表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

第5話

 真っ黒な血を流す二つに割れた女性の体。顔を見るにかなりの美人を喰ったのだろう。まろい胸の内側から、割れた核の破片がぼろりと落ちる。核のあったところだけぽっかり空いた、歪な半身。

 黒い血液をまとってテラテラ光るそれ。禍々しいのにどこか美しくて、誘惑してくるような魅力がある。エミュレイターは生き物を乗っ取るものだから、核すらも自分を魅力的に見せようとするのだと、前に習ったっけ。私はそれを見ながら、もう片方の体も転移させた。

 止まっているもの。そして位置が分かってさえいれば、こうやって部分的に転移させて殺すこともできる。この能力は万能なのだ。使い勝手も良いし、一瞬で殺せる。

 しかし、核は超力でなければ完全には壊れないので、こうやってトドメを刺す必要があるのだが。


 残りの半身を元の半身の上に重ね、捕獲キューブを一個投げる。

 キューブはあっという間に体を包み込み小さく丸まる。私はそれを手に取り、ベルトポーチに入れた。今日だけで三体。ポーチの重さが煩わしいような、嬉しいような。

 初めに転移した戦闘場所に戻った。そこには視界に入るだけでも計10人の体が。死んでいるかは分からない。そうでないことを祈る。

 胸を貫かれて息絶えたエミュレイターの死体一体。先ほど倒した危険度B+だ。しかし、この子は思ったほど強くはなかった。そして、代わりにあの女性エミュレイターが強かった。危険度B+の中でもトップクラス。A-でも良いくらいだ。

 少女型エミュレイターの体に、捕獲キューブを投げる。キューブもこれで最後だ。あっという間に包まれていく死体。もう見慣れた光景。初めの頃はなかなか面白く見ていられたが、月日を経るごとにそれもなくなった。

 約7ヶ月。たった二ヶ月で緑階級にまで上がるのは異例だ、と以前日本支部に呼び出されて言われたのを思い出す。

 13歳の秋、駆け足で最終試験を全て終えた翌日、隊員としての装備品が全て送られてきて、日本支部に来いと手紙を寄越された。仕事が早いなぁと思いつつも、その日は平日月曜日。学校は休ませてもらえたけど、勉強が……と思ったのは嘘じゃない。

 それに、日本支部があるのは東京。私はまだ隊員証をもらっていなかったので、転移はできず、電車、バス、飛行機で計三時間かけて行った。交通費は経費で落ちるとはいえ、無駄だな、と思っていた。ファーストクラスは居心地良かったけども。

 緑、橙、黄色、白と続く階級。白階級は現在日本に一人もいない。黄階級は八人いるけど、そのうち若手と呼ばれる40歳未満の隊員は三人だけしかいないから、白階級の誕生は難しそうだと言われている。

 キューブに収まったエミュレイターの死体をポーチに入れて、改めて周囲を見回した。

 血は雨に流されて広がっていく。血の海に曇天。壊れたビルのガラス窓。まるで地獄の果てのような景色。遺体を雨粒が濡らしていく。

 一人一人の体を見つめながら、私はあと何回転移転移できるだろうか……と考えていた。


「大丈夫ですか? 聞こえますかー」


 試しに叫んでみたけど、誰もピクリとも動かない。雨音に負けないように声を張り上げたのに、これじゃどちみち無意味そう。本当に困った。この遺体の山の前で、私はどうすれば良いのだろう。

 普段ならすぐに救助隊が来るのに、今日は随分遅いし。病院自体はどうやら隣町にあるようなのだ。もうそろそろ応答があっても良い頃なのに……。

 仕方ない。私はとりあえず、他に要救助者がいないか探すことにした。

 民家の後ろ。庭木の中。それから川の傍。小さな雑木林の草の中。視力を強化すると、それなりによく見えた。血痕が続く方に進んでいくと、そこには民家の壁に叩きつけられたらしい男性が一人。隊員スーツを着てるし、バッチもある。階級は……青か。危険度B+相手なら一撃で殺されてしまっただろう。とはいえ、もしかしたら頭の打ち所が良くて助かっているかも。

 それから、雑木林の中に、腕のない男性が一人、倒れていた。薄暗い林の、枝が散乱する真ん中。クレーターができていた。相当な強さで叩きつけられのだろう。

 年齢は20代後半くらい。まだ若そうだ。彼もまた、目を開けたままピクリとも動かなかった。首元のバッチから、彼が紫階級だと分かった。

 高く高く吹き飛ばされて、腕ごと持っていかれて、出血多量で……。未だ血が流れ続けるその腕を見て、私は思わず目を逸らした。きっと相当痛かっただろう。

 その腕は悲しいことに、どこにも見つからなかった。もしかしたら、吹き飛ばされたときに肉塊になったのかもしれない。血が水たまりをつくる地面には、いくつか皮膚や指の一部らしきものも引っ付いている。吐き気がこみ上げた。

 そのうち、これにも慣れるのだろうか?

