第14話
いつも通り疲れ切って家に帰る。5月とあって気温はほど良いが、一日100体もエミュレイターを倒していれば疲弊するのは当然だ。
奈江子さんは今日も遅いらしい。なんなら最近は家に帰っている形跡がない。大人気漫画をいくつも抱えているため、仕事が忙しいみたいだ。
2000円札で適当にデリバリーを頼む。自炊するには時間が足りない。もう8時半だ。明日も早いのだからすぐ寝なければ。
ソファにぐったりと体を倒して、目を閉じる。頭が重い。眠気が襲ってきたが、ぐっと堪える。
最近、よく夢を見る。
場所は決まってあの危険度A+との戦闘の場所。私は最後の一人を救出して、そして角が落ちてくることを予期して他のところに送る。でも、そこでも必ず何か起こるのだ。
溶けた体が濁流のように襲ってきたり、エミュレイターが突如起き上がって手で全員を潰していったり……。
「待って!」
叫んで目が覚める。お願いだから、時間を止めさせて、と。願っても、戻ることはできない。止めることはできない。
何度やり直しても、彼らを助けることはできない。それが悔しい。もし、私があのとき、転移能力を使えたら、何か変わっていただろうか。
あの一瞬で彼らを助けるには、それしかなかった。しかし、逆に言えば、それさえあれば助けられた。私が無理に力を使わなければ、あのとき余力がまだあったかもしれない。
いや……考えても仕方ない。私は力を使って一人を助けられた。その代わりに何十人もの命を失った。結果はそれだけだ。
助けた彼女があの後どうなったのかは知らない。追うこともできないし、興味もない。生きていればいい。ただそれだけを願う。
一人きりの家の中で、ふと寂しさを感じた。時々そういう感覚が襲ってくる。私が世界にたった一人取り残されてしまうような感覚。孤独に沈み続ける寒気が全身を震わす。
「大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせる。そのとき、ピンポーンとインターホンが鳴った。
はい、と短く答えて扉を開ける。ピザを受け取ってお金を払った。もう三日連続これだ。味だけ毎回変えているけど、それだけ。体に悪いことは確実である。
しかし手間が省けるのでそれで良かった。手を洗ってピザを食べる。冷えたピザだった。伸びないチーズ。
もし私が今死んだとして、誰か気づいてくれるんだろうか。なんとなく思う。恋人もいない。学校も休みがち。隊員としての仕事もワンオペ状態。私を気にしてくれる人なんていないじゃないか。
こんな不健康な生活を送っていても、誰にも咎められない。自由だ。だからこそ孤独だ。
悲しいときに涙が出なくなったのはいつからだろう。そして、それはいつまで続くのだろう。私だけ昇進していく。同じ年頃の皆はまだ訓練中だ。友達も一人もいない。
後輩と仲が良いことだけが唯一マシだった。でも、彼らも私とは一線を引いている。あくまで、先輩。それ以上でも以下でもない。
普通の生活をしたい。人並みに親に愛されたい。誰かに認められたい。
そんな思いを抱えながら、何もできずに、結局また同じ日々を繰り返す。それが私。これまでも、この先もきっと……。
*****
「応援……ですか」
「ほら、最近史詩夏ちゃん、一日に100体倒さなきゃいけなくなってるから。道外から応援を派遣してもらうことになったんだよ」
新井さんにそう説明され、私ははぁ……と間抜けな声を上げた。
確かにここ最近は全く学校に行けていないので、それはありがたい。しかし、私の補助はしなくて良いのだけれど。
「何人くらい来るんですか?」
「5人」
「え?」
「どこも人手不足らしくてね……」
絶句した。
……で。
「赤丸隼です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
やって来たのは随分若い男の人だった。
大体20歳くらいだろうか?溌剌そうなイケメンだ。男盛りというか、なんとなく全身から熱気が出ている気がする。黒髪黒目、チャラさは全くないので硬派な人なのだろう。
