第51話
次は和歌山県の海岸。海の中に危険度B+がいるらしい。
私は隊員服を水中使用に変えた。こうすれば、水中でも息ができるし、地上と同じくらい早く動くことができる。最大水深1kmほどまでなら水圧を気にせず潜れる優れものだ。
海の中での任務はそれほど多くない。海でエミュレイターを見つけるのは砂浜に落ちた針を見つけるのと同じ難易度だ。しらみつぶしに金属探知機のようなものを使って探せば、見つからないわけではない。
だが広大な海の中、エミュレイターをいちいち探すのは大変だし、見つけてもすぐに逃げられることが多い。
よって、海水浴シーズンかよほど強い個体がいるかでない限り、基本は放っておかれる。あとはダイバーの要請があったときくらいか。
今回は強い個体が現れており、それが漁を妨げているということで呼ばれた。
危険度B+。海の生き物なら……なんだっけな。確かホオジロザメくらいだったかな。な
ぜ危険度からその擬態した姿を推測できるのかといえば、エミュレイターは皆できる限り他の生き物を沢山殺せるものに擬態するからだ。よって強い者ほど強い生き物に擬態する。賢く、防御力、攻撃力の高い生き物に。だから危険度から大体の姿を推測できるのだ。
今回、漁をどうやって妨げているのかというと、不定期に一定の海域内に大きな渦を発生させるらしい。一ヶ月前ほどから突如渦ができはじめ、調べたら案の定エミュレイターセンサーが反応したから依頼が来た。
今朝も渦ができていたということで、その場所をレグラムで確認する。かなり沖合だ。これなら沖合漁業の漁船に影響が出るだろう。
「渦が発生している場所は変則的ですが、見ると大まかにこの地点から半径1km圏内に集中しています。おそらくエミュレイターはここを良い狩り場として考えているのでしょう。ただ、そのうち移動する可能性もあるので、なるべく早く捕まえたいですね」
私がそう言うと、神藤さんは神妙に頷いた。
「そうだな。さて、私は海の中で君の様子を見ている。いざとなれば助けるが、君ならB+くらいは倒せるだろうから、基本は静観するぞ。海の中での戦闘は陸とは勝手も違うから、良い勉強になる。頭を使って戦え」
「はい。では、神藤さんも連れて転移しますね」
「ああ」
私は転移、と呟いた。
その途端、私たちは宙に放り出されて、どぼんと海の中に落ちる。
海は暗いが、特殊なゴーグルのおかげで周りの様子がよく見える。泳ぎ自体はできるので、私はそのまますいすいと泳いで下へ潜っていった。
エミュレイターセンサーは微妙に反応している。だが、これはかなり下の方だ。それにもっと左側だな……。
センサーを頼りに海の中を泳ぐ。それなりに深く潜ってきたので、魚たちの姿も複数見受けられる。海は少し苦手だ。何が現れるか分からないし、思うように動くのも難しい。
だが、魚を見るのは楽しかった。小魚たちが群れを成して泳ぐ様は圧巻だし、海草が揺れる様は悠々としている。
神藤さんは後方斜め上辺りから私を見下ろしていた。私はそれに安心感を覚えて、更に更に奥へと進む。そろそろ息が苦しくなってきた。これから先は強化をかけないとまずいな。
だが、かなりセンサーが反応している。そろそろ魚影が見える距離だ。
ぐるりと辺りを見回す。ジッと遠くを見る。暗い海の中に、何か大きな生き物が蠢くのが見えた。
かなり大きいな。15m以上はありそうだぞ。
これだけ大きいのなら、クジラかもしれないと思った。そして、この形。名前は知らないが、見たことはある。図鑑などによく載っている生き物だ。
私は注意深くエミュレイターに近づいた。動いていないな。完全に警戒を解いている。
転移。呟いた瞬間、私の目の前にクジラの核が現れた。私はそれを迷わず長剣で貫く。核は音もなくバラバラに割れた。
途端、エミュレイターセンサーの反応が消える。私は捕獲キューブを水中バージョンに切り替えてエミュレイターにぶつけた。エミュレイターが網に包まれて小さく萎んでいく。
核も一緒にキューブの中へ入れて、私はホッと息を吐く。
上を見ると、神藤さんが鋭い目でこちらを見ていた。こ、これは、どっちだ。怒られるのか、それともただ見ているだけなのか。
私は上へ上へと泳いでいく。そうして神藤さんの側に来た。
神藤さんは物言いたげな顔をしながらも、上へと泳いでいく。私も後を追って上へと泳いだ。
海面から顔を出した途端、お叱りが飛んできた。
「見つけるまでが遅い。センサーが私より役立たずなのは知っているが、それでも泳ぎをもっと上達させろ。経験則から位置を想像しろ」
「はい……」
「とりあえず陸に転移してくれ。詳しい話はそれからする」
私はしょんぼりとしつつ、言われた通りに陸上へと神藤さんもろとも転移した。
体を覆っていた水の感触が消える。疲れた……と地面に座り込もうとして、神藤さんに睨まれた。わ、分かりましたって。
仕方なく立ち上がったまま、神藤さんと向かい合う。
「そもそも、君はある程度位置を把握したら転移した方がいい。君ならそれくらいのことで使っても大丈夫だろう」
「まあ、そうですけど」
「それができていれば、この一匹だけに20分も使うことなんてなかったはずだ」
ご、ごもっとも……。何も言い返せず、私は素直に神藤さんの言葉を受け入れる。
しかし、私からすると、位置をうまく予測することなど不可能だ。経験則から予想するといっても、エミュレイターも動き続けている以上、下手に転移するとエミュレイターの眼前に行く可能性もある。エミュレイターの動きまで予想するとか、どうしろと。
だが、エミュレイターは実際あまり動いていなかった。危険度B+、沖合という情報から、ある程度姿を予想すれば、あるいは可能かもしれないが。
私の疑問を察したのか、神藤さんは更に続けて言った。
「あのエミュレイターはマッコウクジラだ。この和歌山県ではクジラが有名で、古くから捕鯨が行われてきた。だからその時点で危険度B+なら絶対にクジラだと察するべきだった」
「そうなんですか?それは……私の勉強不足でした」
なるほど、そうやって種を予想できれば、確かに動きも考えられるかもしれない。
だが、私には圧倒的に海の生き物への知識が足りていない。訓練生時代に習ったことなんて大まかな種類とか危険な種についてくらいだ。
この辺りがクジラで有名だということも知らなかった。私は知らないことばかりだ。もっと勉強しなければいけない。
「そして、この辺りの生き物について私に聞くこともしなかった。慢心が見える。ただ倒せば良いという意識の現れだ。だが、強くなるにはそれだけでは足りない。いかに効率よく、最善の方法で倒すかを常に考えなければいけない」
「なるほど……」
本当にその通りである。私は自分の気持ちがあまりにも読まれているので、少し恥ずかしくなった。
それからいくつか助言をもらい、次の任務へと移る。
「さあ、転移するぞ」
「はい」
視界が歪む。




