第19話
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森先輩が復帰した。目が覚めてから一ヶ月後のことだった。
「もう大丈夫なんですか?」
「まあね。いつまでも史詩夏に抜かされてちゃまずいしさ」
森先輩は鷹揚と話す。そんな様子を見ていれば、私もそれ以上不安になるのもおかしいかと思って、安堵混じりに「なら、良いんですけど」と呟いた。
丁度そのときレグラムに依頼が入ってくる。しかも森先輩のレグラムも鳴っている。これは一斉依頼か?と思ってぶるぶる震える端末を開くと、そこには承諾の文字しかない通知が。なるほど、強制参加か。
『緊急依頼。登別東町で危険度Cの分裂群発生。推定数50体。形状は蜂。速やかな討伐願います。なお、この依頼は三浦隊員と森隊員にのみ送られています』
危険度Cか……50体となるとそれなりに大変そうだが、それで森先輩が呼ばれたのだろう。
登別東町まではかなり距離があるし、緊急依頼だから転移の私も呼ばれたというのが事のあらましのようだ。
「先輩、どうやら共同依頼みたいですね」
「だね。久々にあんたの戦闘を直接見られるのは嬉しいな」
森先輩はそう言って早速地図を3D化させた。
二人で地図を見てみると、場所は遊園地になっている。この時間帯なら子どもも多いんじゃないだろうか。
危機感を抱いて、二人で顔を見合わせた。
「史詩夏、転移できる?」
「私、このところの大量任務のおかげで、転移できる回数が大幅アップしたんです。余裕です」
「じゃあ行くか」
先輩は私の肩に手をやって目を閉じる。私も目を閉じた。
「転移」
瞬間、ぐにゃりとした感覚が脳を貫いた。
「きゃぁあああっ!!」
『速やかに避難してください。現在、危険度Cのエミュレイター50体が遊園地内にいるとの情報が……』
叫び声とサイレンが聞こえ、目を開ける。人々が一斉に出口へと逃げていた。多くの人が移動しているせいで、出口付近はおしくら饅頭だ。将棋倒しにならないように必死に警備員たちが止めているが、この混乱の中ではあまり意味をなしていないらしい。
私は慌てて分裂群を探した。エミュレイターセンサーは位置をすぐに特定した。
大量の巨大な蜂が、観覧車の周りを占拠している。よく目をこらすとまだ観覧車の中には人がいるらしいが、皆出てこられないのかいつまでも回り続けている。
蜂たちは縦横無尽に飛び回り、時折観覧車にぶつかっていた。しかし、どうやら観覧車の中心部分に巣があるらしく、観覧車から離れる気配はない。
あのままじゃ最悪観覧車が壊れる……。私は森先輩を見つめた。
「森先輩、あの数倒せますか」
「もちろん。でもあそこにいられると、観覧車ごと傷つけちゃう可能性大かな」
森先輩は余裕綽々に言った。特に危機感を抱いていないらしい。
しかし私も遊園地での戦闘は初めてとはいえ、突破口は見えている。
「では、私がエミュレイターを全部移動させます。どこが一番良いですか?」
「まーあ、妥当なのは空中にまとめて転移させて私が一瞬で全部燃やすルートだろうね」
「分かりました。では、あそこに10秒後に転移させます」
私は遊具がない部分の空中を指差して言った。
「いち、に、さん、し……」
森先輩が数字を呟く。私は心の中で全員を転移させるイメージを膨らませた。
「さん、に」
いち。頭の中で数え上げた瞬間、エミュレイター全てを私は一気に転移させた。
ば、と次にエミュレイターが現れたのは想像したとおりの場所。彼らは慌てたように巣に戻ろうとする。
しかし、森先輩はそんな時間与えなかった。
「拡散」
ぱしゅん!と放たれた無数の矢が、寸分の狂いもなく全てのエミュレイターの核を撃ち貫く。黒い血が細い線を描いて噴き出した。
計50体。それなりの数だった蜂の群れは、瞬く間に羽を止めて真下に落ちた。黒い血を浴びながら全てが完全に死滅する。
残骸の山ができたとき、エミュレイターセンサーの反応は消えた。
「まさしく阿吽の呼吸だったね」
森先輩は勝ち気な表情で私に笑みを向ける。私もにこりと笑って先輩を見た。
そのときだった。
ガタガタ、と音がし、慌てて観覧車の方を見ると、そこには外れかけた観覧車の車体が。
「危ない!」
私が転移したのと、車体が落ちたのはほぼ同時だった。
次の瞬間私は車体の真下にいて、一切の思考を挟まず即座にそれを持ち上げた。
さ、流石にちょっと重いな……。そう思いつつもなんとか支える。別に私は飛べないので、落下のスピードはぐんぐんあっという間に上がった。
地面が足についた瞬間、超人の私でさえ多少骨を折りそうな衝撃を感じた。……が、なんとか体で受け流し、重い車体をゆっくり地面に下ろした。
「史詩夏!」
先輩が傍にやってくる。
「さ、流石に足ちょっと折れたかもしれません」
私が足をさすると、先輩は呆れたように腕を組んだ。
「あんた、馬鹿じゃないの」
まあそれはその通りである。
観覧車のドアを開けると、そこにいたのはまだ幼い少女と三十代半ばの女性だった。どうやら親子で乗っていたらしい。
女性は呆然としたような顔をしていたが、私の姿を見た途端目を見開いて少女の手を取る。
「大丈夫ですか?」
なるべく落下の衝撃は流したつもりだが、それでもどこか怪我をしているかもしれない。
心配して手を差し伸べた瞬間だった。
「近づかないで!あんたらみたいな超人が、私たちに話しかけるな!」
ぴしゃり、と冷水を浴びせられたようだった。心のどこかではありがとうと感謝されると思っていたのだろう。衝撃で暫く頭が回らなかった。
しかし、やがてはたと思いつく。この人はきっと、超人に何らかの恨みがあるのだろう。そういう人は少なくない。
助けたのにそんな言い草、と思う気持ちもあるが、そもそも助けるのは私たちの義務なので感謝を求めるべきでもない。
私は即座に頭を切り替えた。
「すみません。ですが、車体がかなり弱っているので、壊れる前に出た方が良いと思います。それから、もしどこか痛むようだったら、すぐに病院へ行ってください」
あくまで冷静に、言葉を紡いだ。
私が車体から離れると、女性は少女を抱き上げたまま、警戒するように外に出てきた。
そして、私の方をもう一度きっと睨み付けると、そのまま早足で走り去っていった。
「史詩夏、ああいう人のことは無視した方がいいよ」
「いえ、気にしてないので。彼女も気が動転していたんでしょう」
「……そうだね」
森先輩はそれ以上は言わず、そっと私の肩を叩いた。
「とにかく、任務完了だね」




