第17話
エミュレイターの子どもの卵のようなんです」
「え!?」
驚いて目を丸くする。卵だって?そんな話、聞いたこともない。エミュレイターがどうやって生まれるのかは未だ謎に包まれている部分なのだ。
「これはとんでもない新発見なんです。というわけでですね、更に詳しい状況を説明していただきたいと思いまして」
「も、もちろんです。でも、エミュレイターが卵を産むんですか?」
私は気になって思わず尋ねた。
北見さんはうーん、と顎に手を当てつつ、一言。
「今までの研究では、産まない、とされてきました」
「ですよね……私も授業で聞いた覚えがありません」
私も彼女に意見に頷く。
「ただ、エミュレイターの発生に対する仮説はいくつかありまして。以前主流だったのが宇宙から飛来するという説です。一方で、少数派ですが、エミュレイター同士が交尾し子を産むという説を唱えている人もいました。ですから、別に今急に出てきた話というわけではありません」
「そうなんですか」
「はい」
エミュレイターの発生。卵があるのも謎だし、無性生殖なのか有性生殖なのかも甚だ謎だ。
卵……あんなに小さかったのに?それなのに、あれほど大きなエミュレイターの卵だなんて信じがたい。
私は疑問が膨らみ、北見さんの方を見た。
「卵はこれからどうするんですか?」
「とりあえず、孵化させようかという話になっています」
「えっ!? そ、それ、大丈夫なんですか?」
「はい。エミュレイターの生育に成功すれば、新たな事実を見つけられるかもしれません。生殖の謎に迫るためにも、孵化は重要です」
「なるほど……」
正直安全管理とか色々と問題はありそうだが、研究が進むのは喜ばしいことだ。
「では、まず当時の状況について教えてください。事前にあった回答では、エミュレイターの体内から見つけた、とありましたが、具体的にどこで?どうやって?どんな風に?」
「一つずつ説明していくので!」
北見さんの目がギラついているのが少し怖かった。
しかし、そうなるのも仕方のないことだろう。これは教科書に載るかもしれない大発見なのだから。
私もその気持ちはよく分かったので、一つ一つ丁寧に、当時のことを話した。
大体6時を過ぎた頃だろうか。
「お疲れさまでーす」
「さよなら」
そんな声が聞こえて、夢中で話していた私たちは顔を勢いよく上げた。続々と人が部屋から出てきていた。
二人で視線を合わせる。
「そろそろ定時です」
「そうなんですか?じゃあこれくらいでおいとました方が良いでしょうか」
「いえいえいえいえ!!ぜひ!いま!もっとくわしく!伺いたいです!!」
北見さんは勢いよく身を乗り出してそう言った。
お、おお……。
その剣幕に思わず体を後ろに引く。
「あれ、雫じゃん。てことは、そこにいるのがあの三浦史詩夏?」
突然フルネームで呼ばれ、びくり、と体を震わせる。
見ると、そこには北見さんと同い年くらいの女性が。短い髪に華奢な体。しかし声は溌剌としていた。
「ちょっと英里香!三浦史詩夏さん、でしょ!」
「た、確かに。ごめんなさい、気を悪くしたなら謝ります。つい有名人感覚で呼んじゃったの」
「いえ、大丈夫です」
私は静かに首を振る。
申し訳なさそうな顔をした英里香さんは、そのままこちらに近づいてきた。
「私、雫の同期の南木英里香よ。ここの、雫とは別の研究室で働いてるの」
「あ、もう知ってらっしゃると思いますが、緑階級戦闘隊員の三浦史詩夏です」
「ふふ、うん、知ってる。三浦さんの活躍はこっちにもよく聞こえてくるよ。日本最年少戦闘隊員であっという間に緑階級に昇進。最近では危険度A+相手に善戦し無傷で生還。次期白階級との呼び声高い天才少女……」
あまりに装飾された物言いに、私は恥ずかしくなって俯いた。
そんな風に言われているなんて思わなかった。基本森先輩や月見先輩は私に対しぼちぼち頑張れという程度だし、後輩たちは尊敬してますとは言ってくれるけど別にそれだけだ。
でも、と思う。もしかすると、それは皆が気を使ってくれていたからなのかもしれない。
確かにかなり目立つことをした自覚はある。出る杭は打たれるものなので、私はなるべく大人しくしていたつもりだったが、それでも森先輩には小言を言われたし。言わないだけで、内心嫌な思いをしている先輩たちもいるのではないだろうか。
それなのに、私の周りの人は、私のことを特別扱いせずに、普通に扱ってくれている。それがどれだけありがたいことか、改めて心に深く感じた。
「今日は三浦さんに、エミュレイターの卵の話を聞いていたんでしょ? どう?」
南木さんはそう言って北見さんを見た。
幾人もの研究者たちが現れては去って行く中、喧騒に少し肩の力が抜ける。
北見さんはにやりと笑って答えた。
「大発見が期待できそうだよ」
「そりゃあ良かった! 私も研究者として気になるところだからね」
喜ぶ南木さんに北見さんも微笑みを浮かべる。
仲の良い二人を見て、私は素直に羨ましいなと思った。同性の同期……朝桐茜とは、もう随分距離ができてしまっていたから。
「でも英里香、そろそろ話の続きをしたいし帰ってほしいかな」
「あっごめん! じゃあね! 三浦さんも元気で!」
南木さんは笑って手を振る。
私はそちらこそ、と答えて軽く頭を下げた。
次に頭を上げたときには、彼女はずっと向こうの方に行ってしまっていた。
「ごめんなさい。英里香はミーハーな子だから、三浦さんの話を聞いたときから会ってみたいってうるさかったんです」
北見さんは申し訳なさそうに謝る。
「いえ、全然。とても明るくて元気をもらえました」
「それなら良かった。じゃあ、話の続きをしましょうか」
それから、私たちは再びエミュレイターの話を始めた。
全て話し終えた頃には、時計の針は7時を回っていた。
「とても興味深いお話でした。本当にありがとうございます」
北見さんが深々と頭を下げてきたので、私は気まずくなって両手を振る。
「いえ、こちらこそ貴重なお時間を取らせていただいてありがとうございます」
「それはこちらのセリフです。とにかく、また何か分かったら連絡しますね」
「はい。今日はありがとうございました」
私は立ち上がってゆっくりと頭を下げた。
帰り道、真っ暗になった外の世界を、なんとなく鼻歌を歌いながら歩いた。帰ったらまた家事をして、眠る。明日は学校に行けるように、事前に仕事はできないと伝えてある。
久々の学校だ。沢山勉強するぞ。
私は気合を入れて、遠い月明かりを眺めて微笑んだ。
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