第18話
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突如入った知らせ。
「森先輩が、目覚めた……?」
『今連絡が入ったんだよ。史詩夏ちゃんは真っ先に知りたいだろうと思って』
「それは……ありがとうございます」
電話越しに、新井さんに感謝を伝える。
空は清々しい快晴だった。風が頬を撫でて去って行く。
『というわけだから、今日の任務は一旦終わらせていいよ。雪香ちゃんのところ行っておいで』
「分かりました」
私はそう言って電話を切った。
森先輩が目覚めた。もう眠ってしまってから半年が経っていた。季節は秋だ。夏の刹那の煌めきが遠く脳裏で滲む頃。
トンボが飛び回る中、なんとなく歩くことを選んだ。
嬉しいのか、と言われれば、嬉しい。でも、実感が湧かない。驚くほど、心が舞い上がらない。止まったまま。地面に貼りついたまま固まってしまっているみたいに。
半年が経ったから、もう目覚めないことを覚悟した方が良い。そう言われたのは、少し前のことだった。
私も同意した。もう目覚めるきっかけになりそうなことは全部終わった。ここまで目覚めなかったのなら、この先も目覚めないだろうと……そんな風に、考えていた。
それが、急に目覚めたと聞かされて。なぜ、今なんだろうと、そう思った。純粋に。
特別なこともなく、今日は平穏を具現化したように明るく爽やかで閑静な日。鳥は舞い紅葉は美しく子供たちは公園で駆け回っている。こんな日には、なにか大きな良いことも悪いことも起きなさそうだった。その予想が見事に外れてしまって、今。
病院に着いて、総合受付で病室を尋ねる。案内されて階段を上った。窓から青空を眺めた。
辿り着いたのは、殺風景な病室だった。静かな空間の中で、青い髪が白いシーツの上に広がっていた。その体が起き上がって、おもむろにこちらを向く。
「お、史詩夏じゃん」
変わらない表情で、森先輩はにっと微笑んだ。
「先輩、久しぶりですね」
私はぎこちなくはにかむ。
「そう?私は寝てる間の記憶ないから全然久しぶりって感じじゃないわ」
「確かに」
「史詩夏はなんかちょっと変わったね」
「そうですか?」
自分ではよく分からない。不思議な顔を浮かべる私に、森先輩はまたまたにっと笑みを浮かべる。
「私がいない間、大丈夫だった?」
「それは……結構ギリギリでしたね」
「まあそうだよね。あの戦いで大分やられただろうし」
「はい。北海道署員は今私含めて12人しかいません」
「減ったな」
「しかもそのうちの4人は今重傷で入院中です。先輩も含めると5人ですね」
私がそういうと、森先輩はうーんと唸った。
現状8人体制で回している現場は、北海道全域をカバーするのに限界を見せている。だからこそ赤丸さんらが呼ばれたのだ。
「じゃあ、私も早く復帰しないといけなさそうだね」
「いえ、先輩はまだ休んでいてください。一応応援も来ているので、重病人を引っ張り出すほどではないんですよ」
「応援?そうなの?」
「はい」
私は頷いた。
「へー、その人たち強いの?」
「青が三人、赤が一人、緑が一人です」
「なかなか良いメンツじゃないの。でも五人しか来ないのはけっこう悲惨じゃない?」
「そうですね……」
確かにその通りである。二人で苦笑し合う。
人手不足は本当に深刻な問題なのだ。少子高齢化で超人の出生率も下がっている中、今まで業界を支えてきた団塊の70代後半の世代があと5年か10年で引退することを考えれば……。
日本の将来を憂いつつ、当たり障りのない雑談を何個かした。森先輩は終止元気な様子で、時折頭を抑えることはあったけれど、すぐ退院できそうだった。
「つい色々話しちゃいましたね」
「私がいない間に随分変わったみたいでびっくりだよ。早く復帰したいなあ」
「まだ休んでてくださいよ。じゃあ、そろそろ行きますね」
「うん。史詩夏、無理しないでよ」
「はい」
私はゆっくりと病室の扉を閉めた。
森先輩は私の方を一瞥したが、すぐに窓の外に視線を移した。扉が閉まり、その姿は見えなくなる。
廊下の窓を見やると鳥が飛んでいった。どこまでも自由に羽ばたく羽根が日に浴びて白く光っている。私もああなりたい。何もしなくて良い日がたまにはほしい。
「仕事、仕事……頭がおかしくなっても逃げられない。私はこの仕事からは逃れられない」
それって、なんて不条理。悲しみが除く前に思考をシャットアウト。苦しいより無感情の方がマシに決まってる。
そうしていつも通りの日常に戻るのだ。それしか私にはできないから。
悲しみよ、どうかこれ以上大きくならないで。私を壊す前に去って行って。




