第52話
注)この話は映画ライフイズビューティフルのネタバレを含みます。読まなくても本編にそれほど影響はありません。
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通信制高校に行く手続が整った。そう聞かされたとき、とうとう戻れないところまで来たんだな、と私はなんだかしみじみした気持ちになった。
もう後悔はない。自分でも考えて決めたことだ。今更やっぱり、なんてことは思わない。
今日は久々に学校に行く日だ……ったのだが、2月にしては異常な猛吹雪によって、学校は休校になった。そんなことある?
世界が私に学校に行くなと言っているようだ。といえば少し過言か。
こんな状態ではエミュレイターを倒すことももちろん困難である。場合によってはエミュレイターを倒す前に自分が死ぬ。そもそもエミュレイターだってこんな吹雪の日には出歩かないだろう。
なので今日は全くもって暇な日ということになる。とりあえずたまっていた宿題を終わらせて、のんびり映画でも見ることにした。
奈江子さんの趣味は映画鑑賞で、家には数百枚のDVDがある。奈江子さん自身はここ数年忙しくて全く見られていないらしいが、その代わりに私がたまに見たりしている。
何か良いのないかな、と探す。聞いたことのない映画も多い。うーん、これなんてどうだろう。ライフイズビューティフル。多分明るいミュージカル映画とかじゃないだろうか。
ディスクをセットして再生する。どうやらイタリア語の映画らしい。イタリア語は理解できないので、素直に日本語字幕をつけて見る。
楽しい様子で話が始まった。主人公は女性と運命的な出会いを果たして、それから何かと会うようになる。なんやかんや良いところを持っていく主人公。二人の距離は縮まっていく……。
よくあるラブストーリーだが、絶妙な笑いとラブのさじ加減で見ていて楽しい。
そうやって見ていると、無事に二人が結ばれてホッとする。こういうところで突然どっちかが死んだりすることもよくあるが、私はそういうの耐えられない。
場面は移り変わり、今度は二人の子どもが現れた。これで終わりかと思っていたのに、と少し驚く。典型的なラブストーリーにしては珍しく、その後の家族のことまで描くらしい。
仲睦まじい家族の様子。だが、街の雰囲気はどこか暗い。そして、ユダヤ系だと主人公たちが連れて行かれるのを見て、ようやく気づいた。この映画は第二次世界大戦が始まる頃の話なのだ。
主人公は息子に怖がらせないように嘘をつく。だが、彼らが行く先は地獄だと私は知っている。中学生の頃散々授業で聞かされていた。アウシュビッツ収容所のこと、大量虐殺のこと。
主人公は終始明るかった。息子のために常に最善を尽くしていた。その様子に、なんとか生き延びるんじゃないかと期待を持つ。ラブストーリーがハッピーエンドで終わったなら、きっとこの話もハッピーエンドだ。
主人公は妻と息子に元気を与え続けた。そうしているうちに脱出の機会ができた。ドイツ人の医者が助けてくれるんじゃないかと、私は希望を抱いた。
だけどドイツ人の医者は結局助けてはくれず、主人公たちはとうとう最後の日に向かっていく。
息子を隠して、必死に逃げる主人公。頑張れ、お願いだから生きて。妻も息子も残して死ぬなんて、そんな惨いことは起きてほしくない。
だというのに、主人公は撃たれてしまった。ハッと息をのむ。ドイツ人の兵士が去り、起き上がってひょうきんな態度をするかと思ったのに、場面はそれきりだった。
やがて、アメリカ軍が暗い収容所にやってきた。息子はなにも知らないで、本当に戦車がきたと喜ぶ。それがあまりに無邪気で、悲しくて仕方がない。
息子と母は再会できた。だけど、いつまでも主人公は帰ってこなかった。そうして物語は息子の言葉で締めくくられる。
エンドロールを見ながら、私は途轍もない感情の嵐が心の中を荒らしていったのを感じた。
考えていると涙がこぼれてきた。アウシュビッツ収容所がどれほど残酷な場所だったのか、ということよりも、当たり前に素敵な人が亡くなってしまったことのほうが胸に迫った。
同時に思う。私なら助けられたのに、と。いや、フィクションの世界にもの申すなどおこがましいことだとは分かっているが、どうしてもハッピーエンドだった世界線を想像してしまう。
くそー、私が全人類救いたい。そんなことを考えてしまうのが私の愚かさというかなんというか。
でも、神藤さんでも全人類を救うことは難しそうなのに、私なんかができるとも思えない。結局、世の中には沢山の悲劇があるものの、それらに対して私ができることは限られている。
せめて、エミュレイターによる被害だけでも減らせたら。そんな気持ちで、私はもっと強くなろうと心に誓った。
そうしてふと窓の外を見ると、雪が止んでいることに気づいた。
私は気になって外に出る。防寒具を着用してベランダに出ると、そこにはこんもりと雪が積もっていた。
なんとか雪に足を踏み入れて、進む。
辺りを見て、思わず感嘆の息を漏らした。
「おぉ……」
雪が世界を包み込み、真っ白に染まっていた。除雪車が通っているだけで、車通りはほとんどない。まあさっきまで猛吹雪だったしな。
いつ見ても雪景色は好きだ。白い雪が全部を覆い尽くして、冷たい空気は澄み切って苦しいことを頭から追いやってくれる。
なんだか気持ちが落ち着いて、私はすっきりした気持ちで部屋に戻った。
これからも、頑張ろう。そんな気持ちで、私は夕ご飯の支度を始めた。