 民間人が5人、紫隊員が3人、青隊員が3人。1人、捜索隊員の人もいた。初めは気づかなかったが、ぐしゃりと潰れた腕らしき部分に、壊れたレグラムがついていて分かった。捜索隊員と戦闘隊員のレグラムは形状が違うから。

 ため息をついていると、私のレグラムが振動しだした。


『救助隊より緊急連絡。繋がります』

「えっ」

『こちら救助隊。遅くなってすみません。対処できる病院についてですが、現在、天塩で大規模火災が起きたようで、病院はすぐに対応できないと……』

「待ってください、いつまで待てば良いんですか?」

『予想では……1時間です』


 レグラム越しに言いにくそうに発された台詞に、思わず目を見開く。


「いっ……! あの、こっちには重傷者が12人いるんですが」

『分かっています。現在、緊急で救急車一台をそちらに向かわせています』

「……彼らの予定到着時刻は?」

『あと10分後です』

「ありがとうございます。分かりました」


 私がそう言うと、ブツリ、と連絡は途絶えた。ため息をつく。困った。本当に。

 本当に今日は厄日なのだろうか。大規模火災なんてこんな平穏そうな場所で起こることがあるのだろうか。第一今は雨が降っているじゃないか。


「たったの一台じゃ運べても精々三、四人じゃないの?」


 そんなことを考えていると、ピーポーピーポーと救急車の音が聞こえてきた。ああ、やっと来た。

 暫くして、赤いランプを点滅させながら、救急車がやって来た。私の目の前で止まったそれ。扉が開いて出てきたのは、死相が浮かんでいる白衣の美女だった。


「あなたが要請をくれた隊員さん?」

「はい」

「これは……酷い」


 後ろから三人、恐らく救急隊員だろう……も現れて、目の前の惨状に固まった。


「ここにいるのが10人。それから、あっちの雑木林に一人と、向こうのビルの辺りにもう一人います」


 私がそう言うと、彼女は頭を抱えた。


「計十二人……とてもじゃないけど、私たちでは対処できない」

「どうしますか」

「どうしようもなにも、とりあえず生存確認するしかないでしょう」


 救急救命士らしき男性が声をかけると、女性は投げやりに答えた。

 それでも、流石医療従事者。素早い対応で、あっという間に散っていく。


「私は転移と強化が使えます。あと2、3人なら、転移で病院に送ることもできます」

「そうなの? でも、待って……確認を先にするから」

「分かりました」


 頷いて、私は彼らが動いているのを眺めた。


「女性4名、恐らく全員即死です」

「男性6名のうち、1名を除いて全員亡くなっている模様です」

「雑木林の男性は既に死亡。ただ、民家の男性はまだ息があります!」

「分かった。じゃあ二人ね。急いで担架に乗せて!」


 美女がそう言うと、彼らはテキパキと担架を準備し始める。私はそれを見つつ、美女に尋ねた。


「あの、病院まで転移させましょうか?」

「いえ、大丈夫。病院はまだ、てんてこ舞いでしょうから……」

「それなら、治癒力を強化するのはどうですか」

「……そんなことができるの?」

「できます。ただ、一気にやると却って体が追いつかずに危険かもしれません」

「そう……。分かった。じゃあ、ゆっくり慎重にやってちょうだい。それから、ご遺体は身元を確認して、遺族の方に渡せるものがないか、できるだけ周囲を確認して」

「はい」


 私は救急車の前に連れて来られた。担架に乗った二人の体を見つめながら、ぐっと目を閉じる。体を構成する細胞たちを想像し、その体に触れる。

 ゆっくり、ゆっくり。体に超力を入れて強化していく。自然治癒力。特に脳と四肢の傷。


「……本当はね、すぐにでも病院で治療してあげたいの」


 私が彼らに触れる傍で、患者を見ながら、美女が言った。


「困ったことにね、今病院には4人の重傷者と20人の軽傷者が運ばれてる。それだけ大勢だと治療も間に合わない。私みたいな医師は基本救急車には乗らないけど、今回は特別。病院での治療は不可能だと判断されたから、現場である程度の状況を把握して応急処置をするように頼まれたの」

「じゃあ、治療は……」

「遅くなるわ。間違いなく。ただ、彼らの状態はかなり酷い。猶予もあまりないし、他の病院に連れて行くつもりよ。あなたはこの場に留まって、ご遺体を守ってくれると助かるわ。他の消防隊員が来るまでで良いから」

「分かりました」


 超力を流し続けながら、私は頷いた。

 効果は緩やかに現れた。

 まず、四肢にあった細かい切り傷がみるみるうちに治っていき、それから全身の血の巡りが良くなったのか、心臓がしっかりと動き出した。打撲の痕もふと気づくと消えていた。それから折れていたらしい骨も、少しずつだが良くなってきている。

 二人一度に、それもこんなに慎重にやるのは初めてで、どっと疲れる。

 ああ、そろそろ限界だ。

 私は目を開けた。まだ五分ほどしか経っていなかった。


「すみません、限界です」

「ありがとう。ごめんなさい、一つだけ良い?」

「なんでしょうか」

「ここから1時間ほど先にある、総合病院に転移させることってできる?」

「この救急車ごと、ですか?」

「いえ、私とこの二人の患者だけで充分よ」

「なるほど……」


 総合病院。

 急いでレグラムでマップを開いて、道順を検索する。経路はかなり分かりやすかった。素早くそれを脳内でイメージする。


「できます」

「本当?!」


 美女と救急隊員さんがどよめいた。


「ただ……」

「なんでも言ってちょうだい!」

「えっと、その、何か食べ物をいただけませんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