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第41話

****





 今日は、私の、誕生日である。

 そう、誕生日!なのだが、あいにく平日なので学校である。

 なんてしけた誕生日だろうか。

 1/28。いつも、この日は奈江子さんと一緒にケーキで祝っていた。私は今日だけは贅沢してステーキを買うつもりだ。モッツァレラチーズも買おう。カプレーゼを作る。あとはグラタンだな。うーん、お腹が空いてきた。

 もう受けることも少ないであろう授業を受けながら、長かった中学生活に思いを馳せる。

 私が入学したとき……奈江子さんと桜の前で写真を撮ったっけ。入学式では代表として答辞も読んだ。人前に立つのは緊張した。だが、今思えば良い経験だったと思う。

 新しい制服に身を包み、頑張ろう、と心の中で決意した。私ならきっとなんとかなると信じて。

 とはいえ、隊員になってからは、正直苦労した。絶え間なくやってくる任務を完遂して、同時に勉強もするのはそれなりに骨が折れた。

 だが、はじめの方は成績もかなり良い方だったと思う。それが変わったのは、危険度A+との戦闘から。

 あの一件で、私の生活は随分変わってしまった。なんとかできていた勉強もできなくなり、ひたすら任務に追われる日々が始まった。

 大変だった。考える暇がなかった。そうして学校にもろくに行けなかった結果が、これだ。

 学校に行くのが嫌になっていた。それでも、自分の決断を最後まで突き通したかった。私は、負けたくなかったのだ。この理不尽に。

 でも、結局私は負けることになった。

 友達も作れず、青春も送れなかった。ただ勉強するだけで精一杯だった。学校の行事は高頻度で休んだ。文化祭も体育祭も、遠足も、マラソン大会も、修学旅行さえ、なにひとつ参加できていない。

 それでも、それでも。

 私は、負けたくなかったのに。

 少し泣きたくなったが我慢して、先生の話に耳を傾ける。

 同じ話を何度もする彼らに、はじめの頃は辟易していた。だが、今では授業もろくに参加できないので、内職する余裕があるのはありがたい。

 授業が終わり、私は教材をロッカーに片付ける。

 そのとき、一人のクラスメイトがこちらへ近づいてきた。


「三浦さんって、今日、誕生日だよね」

「え、なんで……」


 私は驚いて目を丸くする。

 私の言葉に、彼女は少し恥ずかしそうに言った。


「ほら、EESのホームページの隊員情報のところに、プロフィールが載ってるから」

「ああ、そういえばそうですね」


 確かに、思い返してみると、隊員のプロフィール欄に誕生日も載っていた気がする。正直誕生日まで載せる必要性はあまり私は感じないが、どうもEESは市民に戦闘隊員への親しみを抱かせたいらしい。


「だから、えっと、お誕生日おめでとう」


 彼女はぎこちなくそう言った。私は思わぬ祝福に戸惑いつつ、胸の中が温かくなるのを感じた。


「あ……その、ありが」

「えっ、三浦さん、今日誕生日なの!?」


 私が最後まで言い切る前に、すぐ横を通っていたクラスメイトが口を挟む。

 その勢いの強さに私はやや気圧されつつ頷いた。


「え、えっと、はい」

「えーー!!おめでと!あ、グミあげる!」

「あっ、どうも……」


 さっきから文頭にえ、だのあ、だのをつけてばかりである。ちょっと挙動不審なのは自覚している。

 手渡されたグミを見て、どうしようと迷って、ぽいっと口の中に放り込む。あ、好きな味だ。


「三浦さん、誕生日なんだ!おめでとう」


 今度は別のクラスメイトがやってきて、そう声をかけてきた。私は目を白黒させる。


「三浦さん、おめでとうございます」

「誕生日おめ!色々大変だろうけど、私たち応援してるからね!」

「おめでとう!この前も強いエミュレイター倒したんだろ!マジかっこいい!」


 気づけば沢山のクラスメイトに囲まれ、誕生日を祝われていた。

 私は急な展開に頭が追いつかず、おずおずと返事する。


「み、皆さんどうもありがとうございます」


 周りを見回して言うと、彼らは好意的な反応を私に示してくれた。


「そんな固くならないでよ!むしろこっちの方がありがとう。私、前に私たちのことエミュレイターから守ってくれたの、今でも感謝してるよ」

「いえ、私は任務を全うしただけですので」

「うわー、かっこいいこと言うなー」

「そ、そうですかね……」


 それから次々と褒められたり感謝されたり、忙しなくて私はその一つ一つに満足に返すこともできないまま曖昧に答えた。

 やがて、クラスメイトたちは言いたいことを言い終えたのか、また散らばって友達などと話し始める。

 だが、私に最初に話しかけてきた女の子は、私の方をじーっと見つめていた。


「あの、どうかしましたか」


 視線に耐えきれなくなって尋ねると、女の子はハッとしたように体を震わせた。


「ごめん!綺麗だなってつい夢中で見ちゃってた」


 そんなことを言われ、私はどう反応すればいいか分からず疑問形で感謝を伝える。


「あ、ありがとうございます?」


 私の反応に彼女は苦笑し、こっそりと耳に口を近づけて呟くようにこちらへ囁いてきた。


「……実はね、私、三浦さんのファンクラブに入ってるんだ」

「えっ」


 突拍子もない言葉に思わず固まる。

 ファンクラブ……そんなものが存在しているのだろうか?あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。そして、そのファンクラブとやらに彼女が入っているということも含めて驚愕の事実である。

