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第36話

*****




 すぐ横で気配がした。

 急速に意識が浮上していく。


「……史詩夏?起きたの?」

「森先輩……」


 そこにいたのは森先輩だった。

 先輩はいつの間にやら置かれていた花瓶の花を撫でていた手を止めて、私を見つめる。


「まさか逆の立場になるとはねー、びっくり。これで二人とも同じ年に入院したね」

「確かに、そうですね」


 森先輩は軽い口調で言った。

 私はくすっと笑う。

 しかし、森先輩はすぐに表情を真顔に戻して、私に近づいた。


「本当に、心配した……ッ」


 ぐっと眉を寄せて、口を歪めて、森先輩はそう言った。その目は涙でにじんでいる。

 私はどうしたらいいか分からずおろおろと目線を彷徨わせた。

 先輩は拳をぎゅっと握りしめながら、そっと睫毛を伏せる。


「……月見が、死んだよ」

「え……」


 私は呆然として先輩を見つめた。

 月見先輩が、死んだ?上手く言葉が咀嚼できずに、頭の中で繰り返される。

 死んだ、死んだ……。月見先輩が、死んだ。

 ぐるぐる頭の中を回っていく。頭をがつんと殴られたみたいに、気持ちが悪くなってくる。

 ……私のせいだ。

 率直に、一番最初に、そう思った。

 私の為に、月見先輩は一緒エミュレイターと戦ってくれた。そして、私の為に、危険を覚悟でエミュレイターの元へ行ってくれた。

 私のせいだ。月見先輩が死んだのは、私がいたせいだ。


「私も、正直、まだ受け止めきれてない。月見は骨が折れて心臓に突き刺さっていたみたい。エミュレイターに思い切り殴られたんじゃないかって」


 月見先輩は、強かった。きっと、自分の身だけ守ろうと思えば、生き残れたはずだ。

 だけど、私の様子を見るために、影から出た。そして、エミュレイターに捕まった……危険度Aに攻撃を受ければ、いくら超人といえどよほどの強さでない限りは重傷を負う。

 そうして先輩も、死んだのだ。

 死んだ、という言葉がじわじわと心臓に突き刺さって、喉が締まっていく。

 さっぱりした、整った顔を思い出す。笑うと子犬のような雰囲気のあった顔を思い出す。私を見下ろした優しい目を思い出す。

 私にとっては、ついさっきまで話していた人。でも、もう、二度と会えない人。

 心に大きな穴が空いたようだった。

 私は涙も流すことができず、状況を受け止めきれないまま、森先輩が話すのを聞いていた。


「月見の葬式はもう終わったよ。ご家族には、私から説明した。自分の親にもいつかあんな風に誰かが説明するんだと思うとゾッとしたよ……月見は顔は綺麗なまま残ってたから、まだ戦闘隊員の死に際にしてはよかったんじゃないかと思う。でも多分、死ぬときは痛みに苦しみながら死んだんじゃないかな……」


