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第4話


 その一言だけだった。

 突如目の前の少女が目を見開き、固まる。すると不思議なことに、今まで感じていた途轍もないプレッシャーと絶望感が消えていった。

 やれる。

 俺は少女に刀を突き刺した。それは真っ直ぐ貫通し、そのまま体を引き裂く。

 ばしゃり、と血が噴き出した。スーツが真っ黒に染まる。同時に、少女の向こう側に、黒い影が見えた。それは一瞬で消えてしまい、もう一度見たときには何もなかったが。


「……やったのか?」


 地面に倒れた。ごろりと転がる。

 曇り空から、何かが落ちてきた気がした。光の筋のようなソレが、なんだか眩しくて、目を細めた。


「もう……だめだ…………」


 俺はそのまま、意識を失った。



**



 危なっ!咄嗟に避けたから良かったけど、あのままじゃ私の体まで貫通してたって!

 雨が降り出した中川町で、私は内心焦りながら、周囲の状況を確認した。

 もう一体のエミュレイターを探す……が、見当たらない。少し歩いてみるか……。


『一体討伐確認。もう一体の討伐で任務完了』

「はいはい。分かってるよ」


 先ほどの少女のエミュレイターは、多分あの一撃で死んだと思う。動きを止めるために、後ろから超強力版麻痺ピックを刺しておいて良かった。危険度B+の割に勘が鈍かったのか、後ろに転移した私に全然気づいてなかったから。

 でも、本当、着いて早々運命の分かれ道って感じで焦ったな。あの隊員さんの実力じゃちょっと貫通までいかなそうだったから、強化もかけておいたけど、それでも不安だった。

 でも、ちゃんと死んでた。青階級が危険度B+を一撃で仕留めるなんてすごい、と心から思う。

 それにしても、私は首を傾げる。

 情報ではもう一体いたはずなのに、さっきから反応が薄いというか、いまいち感じないんだよね。

 軽く走ってみて、センサーの反応を調べてみる。全体に満遍なく強い気配を感じるせいで、却って居場所がハッキリしない。

 もし逃げてたら厄介なんだけどなぁ。でも、こんなにすぐにいなくなるかな、普通。戦略的撤退、というわけでもなさそうだけど。実は転移能力持ちだったり? ただ、それなら危険度B+どころじゃないだろうけど。

 そう考えていた時だった。

 ……ッ!

 一瞬微かに感じた殺気に、咄嗟に首を避ける。

 瞬間、猛烈な爆発がすぐ横で散った。


「あら、勘が良いのね。見破られたのは初めてよ」


 エミュレイター……!

 耳元で突然した声に、私は思わず叫びそうになって、しかしぐっと堪える。


「転移ッ」

「わ、あなた、転移能力持ちなのね。すごい! でも……厄介だけど、私に勝てるかしら?」


 空中に転移して、私は様子を探った。

 どこだ、どこ。すごく強烈な気配。吐き気を催すほどの不快感を感じる。それなのに、姿が見えない……!

 バサバサ、と微かに鳥の羽音が聞こえた。まさか、鳥?


「私の能力、何だと思う?」


 耳元で聞こえた声と直感に、私は叫んだ。


「転移!」


 恐らくコンマ数秒差だろう。空中で爆音が鳴り響いたのを、今度は屋根の向こう側から見つめる。流石危険度B+。洒落にならない強さだ。

 ぐにゃりとまた体が歪む感覚。二回連続で使ったのは初めてだ。すごく気持ち悪い。

 でも、急いで飛び上がる。

 センサーを効かせるために、ある程度距離をとらないと。姿が見えないのは厄介だ。次至近距離に来たら、塗料か何か……いや、ピック!


「それじゃあ私は倒せないんじゃない?」


 また声がした。それに、心が読まれてる……!?

 私は手元にあった爆発キューブを取り出してぶつけた。しかし思ったような手応えはない。どういうことだろう。

 同時に転移する。多分、向こうは油断してる。

 遠隔攻撃? それか透過。でも、この手応えのなさはなに? 分身なら姿は見えるはず。まさか三能力? それなら危険度B+どころじゃないけど、レグラムが間違うなんてあり得ない。

 あっ!