 彼女はにこ、と口角を挙げて話し始めた。


「私、ずっと三浦さんに憧れてたの。強くて、綺麗で、賢くて、なんでもできて……」

「私はそんな完璧超人ではないですよ」

「いやいや、三浦さんが完璧超人じゃなきゃ、誰がそうだって言うの!もっと自覚持ってよね!」

「は、はぁ……」


 その勢いに飲まれ、しぶしぶ頷く。

 彼女はそれから、色々なことを話した。

 自分の体が弱いこと、そのせいで友達ができなかったこと、一人ぼっちで寂しかったこと。

 何度も死ぬような思いをして、生まれてこなければ良かったと思ったこと。

 そんなとき、彼女は私の話を聞いたらしい。


「ある日、三浦さんの話を聞いて、同世代で同じ地域なのに、私とは何もかも違うなって思った。最初はちょっと嫉妬してたな。だけど、同じ学校になってみて、三浦さんもすごく沢山のものを抱えてるんだって気づいた。それでも、何度も諦めないで努力してるのを見て、私もそうなりたいと思ったの」


 彼女の瞳は真っ直ぐだった。その姿に、私は純粋にすごいなと思った。

 そうやって、他者から学ぶところを見いだして、自分の糧にできる人は少ない。私はそこまで他人に深く気を配れない。

 名前も覚えていないことが申し訳なかった。それだけ私に対して思いを抱いてくれているのに、私は何も返せない。


「……そう言っていただけて、嬉しいです」


 私はありのまま本心を伝えた。

 彼女はふいに、笑みを消して真剣な表情でこちらを見る。


「どうやったら、そんなに何度でも立ち上がれるの?三浦さんは、苦しいことが耐えられないほど積もったとき、どうしてる?」


 それは、私という人間の本質を尋ねるような質問だった。

 いつかの日もこんな質問をされたな……と思いつつ、私はどう答えるか思案する。

 立ち上がれる理由。まあ、確かに私は今まで、困難があってもなんとか普通の生活に戻っていた気がする。

 だが、それは以前カウンセラーの先生も言っていたとおり、一旦心の奥に仕舞っているだけ。本当のことをいえば、私は全然まだその痛みを乗り越えてはいないのだ。

 だから、立ち上がったように見えているだけ、というのが正しいと思う。

 苦しいことが耐えられないほど積もったときも、私はそうやって一度全てを心の奥に仕舞ってしまう。それは、これ以上追いつめられないようにするための策。


「……完全に立ち直ることは、悲しみの強度によっては不可能です。私は、ただ一度その痛みを仕舞ってしまい、無理矢理立ち上がっているだけです。苦しいことが耐えられないほど積もったとき、私は、その全てをとりあえず忘れるようにしています。そうして、落ち着くまで、ただ置いておくんです。心の隅に」


 私は一つ一つの言葉を丁寧に紡ぎ出した。心の中に漂っていたフレーズの欠片をすくい上げて、構築するような。


「三浦さんは、仕舞ったものが溢れ出しそうになることはないの?」

「あまり、ないですね。まだそれほど強い感情に出会っていないのかもしれません」


 彼女の疑問に、私は今までの経験を思い出しながら答える。

 溢れ出しそうになるほどの感情……それは一体、どれほどのものだろうか。そんな感情、私には手に余るだろうなと思う。ただでさえ気持ちの処理が苦手なのだから、もっと大きな感情が襲ってきたら押しつぶされてしまう。


「そう……私も、三浦さんみたいに、一度置いておいてみようかな」


 彼女は胸に手を当ててそう呟いた。


「もちろん、いつかは現実と向き合わなければいけないときが来ます。ですが、痛みを味わってすぐ向き合うより、痛みが鈍ってから向き合う方が、心も再起不能になりにくいのではないでしょうか」


 私は、月見先輩が亡くなったことを、今でもまだどこかで受け止められていない節がある。だが、その現実と無理に向き合おうとすると、心が深い悲しみから戻れなくなる気がして、勇気が出ない。多分、今はまだ、そのときじゃないんだろうと思う。

 時は人に過去を忘れさせる。記憶はいつか曖昧にぼやけていく。それはある種の救いだ。希望だ。私はそうやって、悲しみが心臓を止めることがないくらいになるまで待つ。


「そうだね。ありがとう、三浦さん。すごく参考になった」


 彼女はまた笑みを浮かべて言った。


「役に立てたなら良かったです」


 そのとき、チャイムが鳴り、次の授業が始まる。私は慌てて席に戻った。

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