「三浦さんですよね。お噂はかねがね」
「ああ、それはどうも……ところで、他の応援の方は?」
「一人は沖縄から来るのでもう暫くかかる。もう3人は東京から来ていてまだもうすぐ到着するよ」
そう言って新井先輩は赤丸さんを見た。
「青森から来たそうだね」
「はい。おかげですぐ来られました」
「なるほど」
私は深く頷いた。
そうしているうちにもレグラムは震え、次から次へと依頼が舞い込んでくる。2、5、7……もはや単位が2、3ずつになっているので頭が痛い。
一個一個に時間をかけていられないので、レグラムが作った最適なルートに従って30たまったら一旦片づけるようにしている。戦っている間は大体一秒に3体くらいは倒してるんじゃないだろうか。
あ、30になった。
「私は依頼があるのでこの辺で失礼します」
「頑張ってね」
「僕も行ってきます」
そんなわけで、彼との接触はこれくらいで終わった。
……のだが。
「三浦さん」
「ああ、赤丸さん」
依頼30件を捌ききり署に戻ると、ロビーに赤丸さんが座っていた。
私が通り過ぎようとすると、あの、と声をかけられる。
「どうですか、調子は」
「まあそれなりです。赤丸さんは一体なぜここに?キューブを受理してもらいにきたわけでもなさそうですけど……」
「三浦さんを待っていました」
「え、そうなんですか?」
なにか用事でもあるのだろうか。しかし全く接点もないのに一体なんの用事が……。
不思議に思いつつ、「ちょっと待っていただけますか」と断って、私は一度2階に上がった。いつも通り50体近くのキューブ交換課の係員に受理してもらう。
……と、ポーチの奥底にキューブでない何かを見つけて、私は気になって拾い上げてみた。それは何やら白い石だった。なんだこれ……。
あ、そうだ。以前危険度A+と対戦したときに得た謎の石だ。色々忙しくしていて、すっかり存在を忘れてしまっていた。
どうしようか。悩んで、総合受付からERSに送ってもらおうと思い立つ。エミュレイター研究部隊、通称ERS(Emulater Research Squad)とは、エミュレイターに関することを色々と研究している機関だ。
新しいキューブを事務的に100個もらい、交換課を立ち去った。
そのまま、階段を降りて総合受付に向かう。
「すみません」
「はい、なんでしょう」
「以前A+との戦闘中に、A+の体から見つけたものです。ERSに送っていただきたいのですが……」
「しょ、少々お待ちください」
「では、ロビーで待ってますね」
ロビーに戻ると赤丸さんと目が合う。軽く会釈して近づいた。その要件とやらが、待っている間に終わってくれれば良いのだが。
隣に腰掛けて、「それで……」と切り出した。外は雨が降り始めていた。
「一体なぜ私を待っていたんですか?」
私が尋ねると、赤丸さんは神妙な面持ちになる。
「実は、私には弟がいるんですが」
「はい」
知らなかった。いや、まあ、出会って数時間なので当然だが。その弟がどうかしたのだろうか。
真剣な表情に、私もごくりと生唾を飲み込む。
「彼があなたの大ファンで、サインをお願いされてるんです」
「……はい?」
私は呆然として暫く開いた口が塞がらなかった。
もっとこう、この前亡くなった隊員と知りあいで、私を糾弾しようとしているとか、そういうことを想像していたのに。
あのできごとがあってから何日かは、そういう話を毎日のように聞いた。主に署長に文句が行っていたようだが、中には署の外で待ち伏せて、出てくる隊員一人一人に責め立てるような人もいたらしい。
それに比べれば、サインなんてお安いご用だ。私は赤丸さんから色紙をもらい、そこに三浦史詩夏、と普通に書いて渡した。
サイン用の書き方など私は作ってないのでただの署名だ。だというのに、赤丸さんは感激したようにそれを受け取って深々と頭を下げた。
「弟はきっと泣いて喜びます」
「そ、そんなことはないと思いますけど」
嬉しいような、気恥ずかしいような。
それでは、と去って行く赤丸さん。本当にそれだけだったのか、と私は後ろ姿を見送りながら小さく安堵の息を漏らした。




