第48話
「どっかで食べる?」
「うん。どこ行こうか」
「そうね……すぐそこのサイゼとか良いんじゃない?」
「サイゼ……?分かった。じゃあそこ行こう」
「うん」
そうして、私たちはそのサイゼという謎の店に入った。
初めて来た店だったが、よくあるフランチャイズ店といった様子で、人で賑わっている様子からそれなりにおいしさは担保されそうだと安堵する。
私たちは窓際の席に案内され、ゆったりと椅子に腰掛ける。
「何頼む?」
「オススメを聞いてみようかな」
「いやいや、サイゼにそんな高尚なシステムないから」
え、そうなのか。初めて来たところでは大体オススメされたものを頼んでいたのだが。
うーん、そうなると何を頼もう。私はメニュー表をパラパラとめくった。
なんか、かなり種類が多いな。ムール貝、エスカルゴ……イタリアンとしてはこの値段で食べられるのは破格だろう。パスタ、ドリア、ピザなど定番の品もある。え、ティラミス?そんなものがこの値段で食べられるのか!?
迷った末、私はアラビアータとエスカルゴ、ティラミスを注文した。そして、それだけ注文しても1000円ちょいなのが凄い。
一方、茜はドリアとサラダを注文した。
「でも、エスカルゴを頼むなんて勇気あるわね」
茜は少し顔を顰めながら言った。
そうか?エスカルゴって結構おいしいイメージなのだが。やはりカタツムリという言葉が嫌なイメージを植え付けているのだろうか。
「カタツムリはフレンチではわりとポピュラーな食材だし、ちゃんとした店なら処理も問題ないだろうから」
「でも、私にはカタツムリと思ったものを食べるなんてできないわ」
「うーん、まあ慣れの問題かな」
「なんで史詩夏はカタツムリに慣れてるのよ」
「私の親がフレンチが好きで、よく連れて行ってくれたから」
思い出す。日々の訓練の合間に、奈江子さんとフレンチ巡りをしたことを。
奈江子さんはフレンチのコースを食べるのが大好きで、財力があることを良いことに、お高いところにもよく連れて行ってくれた。
たまに本当にフランスに連れて行ってくれるときもあったし、おかげで私はフレンチ大好き人間になってしまった。
「ふーん。そういえば、史詩夏のお母さんってどんな人なの?」
「パワフルな人だよ。キャリアウーマンで、雑誌の編集長として慌ただしくしてる」
「編集長!?すごいね」
「そんなことないよ。そういう茜はどうなの?」
私が好奇心から聞いてみると、茜はうーんと唸った。
「一言で言えば……おっちょこちょい?」
「おっちょこちょい?」
「そう。すぐ物なくすし、怪我するし、騙されるし……だから私がしっかりしないと!っていつも思ってる」
「だから茜はそんなにしっかり者なんだ」
「べ、別にしっかり者ってわけじゃないけど。でも、なんか、困ってる人とかを放っておけないのよね」
なんというか、思ってはいたが、やはり茜はかなりお人好しだ。根が優しい。そして真面目。私的には、茜も充分騙されやすそうである。
ちゃんと側で見守らねば、という気持ちになって、私は心の中でこっそりと決意を固めた。これから茜が怪しいものに引っかかりそうになってると思ったら、全力で引き留めよう。
「そういえば、深夜くんと茜って普段どんな話をしてるの?」
「急に話が変わったわね」
茜は一瞬ぎくっ、とした顔になった後、誤魔化すようにそう言った。
「なんとなく気になって」
私はあくまでただの興味を装って尋ねる。
茜はそうね……と考える素振りを見せて、ぎこちなく話し始めた。
「別に、大したことは話してないわよ。お互いに戦闘スタイルは全く違うからアドバイスとかはできないし、気軽に話はするけど……」
「そうなんだ。じゃあ、雑談が中心なの?」
「そうね。大体雑談ばっかりよ。テストがどうだとか、訓練がどうだとか。まあ、学んでる内容はほぼ同じだし、そういう意味では話には困らないわね」
「そっか」
うーん、あんまりぼろを出さないな。さっきの深夜くんと茜の態度から、何かあると思ったんだけど。
私には話したくないことなんだろうか。一体どんなことか気になるが、無理に聞き出すつもりはない。きっとそれなりに理由があるのだろうから。
「史詩夏は深夜とどんな話をするの?」
「私?そうだな、大体戦闘のこととか、あとは最近どうしてるかとか。なかなか会わないから、いつも薄い話しかしてないよ」
「そう……」
茜は何故か残念そうだった。私が深夜くんと話すことなんて、本当に限られている。
学校のこともそんなに話せないし、かといって訓練のことも話せないのだ。必然的に、「最近どうしてる?」「まあ、ぼちぼちかな」くらいのことしか話せない。
うん、そう思うと、私たちの繋がりってめっちゃ弱いな。
ちょうどそのとき、頼んでいたドリアが届いた。
「ありがとうございます」
茜が受け取ったそれは見るからに美味しそうだ。これは私のアラビアータも期待できるな。
「おいしそうだね」
「おいしいよ。先、食べていい?」
「いいよ。もちろん」
私が頷くと、茜はゆっくりとドリアを食べ始めた。
食事中だから黙った方が良いかと思ったが、茜は気にせず話し続ける。
「史詩夏って彼氏とかいないの?」
「えっ、なに、急に」
「純粋な興味。で、いないの?」
「いないよ。いるわけないよ」
私の言葉に、茜は何故か満足そうな笑みを浮かべて、ドリアを一口食べた。
「茜はいるの?」
「前はいたけど、別れた」
「いたんだ……」
私はちょっと茜と心の距離が広がった気がした。私はなんせモテないので、そういうこととは無縁だ。というか、任務と勉強でみっちり埋まった日々の中で、同い年のほどよい人を見つけろという方が難しいのではないだろうか。
「そりゃあ、この美貌だし?それなりにモテるのよ、私」
ふふん、と胸を張る茜に、私は素直に褒める。
「そうなんだ。確かに茜なら皆好きになるね」
「な、なによ!冗談よ!そんな真面目に返さないでよ、もう」
「ご、ごめん」
茜は頬を染めて怒った。私は冗談か本気かの区別がつかない人間なので、しばしばこうやって茜に怒られる。
「まあ、でも、史詩夏くらい綺麗なら、彼氏の二人や三人いてもおかしくなさそうだけど」
「いても一人だけでしょ。二、三人いるなんて、そんな、浮気性な」
想像したらげんなりする。私はああいうことをする人は基本的に嫌いだ。例え相手が同意していても、いくつもの人と同時に付き合うなんて理解できない。というか、器用すぎて感嘆するレベルだ。
「史詩夏はお堅いのね。でも、私も浮気男は大っ嫌い。私くらい良い女捕まえたんだから、他の女なんて見ないでって感じ」
「う、うん」
別にそこまでは思わないが。だが、茜らしくて私は笑ってしまった。
「ちょっと、なにか変なこと言った?」
「ううん。なんか、茜らしくて良いなって」
「もう、そうやってナチュラルに人のこと褒めるから、深夜も……あっ」
「深夜くんがどうしたの?」
「い、いやなんでもない」
慌てて口をつぐむ茜に、私は怪しいな、と直感的に思った。絶対何か隠している。そしてそれは、きっと今までの変な態度と関係しているに違いない。
私はここぞとばかりに茜に迫った。
「なんか、さっきから変な態度だけど、深夜くんとの間に隠したいことでもあるの?」




