閑話 希望という力(3)
「三浦、史詩夏……」
「さんをつけてください!」
「あっ、はい」
この人、なんかちょっと怖いな……。私はちょっと引き気味になりつつも返答する。
それから、警察の人は箍が外れたように色々と三浦さんのことを話してくれた。
「いや、俺よりずっと年下なのに、もうとんでもなく強くて!実績もすごくて!でも礼儀正しい感じで……!」
「は、はぁ……」
「何度か話したことがあるんですけど、いや、ほぼ俺は緊張して何も話せなかったんですけど。美人なだけじゃなくて強くて性格も良くて、天才なのに、奢ってなくて。それに……俺のこと、助けてくれたんです。もうきっと彼女は覚えていないと思いますけど」
そうして警察の人は、長い長い回想タイムに入った。
「あれは俺が新人警察官だった頃でした……といっても一年前なんですけど。そのとき、俺は下着泥棒の犯人を追っていて、途中でエミュレイターに襲われたんです。エミュレイターは芋虫型でした……俺の腕くらいの大きさで、そりゃあもう気持ち悪くて。俺、虫大嫌いなんですよ。だから叫んで逃げたんですけど」
「えっ、逃げたんですか?」
「新人だったもので……でも、そのとき目の前に急に三浦さんが現れて、一瞬でエミュレイターを倒したんです!俺、あのとき、天使が現れたかと思いましたよ……」
ペラペラと喋る警察の人の話には終わりが見えない。この人、三浦さんのファンなんだろうか。私はドン引きしながら話半分で聞く。
しかし、私も彼の気持ちは分かった。
犯人のことを思い出すと、今でも体がガタガタと震え出す。お義母さんの倒れた姿や、彼の切羽詰まった声……こんな目に遭うなんて想像もしていなかった。
でも、そんな恐ろしい記憶の中で、三浦さんだけは美しく輝いていた。助けてくれた、心強い存在。彼女のことを考えると、怖い気持ちがすっと引いていく。
自分を守ってくれる人がいると思えることが、こんなにも心強いなんて。知らなかった。
だから、目の前のこの人も、未成年の女の子を天使扱いしているところは死ぬほど気持ち悪いと思うが、一応気持ちとしては理解できる。
いや、まあ、滅茶苦茶気持ち悪いけど。
それから散々三浦さんの話を聞かされた後、夜が明ける頃に、私は警察署を出た。
「まあ、また犯人が来るかもしれませんので、いざというときは私の方へ連絡してください」
「えっと……赤丸、勇作さん?」
「はい。俺の名前です」
「じゃあ、あの、とりあえずありがとうございました……」
私はいまいち感謝しきれなかったが、それでも一応お礼を言って警察署を後にした。
それからなんとか東京の実家に帰って、事情を説明して、仲直りもした。お父さんは私がいなくなってから、私のことをとても心配していたらしい。
暫くの間、私は立ち直れなかった。彼との日々を思い出す度に涙が溢れた。
だが、一方で救いもあった。それは三浦さんの存在だった。
あの後、危険度A+のエミュレイターは、北海道の戦闘隊員をことごとく蹂躙したらしい。多くの隊員や民間人が亡くなった大災害。その中で、三浦さんは大きな功績を残して見事生き残ったのだそうだ。
三浦さんの活躍を聞く度に、自分のことのように嬉しくなった。苦しいことばかりだった記憶の中で、三浦さんがいたことで、救われた自分がいた。
私はお父さんに三浦さんのことを何度も話した。お父さんは、私の話を聞いて、三浦さんにいつかお礼できたら良いなと言った。
三浦さんは、相変わらず北海道で活躍しているらしい。私は彼女のファンクラブに入った。会員番号65番。北海道では、彼女はかなり有名だったみたいだ。
私は彼女の活躍を聞くことで、少しずつ少しずつ、事件から立ち直っていった。
苦しい、怖い、今でも悪夢にうなされることがある。それでも、悪夢の最後には、必ず三浦さんが私を助けてくれる。私は一人じゃない。私は守られている。そんな安心感のおかげで、事件の傷は癒えていった。
犯人は、三浦さんが捕まえてくれた犯人から情報を集めたことで、全員捕まえられたそうだ。私はそれを聞いたとき、思わず安堵の息を吐いた。
これで、彼の敵が討てる。私は歓喜に包まれた。
今は月に一度ほどの頻度で、お義母さんたちに会いに行っている。もうすぐ彼のお墓ができるらしい。私はお義母さんたちと悲しみを分け合いながら、彼のことを話し合った。
そんな折、三浦さんがエミュレイターとの対戦で入院したという話を聞いた。
「そんな……!それじゃあ、まだ目が覚めていないんですか?」
「そうみたいだ……心配だな。もう一週間も眠っているらしい」
「嘘……三浦さん……」
私は途端に酷い頭痛に襲われた。フラッシュバックする彼との記憶。そして血の色。
それから私は暫くの間寝込んだ。見たのは悪夢だった。その中で、三浦さんは私を助けにきたが、不意にどこかへ消えてしまって、私はそのまま犯人に捕まってしまった。
「やめて、やめて……ッ、はぁ、はぁ……!!」
私はガバッと起き上がって叫んだ。
なんだ、夢か……。でも、とても夢とは思えない恐ろしさで、身震いする。
そんな夢を毎日見た。私は次第に衰弱していった。
だが、一つの朗報が届いた。
「三浦さんが、目覚めた……!?」
「あぁ。良かったよ、本当に」
「うん……!良かった、本当に……」
私は思わず泣き出して、緊張の糸が切れたようにまた眠ってしまった。
夢には三浦さんが出てきていた。三浦さんはもう大丈夫、と私をそっと抱きしめた。その途端、私の中にあった恐怖が霧のように消えていき、私はそのままぐっすり眠ることができた。
目が覚めて、私は思った。
「三浦さんって、聖母だったんだわ」
この世に三浦史詩夏過激ファンがまた一人増えた瞬間である。