 森先輩は抑揚のない声で話し続ける。顔には深い影が差し、冷たい目がどこか遠くを見つめていた。

 耳に入ったはずの言葉が頭に入っていかずにそのまま出て行く。ただ、よくないことを話しているのだということだけが分かった。

 森先輩はふぅ……と息を吐き、そっと顔を上げて私の方を見た。


「でも、史詩夏だけでも、生きてて良かった。月見も、自分が死ぬ覚悟でも史詩夏を助けようとしてたんだから、きっとそう思ってるはずだよ」


 生きてて良かった。その台詞だけが、胸の中にからんころんと音を立てて落ちてきた。

 私はそれを拾い上げる。

 蹴り上げてしまいたかった。小石のように、遠くまで。

 だけども、そうすることもできずに、ただその言葉とにらみ合う。

 人の死を対価に得た命に、良かったなどと、言っていいのだろうか。


「だから、史詩夏も、今はつらいだろうけど、早く治すことだけ考えて」


 森先輩は、そこまで話して病室から出て行った。

 私は薄暗い病室の中で、ただ冷たい冷たい水の底にいるような気持ちのまま、天井を見上げた。

 守れなかった。私は、また、失敗した。

 思い出すのは、危険度A+との戦闘のときのこと。私が運んだ人々は、私の目の前で、潰されて死んだ。

 そして今回は、私のせいで月見先輩が死んだ。

 私のせいだ。全部、私のせいでこんなことになったんだ。

 不意に、月見先輩に会いたいと思った。

 首に手をそっと当てる。

 手に力を入れる。息が苦しくなっていく。

 そのとき、どたどたという足音が聞こえてきた。


「史詩夏…………ッッ!!!!」

「奈江子さん……!?」


 ほとんど体当たりされるように抱きしめられ、私は目を白黒させる。


「良かった……!青森に仕事しに行ってたら史詩夏が目覚めたって聞いて、慌てて帰ってきたの。心臓が止まるかと思ったよ」

「わ、分かったから、ちょっと、苦しい……」


 私はじたばたと奈江子さんの腕の中で藻掻いた。


「あ、ごめん」


 パッと手を離され、私ははぁ……と息を吐いて起き上がる。

 奈江子さんは随分やつれたようだった。ただでさえひどかった目の下のクマが更にひどくなり、頬はこけている。

 涙に濡れたその瞳を見て、私はようやく、自分がたくさん心配をかけたのだと悟った。


「奈江子さん、ごめん、心配かけて……」

「いいのいいの!生きててくれれば、それで」


 奈江子さんはそう言って、また私を抱きしめる。今度は優しい力だった。

 そのぬくもりを感じて、自分の体が冷えていたことに気づいた。


「史詩夏は……仕事柄、どうしても危ない目に遭うなっていうわけにはいかないだろうけど……それでも、自分のことをもっと大切にして」


 真っ直ぐな瞳でそう言われた。

 私は気圧されて、思わずこくりと頷く。

 奈江子さんはそれからいくつか私に質問をして、ごめんごめんと何度も謝りながら、仕事のために帰っていった。

 まるで嵐が来たかのようだった。私はその後ろ髪を引かれる様子の奈江子さんに、「大丈夫だから早く行って」と背中を押してベッドから見送る。

 そうしたら、また一人になった。

 目を閉じれば、胸の中で静かに鼓動する心臓の音聞こえる。

 ああ、私は、生きているんだ。

 死んでない。まだ、全部失ってない。

 そう思った途端、胸がかーっと熱くなった。

 ぼろぼろと目から涙がこぼれ落ちる。何度も何度も、沢山沢山、熱いものが頬を伝っていく。

 声は出さなかった。ただ天井を見つめた。

 視界が涙ににじんで歪んでいく。顔が発火したように熱くなっていく。

 腕を目の上に置いて、ぐっと唇を噛んだ。

 月見先輩、と、心の中で叫ぶ。

 私は、私は……まだ、生きてます。先輩の分まで、生きたいです。

 ごめんなさい。先輩のこと、救えなくて、ごめんなさい。私のために頑張ってくれた先輩のことを、助けられなくて、ごめんなさい。

 それでも、私はまだ、生きたいです。

 負けたくないです。

 死にたいと願う弱い自分を、何もできなかった弱い自分を、大切にされた分返せなかった弱い自分を、変えたいです。

 強くなりたいです。

 だから、生きさせてください。先輩の分まで、生きて、沢山の人を救って、絶対に負けないでいるから、もう二度と私のせいで人を亡くしたくないから、だから。

 だから、私は、まだ月見先輩には会いに行けません。

 蘇ってくる。沢山の記憶。

 初めて会ったのは、北海道第六署で。キューブ交換課で偶然顔を合わせて、月見先輩から話しかけてきた。


「君、三浦史詩夏ちゃんだよね。噂は聞いてるよ。雪香と仲良いみたいだし、俺とも仲良くしてよ」


 そう言って笑った顔に、私は緊張して、はい……と小さく返事した。

 それから、森先輩と会うときには、しばしば月見先輩とも会うようになった。

 先輩はしょっちゅう私の腰に手を回してくるセクハラ男だったが、それ以上のことは一度もしてこなかった。ちゃんと線引きをしてくれていることは私も分かっていた。

 だから、いつしか心を開いて、尊敬はせずとも、それなりに信用はしていた。

 月見先輩には悪評が絶えなかったけど、同時に実力派だという声も聞こえていた。そんな先輩は、私にあるときこんなことを言った。


「史詩夏ちゃんって、雪香のことどう思ってる?」

「よくしてくださる先輩……ですかね」

「そうかー、じゃあ、俺のことは?」


 月見先輩は自分を指差してそう尋ねた。


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