第15話
それから少し待つと、総合受付の人がやって来た。
「今、研究所に送ることが決まりました。詳しい状況をこちらに記入お願いします」
「はい」
用紙を受け取り、そこにA+との戦闘時の状況について細かく記入していく。
全て書き終えて、再び総合受付に渡した。その間誰一人として署には入ってこなかった。以前はしょっちゅう人が行き来していたのに……北海道にいる隊員の数はもうかなり少ないのだ。それを不意に実感した。
寂しいなんて今更なことを、少し思ってしまう。彼らがいた頃、私は何か接点を持つことはしなかったのに。そのくせいなくなった途端後悔するのだ。なんて、なんて愚かだろう。
「……はい。以上で受付は終了です。ご協力ありがとうございました。今後、研究所から連絡が来る場合がありますので、一応出ていただけると嬉しいです」
「分かりました。失礼します」
一礼して、受付を去った。
窓の外の濡れた景色を見て、行きたくないな、とこっそり思う。それでも、依頼は無常にも増え続けて行くので、私は仕方なく署から出る。
レグラムを起動して、いつも通り走り出した。また同じ作業が始まる。
*****
前に親に捨てられたとか言って新井さんに引き取られた男の子が、隊員になるため訓練を受けていると聞いた。なので、なんとなく私は訓練所に行くことにした。
訓練所に行くのはざっと二年ぶりだ。訓練所にはあまり行こうとしてこなかったので当然であるが。訓練所には同期がいて、私は彼らと会いたくなかった。私だけ先に昇進してしまったので、ちょっと気まずいのだ。
しかし、同期は二人しかいないし、今日は平日で学校があるだろうから、たまたま会うこともないだろう。勇気を出して行くことにした。
訓練所につくと、小学生くらいの子たちが座学に勤しんでいた。懐かしい。私もあんな風に授業を受けていたっけ。
基本的には人数が集まれば実践練習をして、それまでは時間帯ごとにそれぞれ座学を受ける、というのが習わしだった。超人は数が少ないので、基本は教員に1対1で教えてもらえる。
私の担当教官は美濃さんという人だった。厳しい女性だったけど、私は特に何か言われた記憶がない。むしろ、よく褒められていた気がする。
彼女は今はもう東京にいるそうなので、私が会うことはない。それでも、時々は連絡を取っている。するのは他愛のない話ばかりだが、私のことを気にかけてくれる人がいると思うと少し元気が出た。
昔のことに思いを馳せていると、座学を受けている中に一人、見覚えのある子がいるのを見つけた。……あの男の子だ。
そういえば、名前を知らない。話しかけようかと思ったけど、忙しそうなので、やめておくことにした。
そのまま帰るにはいささかもったいない。せっかく来たのだから誰かと話したいな、なんて思って、曖昧に訓練場に足を運んだ。
入った瞬間、埃の匂いが立ちこめた。ああ、そうそう。こんな感じだった。中では何人かが訓練をしていた。
私が入ってきたことに気づいたらしい。その中の一人が顔をこちらに向ける。それにハッとした。
彼こそが私の同期、深夜くんだったからだ。
別に無視してくれても良いのに、彼はどんどんこちらに近づいてくる。
「久しぶり!」
「ひ、久しぶり」
多少気圧されつつ、私は無理矢理笑顔を作った。
正直に言えば、私は彼が苦手だ。何故かというと、とても良い人だからである。
明るくて誰にでも優しく当然のようにモテる。特に同級生。彼を見ようと訓練所に来る女子が後を絶たなかった。その度にトラブルが発生していたし、私は彼とよく話すため嫉妬の対象になっていたのだ。
挙げ句の果てには後輩まで深夜くん好き♡となって訓練に身が入らない始末。そんなわけで、私は深夜くん狙いの後輩に付きまとわれたりした。
そして、あまり人と話したくないですオーラを出している私にもよく話しかけてくれる。だから私も無視できず、結果女子の嫉妬をもろに受ける羽目になるのだ。あまりにも悲しい。
当の本人はその辺鈍感なのか、全く気づく様子もないが。
「珍しいね。史詩夏がここに来るの」
「いや、ちょっと野暮用があって」
「久々に対戦する?」
「……そうだね、しようか」
実を言うと、彼は私と最も相性の悪いタイプの能力を持っている。
だから訓練生時代はよく対戦していた。実力的には多分私の方がずっと上なのだろうが、相性が悪すぎてそれが相殺されているのだ。
