第12話
歩き出したのはどちらからだろう。その間、私たちは色々な話をした。
少しずつ光が差し込んでいく。世界が、その全貌を見せ始める。液状化したエミュレイターと、完全に飲み込まれた町並み。
流石に圧倒されてしまって、声が出なかった。世界は荒廃して、たった数夜で再起不能なほど破壊しつくされてしまったらしい。
日の光を浴びて鈍く光るスライム状のエミュレイターを眺める。その体は終わりが見えないほど向こうにまで広がっていた。
一面が緑の地獄。
沢山の遺体の横を歩いた。ほとんどは肉片と化していたが、中には綺麗な遺体もあった。どれだけ探しても、私たち以外の生体反応は見つからなかった。
計三日間。長い死闘だったが、総勢101名の隊員が亡くなった時間だと思うとむしろ短いか。本当ならもっと時間がかかるはずだった。だが予想以上に早く片付いたのは、最新兵器の投入と、目潰し作戦の早期成功によるものだろうか。
あの兵器は核を打ち壊すために設計されたそうだが、大きすぎて対応も大変なのが難しいところだ。今回も核には届いておらず、無力化に成功しただけで、実はやつはまだ生きている。
その証拠に、エミュレイターセンサーはずっとびりびり感じているのだ。だが、この液状化への対策を見つけるまで、本部の作戦が通告されるまでは、まだ下手に動けない。
「史詩夏ちゃんは元気そうだね」
「……いえ、流石に疲労が大きいです。ただ、怪我はしていません」
「わー、これは本格的に階級上がるな。もう俺たちには手が届かなくなっちゃうね」
「そんなことは……」
それから私は、ぽつぽつと月見先輩から状況を聞いた。
どうやら私が上にのぼっていた時点で、左右チームのほとんどのメンバーは壊滅状態だったらしい。手を切断する際と毒液を噴射する際に暴力的な大量攻撃に見舞われ、多くの隊員がそこで命を落としたのだそうだ。
中央チームだけが唯一生き残っていたが、硫酸の涙で撤退後、砲弾のために上の方に残った面々は皆液状化したエミュレイターの体に飲まれ瀕死状態に。私が助けた人たちも、角によって圧死した。
「皆頑張ってたんだけどね~やっぱり敵が強すぎた」
「守りきることができなかったのは、私の弱さでもあります」
「いやいや、そんなことは」
軽い口調で月見先輩がいなした。
「でも、沢山の犠牲が出ることは承知の上で、誰かを守ろうと立ち上がった。そんな彼らに、私は敬意を払いたい。だからせめて、あれを完封するまでは、立ち止まれません」
真っ直ぐスライム状になったエミュレイターを指差す。第2形態。ここで仕留める。私はキツく睨んだ。
「史詩夏ちゃん、強いな~」
月見先輩は軽薄に笑った。
朝日が薄闇を白く染め上げていく。スライムに包まれた大量の死体と建物だったもの。緑色の中に全て眠っていた。
『総員に通告。生体反応は12名のみとなった。残りは第二部隊に任せ、第一線を退け』
……第二部隊。どうやら応援が来てくれたみたいだ。
「私は立ち止まらなきゃいけないみたいですね」
「ぷくくく、ドンマイ」
今、かっこよく言ったばっかりだったんだけどなぁ。
*****
第二部隊が奴を駆除するのには半月を要したそうだ。しかし死者は私たちほどではないそうで胸をなで下ろす。
病院で治療を受けた後聞いた話によると、生き残った12名は、私、森先輩、月見先輩、新井さん、それから何名かのベテラン隊員と運の良かった数名……らしい。
新井さんは無傷で生き残ったが、部下を大勢亡くしたので当分はその対応に追われるだろう。北海道署は壊滅的な人手不足に陥っている。
天城さんは一番最前線で戦っていた。唯一の橙階級。恐らく一番勝てたであろう人。エミュレイターに重傷を負わせたことは確認されている。だが、その後どうやって亡くなったのかはハッキリとは分かっていない。なんせ天城さんが率いていた人たちは誰一人として生き残っていないのだ。
東さんは部下を庇って亡くなったそうだ。本当なら生き残れるはずだったと言っていた。最後の最後に、部下3名を守るため犠牲となった。その3名は全員無傷で生還している。
守れた人と、守れなかった人。生き残った人と、生き残れなかった人。その差は明確すぎるほど明確で、呆気ないほどあっさりしていて。
森先輩は目を覚まさない。もうそろそろ目を覚ましても良い頃だと医者は言うが、そのわりに先輩はこんこんと眠っている。
「先輩、こんにちは。花を持ってきました。ほら、先週持ってきた花、もう弱ってますし」
そう言うが、先輩からの返事はない。
美しい顔だ。目を瞑っていても、頬に大きなガーゼをつけていても、その綺麗さは伝わってくる。
長い青髪は既に色落ちし始めていた。美意識の高い先輩なら、これだけのために目を覚ましても良さそうなのに……なんて考える。しかし先輩は目を覚まさない。
花瓶から古くなった花を取り出し、新しい花を差した。ガーベラ。花言葉は、希望。
「月見先輩も後で来るそうですよ。ただ、なんせ人手不足なもので、なかなか予定が空かないみたいです。私もこれから任務がありますが、まだ少し時間があるので、何か話しましょう」
そう言って、私は病室の椅子に座り込んだ。
「明菜ちゃんや他の後輩たちも、救助に回ったおかげで助かったのは不幸中の幸いだったかもしれません。これで後輩が全滅の心配はないですね」
怖いなら救助に回っていろ、と言ったのは別にこれを予期していたからじゃない。思いの外状況は悪かったが、私はちゃんと全員が勝つシナリオがあると思っていた。ただ、怖がりな彼女を無理に戦わせる必要もないかと思っていただけだ。
今になって……静かになった北海道署と、黙祷の時間が今日も訪れることに、少しずつ実感が湧いてきた。
目覚めない先輩の姿も、ああ、想像なんて、していたはずがない。でも、こんなことになるなら、少しでももっと、話していられたら良かったかもしれない。他の隊員とも……ほとんど関わってこなかったけど、その一人一人に生きてきた証があるだろう。
戦いが終わった後、北海道署に何人もの人が来ては、受付に叫んでいたのを覚えている。
なぜうちの人は戻ってこないのか。なぜ僕の妻はいないのか。どうして、息子は死んだのか。
サイレンの音が響き始める。今日もまた、黙祷の時間がやってきた。
私は目を瞑って静かに祈る。亡くなった人たちが少しでも安らかでありますように。少しでも、少しでも、今生きている人々の悲しみが癒えますように。
目を開けても、そこには目覚めない先輩がいるだけだ。
「先輩、早く目覚めてください」
まだ先は長いのだから、私たちはこれからがあるのだから、起きて笑ってほしかった。
病院を出ると、晴れた空が視界いっぱいに広がった。眩しくて思わず目を細める。どこからか鳥の声が聞こえてきた。なんて平和なんだろう。
ゆったりと歩いていると、レグラムがぶるぶる震えた。
『C3体とD級10体とE級30体の討伐依頼が来ています』
おっと……人手不足ゆえだとは分かっているが、それにしてもこの短時間に来すぎだろう。ビビる。
仕方ない。私は足を速め、早速一つ目の討伐依頼を受けた。




