第26話
ふー、と息を吐いて地面に座る。少し、疲れた。レグラムを見るともう15時だ。一時間半ほど経っている。
手強かった。しかし、本来なら勝てなさそうなところを勝てたのだ。暫く勝利に浸っていても良いだろう。私も成長したのだと実感する。半年前なら絶対に倒せなかった。
そうして少しの間腰を下ろした後、ゆっくりと立ち上がる。エミュレイターの残骸を回収しなければ。
とりあえず、私は石の個体にキューブをぶつけた。みるみるうちに覆われ、小さく萎むエミュレイター。小さくなったそれを手に取り、ポーチにしまう。
他の個体も回収しよう。私は早足で森を出た。
グラウンドに行くと、茜が焦ったようにこちらへ駆け寄ってくる。
「史詩夏、無事で良かった……!」
「心配してくれてありがとう。でも、茜、私はまだ怒ってるからね」
「うっ……」
茜は苦虫をかみつぶしたような表情で唸った。
私はとりあえず茜を放っておき、エミュレイターたちにキューブをぶつけていく。
グラウンドに散らばった死体たちを残らずキューブで処理すると、ようやくホッと一息つけた。
ポーチの中は拡張機能がついていてかなり大容量なので、このくらい入れてもまだまだ余裕はある。しかし、倒したエミュレイターのキューブはその日中に署で処理してもらわなくてはいけないので、今日はこの後署に行くことが確定になった。普通に面倒だ。
屋上を見ると、避難していた生徒たちはほとんど教室に戻ったのだろう。そこには誰もいなかった。
私は改めて茜に向き直る。
「茜、なんであんなことしたの」
「……私だって、超人だもの。いつまでも史詩夏に負けてはいられないって、思って……」
「私と張り合うのは良いけど、自分の命を大切にして。私だって同期が死ぬところは見たくない」
「……っ!」
茜は涙目になって私を見た。その表情は、どこか雪道の中を迷っているような、なにか大切なものを奪われたような、そんな悲しい表情だった。
私はその表情の意味するところが分からずに戸惑う。
沈黙が場を包み、静寂が私たちの間に横たわった。
茜は必死に涙を堪えて、小さく肩をふるわせる。
私は悩んだが、とりあえず場を納めるために口を開く。
「とにかく、もう二度とあんなことは……」
「分かってる!私が未熟だってことも、無謀だったことも、史詩夏を困らせたことも……!でも、私、何もできないのは嫌よ!同期の私が史詩夏から離れたら、誰が、史詩夏と対等に話すの?誰が史詩夏と普通の友達になる?」
それは慟哭だった。茜の言葉が、空気を劈き、天を突き、私の心臓を止めた。
茜はそのまま無我夢中で話し続ける。
「私はそりゃあ、史詩夏と比べれば何もできない。分身だって一個しか作れない。しかも弱いし、すぐ消えるし!史詩夏は私たちよりずっと早く隊員になって、活躍して、でも、ずっとずっと、一人。私は対等でいたかった。せめて私くらい、仲間でいたかった。同じ目線で話したかった……無理だって、分かってたけど」
そこまで言って、茜はやっと息継ぎをした。
私は衝撃で頭が追いつかなかった。
茜がそんな風に思っていたなんて、微塵も思わなかった。戦おうと言ってくるのは実力を試したいからで、絡んでくるのは気に入らないからだと思っていた。でも、今の話から推測すると、茜は茜なりに、私のことを心配してくれていたのだろうか。
私は確かに一人だ。対等に話せる相手なんていない。これからもっと一人になるだろうとも思う。強くなればなるほど……。
正直、茜のやり方はどうかと思った。でも、彼女の不器用なりの優しさに、少しだけ胸が苦しくなった。
私が何も言えずにいると、茜は哀しい笑みを浮かべて私を見た。
「史詩夏、今日の放課後、また戦おう。もし私が負けたら、二度と戦おうなんて言わないから」
それは、茜なりの決別の言葉だったのかもしれない。私は直感で分かった。もし私が勝ってしまえば、茜は、もう私と対等でいようともしてくれなくなるのだと。
分かっても、どうすることもできなかった。ここで手加減をして負ければ、茜は絶対に私を許してくれないだろう。今まで彼女の努力に気づかずに受け取ってこなかった私には、この果たし状を拒絶する権利もない。
だから、私は黙って頷いた。
茜はゆっくりと私に背を向けて、そのまま校舎へと消えていく。
私はぼんやりと空を見上げた。清々しくどこまでも広がっていく秋の澄んだ空は、どこか遠く、手に触れられそうになかった。
それから私は教室に戻って、普通に授業を受けた。授業終わり、クラスメイトたちが私に駆け寄り、次々にまくし立ててきた。
「戦闘すごかった!」
「いつもあんなことやってるの?」
「俺、マジで尊敬」
「三浦さん、ここにサインして!」
私はおろおろしながら言われるままにサインする。こんな風に詰め寄られるとは思っておらず、戸惑ってまともに対応できない。
「敵、怖くなかった?」
「まあ、慣れてますし……」
「普段どのくらい倒してるの?」
「最近は一日60体ほど」
「すごーー!」
耳元で叫ばれ、思わず目を瞑る。う、頭に響く……。
その後も散々褒められたが、どう反応すれば良いのか分からず、終止はあ……とか、え……とか、挙動不審に答えていた。
先生がやってきて帰りの会になり、一度皆は離れていく。それでも、四方八方から視線を感じ、私はいたたまれなくて俯いた。
目立つのは苦手なんだけどな……。
帰りの会が終わり、また皆が近づいてきたので、私は「すみません、用事があるので!」と言って早足に教室を出た。
そのまま玄関に行くと、そこには茜がいた。
「あ……」
「……せっかくだし、一緒に行く?」
茜にそう提案され、私はこくりと頷く。
気まずさから何も話せず、ただ黙ったまま二人で歩いた。
20分くらい歩いたところで、訓練所が見えてくる。そのまま中に入り、一直線に訓練場へ向かう。
茜は真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
私はその姿を横目で見て、少しだけ睫毛を伏せる。話せるのももうあと少しだけなのだと思うと、純粋に寂しさがこみ上げてきた。
訓練場に着くと、かなりの人が練習していた。丁度放課後だからだろう。
私たちは備品の木刀を取って、歩き出した。
彼らは私たちの方を見ると、驚いたようにひそひそと話し始める。ざわめきの波が全体に広がるまでにそう時間はかからなかった。
モーゼの海割りのように人が私たちを避けていく。気づけば私たちは訓練場の真ん中にいた。
注目を浴びているのが分かる。しかし、私は茜だけを見つめていた。
茜も私を見ていた。目線が交差する。
先に動いたのは茜だった。




