

 本部の会議といえば、選りすぐりのエリート、EESのトップが集まって行う重要な会議だ。時には国家の存続を決めるかもしれないことも話される。そんなところに、私が呼ばれる?

 なぜ、というのが真っ先に浮かんだ。しかも明日。滅茶苦茶急じゃないか。


「なんでも、係の者が私たちに伝えるのを忘れていたらしい」

「ええ……」


 神藤さんの言葉に、私は困惑する。そんな杜撰な話があるのか。こちらからすればたまったものではない。

 神藤さんは目に見えてイライラしている。そりゃあもうお怒りだ。どうかこっちに飛び火しませんように、と下手なことは言わないよう心の中で固く誓う。


「無能も甚だしい。そんな者のせいでこちらが不利益を被るとは。この分はあとで必ず返させなければ」

「神藤さんが言うと洒落になりませんよ」

「洒落ではないからな」


 当然のように答える神藤さんに、私は深々とため息をついた。まあ、何もせず舐められるよりかはマシなんだろうか?こうして理不尽に屈しない人がバディなら私もそれなりに安心だ。


「というわけだから、今日中に準備を整えて、明日の午前8時頃に東京のEES本部前まで転移してくれ」

「分かりました。会議に必要な物ってありますか?」

「隊員証とバッチと筆記用具とメモ帳くらいはあれば良いかもしれないな。だが手ぶらでも別に困らないだろう」

「了解です」


 なるほど。それならすぐ準備できそうだな。私は曇り空で暗い視界の中で、明日のことをあれこれと考え始めた。


「とりあえず、今日はもう君は帰っていい。明日に備えてくれ」

「はい。お疲れさまでした」

「ああ」


 ぺこりと頭を下げて、神藤さんに背を向ける。

 転移、と呟くと、見慣れたリビングが目の前に広がった。

 最近は報告書を大方神藤さんに書いてもらっているため、私はかなり余裕を持って暮らせている。宿題は提出する暇がないのだけがあれだが、一応やれているので勉強はちょっと分かるようになってきた。

 本当に、神藤さん様々である。もちろんあの人のことは相変わらず理解できないところが多いし、時々言葉足らずだし、単純に強すぎて怖いが、こうして色々なことを助けてもらっているのはありがたい。

 今度何か日頃のお礼を込めてプレゼントでも渡そうかな、などと思いつつ、私は夕食の準備を始めた。

 あー、でも、明日の会議どうなるんだろう……心配だな……。





****





 ぱちりと目を開け、起き上がる。時計を見ると、7時半。やばい。なんかいつもより一時間も遅く起きてしまった。

 慌てて服を着替え、歯を磨き、朝食をかき込む。髪を整え日焼け止めを諦め、かろうじてトイレには行けた。昨日お風呂入っていて良かった……。忙しくて疲れたときとか、朝風呂するんだよな。でも今日だったら絶対間に合ってなかった。

 ベルトを着けて隊員証を確認し、忘れかけていた筆記用具とメモ帳をすんでのところで思い出しなんとかポーチに入れる。

 転移、と呟いていつも通りの待ち合わせ場所、署の前に着いたのは7時55分だった。

 だが、普段は五分前集合なので、なんとか間に合ったと安堵する。

 神藤さんは腕を組みながら待っていて、私を見るなり「遅い」と怒りを露わにした。ひぇっ。


「普通は10分前行動だろう!何をしていた!」


 いやいや、そんなの知りませんけど。普段五分前集合じゃないですか。しかも神藤さん、たまに時間になっても来ないじゃないですか。


「すみません……寝坊しました」


 しかし怒れる神藤さんを下手に刺激するのは悪手である。とりあえず殊勝に謝る。


「気持ちがたるみすぎだぞ。寝坊なんぞもし大事な任務があるときにでもしたらどうする。君の一度の過ちで大勢の人が死ぬかもしれない」

「返す言葉もありません……」

「まあ、今日は幸い5分前でもまだ間に合う日だったから良かったが」


 じゃあなぜ怒ったんだ。まさか、またこの人は私をストレス発散の対象にしたのか?


「ちなみに、なぜ10分前の方が良かったんでしょうか?」


 これで自分勝手なことを言われたら怒るぞ。

 そう思いながら神藤さんを見ると、神藤さんは真っ直ぐな目で一言。


「EESの本部は広い。下手に迷子になるのでは困るから、余裕を持って会議の場所を伝えるつもりだったんだ」

「それは……すみません」


 まともな理由だった。それなら一応納得はできる。

 だが、それなら素直にそう行ってくれれば良いのにとも思うが。この人は本当にこういうところがある。賢いせいなのか言わなくても分かるだろうと思っている節があるのだ。

 私が謝ると、神藤さんは深々とため息をついて言った。


「まあ、伝えていなかった私も悪かったかもしれない。とにかく、君のせいで伝える時間はあまりないから、簡潔に場所を言うぞ。早くレグラムを開け」

「は、はい」


 私は慌ててレグラムを開いた。

 それにしても、こうして謝ってくれるのはまだいいなと思う。これで完全に私が悪いとか言われたら流石にちょっとムッとするかもしれない。別に口には出さないが。

 なんとかこの人とバディを続けられているのは、こういう絶妙なところなんだろうな、と我ながら思った。


「会議室は三階の一番端だ。地図でいうとこの辺りになる。だからここへ確実に転移しろ。始まるのは8時30分。まあ、最低10分前には行っておくべきだし、私たちなら余裕を持って30分前に行くのが丁度良い」

「分かりました。なるほど……」


 私は言われた場所をじっと見て、その位置のイメージを頭の中で固める。

 うん、大体いけそうだな。


「準備はできたか?」

「はい」

「では、転移しろ」


 私は神藤さんの言葉に頷いて、呟いた。


「転移」

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