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第31話

「……はい、どなたですか」


 声は、やはり若い女性のものだった。私は、既にエミュレイターが擬態している可能性を頭の隅に置きつつも、口を開く。


「EESです。一時間前ほどにすぐ傍の図書館で“カフネ”という本を借りられたと思うのですが、その本をこちらで預からせてもらいます」

「えっ、本をですか?」


 女性は訝しげな声色で言った。

 まあ、そうなるよね。EESが民間人に関わることはあまりない。エミュレイター関連のことだけだ。そんなEESが、本を預かりに来た。なにも知らなければ謎すぎる状況である。

 私は「とりあえずドアを開けていただいてもよろしいでしょうか」と言った。

 その瞬間だった。


「史詩夏ちゃんッ!」


 先輩の腕に引っ張られたのと、ドアがふっ飛んだのはほぼ同時だった。

 呆然と道路に転がったドアを見つめる。

 だがすぐ戦闘体勢に入り、ドアの向こうを見た。


「あ……あ……」


 そこには尻もちをつき、涙を浮かべる若い女性と、黒い人影。


「EESの小娘か、こっちの人間か。どっちを先に殺すべきかなぁ」


 それは緊迫した場にそぐわない、余裕に満ちた声だった。

 その顔が、私の方を向く。

 黒い目と目が合った。

 私が後ろへ飛んだコンマ一秒後、私のいた地面に大穴が空いた。

 月見先輩が影の中に隠れた。私が息つく間もなく、エミュレイターがこちらへ迫ってくる。速い……!私じゃ対応できない!

 頬に攻撃が擦る。


「転移!」


 咄嗟に転移し室内にいた女性の前に行った。そして女性の手をお姫様抱っこしてもう一度叫ぶ。


「転移ッ!」


 すぐ目の前にエミュレイターが迫っていた。

 何とか転移した先は、事前に森先輩らと落ち合う予定だった場所。


「史詩夏、どうしたの!?」


 森先輩が駆け寄ってきたので、私は女性を森先輩に預けた。


「この人をお願いします!危険度Aが現れました!場所は清水町三丁目です!」

「分かったけど、月見は?」


 森先輩がそう言ったのとほぼ同時に、私の影の中から月見先輩が現れた。


「史詩夏ちゃん、あの女の人は……良かった、無事に助け出せたみたいだね」

「月見!敵の特徴は?」


 安堵する月見先輩に、森先輩が尋ねた。


「恐らく紙の中に入れる能力持ち。俺みたいに移動できるかは分からないけど。今は男の見た目で、かなり好戦的。俺の見立てでは、あれは街中で戦闘したら民間人が沢山死ぬね」

「そう……まあ、民間人は今避難指示を出したから大丈夫だとしても、好戦的なら早く対処しないとまずいな……」


 森先輩は深く考え込んだ。

 その後ろから、新井さんがやって来る。


「三浦ちゃん、怪我してないかい?」

「軽く頬に攻撃が擦った程度です。ただ、あれは私では対処できません。ここにいる全員がかりでもかなり手こずりそうです」

「それはかなり警戒が必要だね」


 新井さんはぐっと眉をひそめた。

 赤丸さん、そして他の応援の人や、北海道隊員もやって来る。

 私たちは手短に状況を説明した。


「なるほど。三浦さんで敵わない相手なら、俺たちだとかなり厳しそうですね」

「戦術を考えましょう」

「でも、時間がないですよ」


 そうなのだ。敵は私たちに見つかってしまった以上、なりふり構ってはいられなくなる。民間人を大量に殺し初めてもおかしくない。事態は一刻を争う。


「とりあえず、私は戻ります」


 私がそう言うと、森先輩は「何言ってんの!」と怒った。


「今自分で敵わないって言ってたくせに、死にに行く気?」

「ですが、こうしている間にも、人が死ぬかもしれません。相手は好戦的です。皆さんは作戦を立ててください。私は時間を稼ぎます」


 私は真っ直ぐ全員の顔を見渡した。

 私の覚悟が伝わったのか、森先輩は押し黙る。


「じゃ、俺も行くよ」


 そう言ったのは月見先輩だった。

 私は驚いて先輩を見る。


「先輩、でも……」


 私が言葉を紡ぐ前に、新井さんが口を開いた。


「月見くんじゃ最悪死ぬ可能性もある。それは流石に駄目だよ」


 その目は鋭い。森先輩も、新井さんの台詞にうんうんと頷いている。

 しかし、月見先輩は飄々としていた。


「俺はいざとなれば影に隠れられるし、正直死ぬ可能性は低いよ。まー、こう言っちゃ悪いけど、史詩夏ちゃん一人だとそんなに保つとは思えない。俺もいた方がより時間を稼げる」


 にこにこ笑っていたが、その目は本気だった。

 私は先輩の言葉に俯く。確かに、私一人ではせいぜい稼げて一時間程度が限界だろう。それも、確実に死ぬやり方をしたらの話。生きて時間を稼ごうとするならば、頑張って30分。

 それがよく分かっていたから、私は先輩の考えを否定することはできなかった。


「……いざとなれば、逃げてくれ、二人とも」

「新井さん!」


 新井さんが静かに言った。

 森先輩が抗議するように声を上げたが、新井さんはもう私たちを送り出すつもりらしかった。


「では、皆さんの準備が整うまで、耐えてきます」

「まー、なるべく頑張るけど、なる早で準備済ませてね」


 私たちが周りを見回すと、一同は真面目な表情で頷く。

 さあ、行こう。


「転移」


 その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

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