せっかく来たのだから、やってみよう。私はそう思って素直に了承した。
「やった。俺、史詩夏と対戦するのいつも楽しみにしてたんだよね。すごく勉強になるしさ」
「私も、深夜くんと対戦するのいつも楽しかったよ」
「そっか、ありがと」
深夜くんは照れたように微笑んだ。私も曖昧に微笑む。
訓練場には人が集まってきていた。その真ん中に深夜くんは移動した。
目立つのは好きじゃないんだけどな……。そう思いつつ、私も真ん中に移動する。視線が一気にこちらに集まってくる。
「手加減なしでやってよ」
「もちろん」
私はこくりと頷いた。
瞬間、彼は殺気を帯びた目で剣を突き刺そうしてきた。しかし遅い。見切って避けて、腕を掴んでひねる。体術の一種。
あっという間に拘束された彼は、しかし余裕飄々だった。
なぜか?理由は、彼の能力にある。
彼の能力は、そう。
「霧化」
その途端、私の手の中にあった腕は、綺麗さっぱり消えてしまった。
毎度のことながら厄介だ。霧化されている間はあらゆる物理攻撃が効かない。捕まえようにも捕まえられないし、すぐ逃げられる。
しかし攻撃が効かないということは、同時に攻撃できないということでもある。彼は霧化している間一切こちらに手出しできない。
焦らずじっくり霧化が解除されるのを待つ。さあ、どこに出る。霧化している範囲のどこにでも現れることのできるが、私はどの方角からでも対処できる。
……ここか。
「くそ、捕まった!」
「一昨年より10秒くらい霧化時間伸びてない?長いなーって驚いちゃったよ」
「いやいや、そっちこそ勘鋭くなってるよね。俺、マジで気配消したつもりだったのに」
二人で顔を見合わせる。そして、どちらかともなく、笑った。
勘に頼った戦法になってしまうので自分の感覚を研ぎ澄ますのが基本になる。彼と戦うと自分の鍛錬の結果が分かるので楽しい。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「え、もう帰っちゃうの?まだ茜も来てないのに」
「……うん」
茜とは、もう一人の同期、朝桐茜のことだ。彼女はどうやら学校が長引いているようだけれど……正直、会わなくてホッとしている。
彼女は好戦的で負けず嫌いな性格だ。だからか、会う度半ば強制的に戦わせられる。しかし彼女の能力は状態変化。霧化の深夜くんとは最悪の相性である一方、私には全く利点を活かせない微妙な相性。すぐ決着がついてしまう。
そしてその度に恨めしげな目を向けられる。次こそは勝ってやる!と毎回言われるので、勝つのも気まずいが、手加減すると更に怒られるのでできない。
彼女のことは嫌いじゃない。ただ、正直戦うのは嫌だ。
「そう……」
深夜くんは複雑な表情を浮かべた。
さよなら、と手を振って帰る。そのとき、あ!という声が聞こえて視線を向けた。
「お姉さん!」
「ああ、あのときの」
そこにいたのは、件の男の子だった。
彼はタッタッと私に駆け寄ってきて、久しぶり!と無邪気に言う。
「お姉さんなんでいるの?」
「君の様子を見に来たんだよ」
「えーなんで?」
「大丈夫かなーって」
「そっかー」
相変わらずの聞き分けの良さというか。
男の子は友達に呼ばれ、バイバイ!と手を振って去って行く。私はその小さな背中を眺めた。
超人として、彼もこれから隊員になることを義務づけられるのだろう。私はただそれを見守ることしかできない。せめて戦闘隊員にならないことを祈るばかりだ。
訓練所を出ると、澄んだ空気が肺を膨らませた。山が遠くに霞がかって美しかった。真っ青な空がどこまでも広がる秋晴れ。
この前の大雨が嘘みたい……そんなことを思いながら、いつも通りレグラムを起動する。
『依頼が40件来ています』
「多っ」
呟いて、走り出す。
一つ目の依頼は危険度Eの分裂群だった。私一人で討伐するのか……と少し憂鬱になる。
大体危険度Eの分裂群というと虫の集団だ。爆発系の能力や森先輩のような拡散向きの相手だし、私からするとあまり転移の利点が活かせないのでやりたくない。
しかし、分裂群は放っておくと面倒なことになるので、今のうちに倒してしまいたいのもまた事実だ。
やるか、と気合を入れて、転移と呟いた。
ぐにゃりと視界が揺れる。




