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第27話


「分身!」


 その途端、もう一人の茜が現れて、木刀を構えて近づいてきた。同時に、本物の茜が横から跳び蹴りを繰り出してくる。

 私は蹴りを屈んで避け、そのまま後ろへ移動して本物の茜の足を掴んだ。怪我させないように力を調整しつつ足を持ち上げ茜の上半身をもう片手で押さえる。

 分身が私の背後に回ったので、そのまま後ろへ頭突きし、怯んだ隙に茜を横抱きにして分身にぶつける。

 茜と分身は一緒にふっ飛ばされて床に落ちた。茜の体はくるくると回転し、分身は煙のように消えてしまう。

 私は床に寝そべったままの茜の元へ歩いて行った。

 茜は腕で目を覆っていたが、私が近づくと腕を大きく広げてこちらを見る。


「私、惨敗だね。分かってはいたけど」

「……前より剣の筋が良くなってる。それに分身の滞在時間も長い」

「慰めないでよ……惨めになるから」


 そう言って、茜はぼろぼろと涙を流した。私は黙って、茜に手を差し伸べた。

 茜は僅かに目線を泳がせたが、やがてゆっくりと私の手を取る。

 ぐい、と引っ張ると、茜はおもむろに起き上がった。

 私は何を言えば良いか分からなかった。だから、思ったままのことを伝えた。


「茜、ありがとう。今まで……」


 私の言葉に、茜は目をぱちくりと瞬かせて。


「なんで、もう二度と会えないみたいな感じなのよ。普通にまた話すでしょ!」

「え?」


 私は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。茜は怪訝な顔でこちらを見つめる。


「そりゃあ、約束したから、対戦はもう挑まないけどさ。でも、これからは戦い以外で、対等になれるように頑張るから、私」


 茜の表情は晴れやかだった。泣いて赤くなった目尻がそれに似つかわしくなくて、少しだけ変だ。

 私は茜の言ったことを脳内で反芻した。

 戦い、以外で。私たちは、まだ、やり直せるのだろうか。


「……友達になれる?」


 私がそう尋ねると、茜は力強く答えた。


「当たり前でしょ!ていうか、史詩夏が良いなら、もう友達だから!」


 友達。その言葉が、胸の中に広がっていく。

 なんだかむずかゆい、変な気持ちだった。でも、それは不思議と不快じゃなかった。


「じゃあ……えっと、改めて、よろしく」

「なんか、変な感じね。よろしく」


 茜は照れくさそうに笑った。

 私も、つられてくすりと笑みをこぼした。


 その日、私に初めての友達ができた。



****



 いつも通り任務をこなしていた。依頼を一通り終えてレグラムを見ると、通知が一件来ている。なんだろう。

 開いてみると、そこには定期お悩み相談室の実施のお知らせ、の文字が。

 定期お悩み相談室……ああ、あれか。私は思い出して懐かしい気持ちになった。

 戦闘隊員はなんせその仕事柄、トラウマを負いやすい仕事でもある。よってその精神面のサポートのため、3年前から導入されたというのが、このお悩み相談室だ。ちなみに強制参加である。

 隊員は期間内の好きな日時を指定して、悩みを聞いてもらう。お悩み相談室にいる間は任務をしなくても良い。4月と12月に行われ、場所は各署、各支署の一室。

 カウンセラーの先生に悩みをじっくり聞いてもらえるとあって、それなりに好評らしい。とはいえ私が受けたのは去年の12月の1回だけで、その頃は特に何も悩みがなく、あっけなく終わっていた記憶がある。

 まあ、あのときはまだ隊員に成り立ての頃で、お悩み相談室のこともよく分かっていたかったのだ。今は……うーん……悩み、あるのだろうか。

 もちろん、私だってしんどいと思うときはある。学校とか、家とか、任務とか、それなりにキャパオーバーを感じる日々だ。だが、別にそれらは相談したところで解決できるわけではない。解決できそうな悩みとなると、特に思いつかないのだ。

 しかし強制参加なので、一応日程を決めて送信する。無事予約が取れたようだ。まあ、今回は参加する人がそもそも少ないだろうし、当然か。あの危険度A+のせいでほとんどが亡くなってしまったから。

 それからはまた普通に任務をこなして、家に帰って家事をして、寝ぼけ眼で報告書と格闘する日々が続いた。

 雪が降り始めてから、依頼の数は少しだけ減ってきた。熊などの生き物が冬眠する時期なので、エミュレイターもその分擬態しづらくなっているのだろう。

 おかげで私は、一日に50体ほどしか倒さなくて済んでいる。森先輩たちが頑張ってくれているのも大きいのだろう。

 そうやって日々を過ごしているうちに、相談の日がやってきた。

 北海道駐在署に行くと、案内の紙が貼ってあった。それに従い歩いていると、ある部屋に辿りつく。

 コンコンコン、とノックすると、はーい、という優しげな声が聞こえてきた。


「失礼します」

「どうぞ、座って!」


 そこにいたのは、前回のときと同じ、若い女の人だった。名札には久世、と書かれている。

 私は言われるままに椅子に腰掛けて、先生と向き合った。先生は安心させるような笑みを浮かべてこちらを見ている。


「よろしくお願いします」

「よろしくね。前回から半年経ったけど、調子はどう?」

「悪くないです」


 私がありのままそう答えると、先生は「変わらないね」と笑った。そういえば、前回も私は同じことを言った気がする。だから、こんな反応なのかと、私は勝手に納得した。


「最近、任務がかなり多いって聞いたけど、無理してない?」

「そうですね。確かに多いですが、処理できないほどではないです。学校になかなか行けないのは困りますが……」

「学校かー、確かにそれは困るよね。もうちょっと減らせないか、私の方から上の人に相談してみるよ」


 先生は深刻な顔で私の言葉を受け止めた。親身になってくれてありがたい。

 だが、私の休みが増えるということは、それだけ周りの負担が増えるということだ。休ませてという要求が仮に通っても私は困ってしまう。


「ありがとうございます。でも、これでもけっこう休ませてもらってるので、これ以上を望むつもりはありません」


 そう言うと、先生はうーんと唸って腕を組んだ。


「そっか、三浦さんは真面目だね」

「そうかもしれません」


 私は何気なく窓の外を眺める。葉が落ちて裸になった木々。雪が積もった地面。寒々しい冬の景色がそこには広がっている。

 冬は嫌いじゃない。澄んだ空気や頬を撫でる冷気は気持ちよくて、体の芯から綺麗になっていく気がするから。

 最近は忙しさもマシになってきたので、以前ほどの疲労感もなく、リフレッシュできる時間も確保できていた。だから尚更、悩みという悩みは見つからなかった。


「じゃあ、任務以外のことを聞くね。普段、話せる友達はいる?」


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