 ハッとして、私は立ち上がった。


「あら、もう正解? つまらないわ」

「余裕綽々ですね」

「そうねえ、まあ当然よね」


 音声にノイズがかかったような音が混じる。


「本体はここにはない。だから攻撃の手応えがなかった。共有、ですか? 感覚、例えば視覚や聴覚を共有したり、一方的に覗いたりできるんですよね。それで思考も覗ける。遠隔攻撃、共有のどちらかだけでも面倒なのに、両方なんて……危険度B+の中でもトップクラスに厄介」

「んふふ、あなた、賢いのね」


 飄々とした声に、曖昧に笑ってみる。なるべく無心になるよう意識しつつ、距離をとっていく。

 また爆撃が飛んだ。

 思い切りジャンプし、ビルの5階ほどの高さまで飛ぶ。下を見下ろすが、それらしい人の影はない。どこだ。どこだ……。


「どこでしょうねえ」


 また爆撃。今度は道路の上に着地する。

 分かったことがある。このエミュレイターは、一度に複数の器官と感覚を共有することはできない。


「でしょう?」

「あたり♡」


 婀娜っぽい声が酷く不快だった。


「そうバカスカ撃たなくても、一撃で仕留めれば良いのに」

「あなたって遊び甲斐があるもの! でも、変ねえ。あなたはなんで逃げないのかしら? 勝ち目がないって分かっているでしょう。戦闘隊員さんって殉死を強要されてたりするの?」

「勝ち目は分かりません。神のみぞ知る、ということで。あと、いくら戦闘隊員の殉死率が脅威の62%だとしても、皆“生きる”つもりで闘っていますよ」


 まあ、それでも今回みたいに、亡くなってしまう人もいるけれど。

 それにしても、本体はどこだろう。通常、共有能力では対象の一部を本体が保有するなどと言った、繋がりが必要になる。繋がりは位置が遠ければ薄まってしまうし、共有も難しくなる。

 それに、複数の者と感覚を共有するのは至難の業だ。頭もこんがらがるし、攻撃する余裕もできない。

 だから繋がっているのは私一人とで、しかもそんなに離れてはいない。伏兵なしの純粋な場合での特定なら難しくはないだろう。

 それに、私がこのエミュレイターに気づいたのは、さっきの一体を殺した後だった。あのとき、攻撃が来た後に、私はその存在を感じた。繋がったのはきっとそのときだ。つまり、その前の一撃は、別の者と共有して私を見つけたか、本体が近くにいて私を目視したからかのどちらか。


「どうでしょうか? 私の推測」

「ふふ、さあねぇ」


 初めてはぐらかした。つまりビンゴ?


「それは安直じゃないかしら」

「私の直感は当たるんですよ」


 何気なく笑ってみると、笑い声が聞こえた。寒々しい声が木霊した。

 また爆発が起こった。大気を破裂させたような轟音。爆風が吹き荒れる。コンマ数秒遅れていたらもろに喰らっていただろう。


「転移」


 そしてもう一度転移。一度に二回。今日だけなら七回目。いや、もっとか。今日は能力を使いすぎた。もうそろそろ限界が来る。それまでに仕留めないと。

 どうすれば見つけられるだろう。手当たり次第行っていたら負ける。これ以上無駄な転移はできない。

 そもそも、なぜこのエミュレイターはこの場に留まり続けているのだろう。こちらからすればありがたいが。

 私を殺しても利益はない……はずだ。私が適合者だった、なんて確率はほぼないだろうし。


「疑問です。本当に」

「気持ちは分かるわ。でも、もっと複雑なのよ。この世界って」


 ああ、また来た。今度は街路樹を投げられ、咄嗟に走って避ける。

 このままじゃジリ貧。


「どっちでも良いんですよ、正直」


 目的がなんであれ、私たちを害することに変わりはないのだから。

 ……そこか。


「転移」


 私は呟いた。歪む感覚はない。当然だ。だって……。


「……あなたは、他者も転移させられるのね。でも……まさか、こんな……」

「油断大敵、でしたね。お互いに」


 私は躊躇なく目の前の核に剣を突き立てた。本当は核だけ転移させるつもりだったけど、結果的に上半身全てを転移させてしまった。

 しかし、その瞬間。


「っぐ……!?」


 胸に途轍もない痛みが走り、思わず嘔吐く。

 痛覚を共有された……!くそ、もろに痛みが来て苦しい。

 それでも手は離さなかった。殺さなければ。トドメを、確実に。

 超力をまとった剣は、それでも、硬い核を壊すには少し力とコツがいる。私は必死に力を込めた。バキリ、と音を立ててそれが完全に割れた。

 やっと、痛みが消えた。


「憎らしいわ。こんなこと初めてよ」

「もう死んでるのに話せるなんて、すごいですね」

「強いもの、私……」


 でも、それ以上の言葉は出なかった。一帯を覆っていた圧が消えていく。

 エミュレイターが完全に死んだのだ。


『任務完了。お疲れ様でした。ほうしゅ』


 レグラムを途中で止めて、 連絡モードに切り替える。

 雨は酷くなっていた。ボツボツと頭を叩く雨粒が痛い。


「状況報告。危険度B+二体とも討伐完了。重傷者多数。恐らく死者もいます。至急救助隊を要請します」


 レグラムにそう言いながら、私は目の前の死体をジッと見つめた。

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