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第10話


「先輩!!」


 女性を置いて駆けだした10分後、サイレンの音を聞きながら、私は北海道第一署に辿り着いた。

 署の前にいた見覚えのある少女に手を振られ、私も手を振り返す。


「あれ、明菜ちゃんじゃない。もしかして訓練生も呼ばれてるの?」


 目の前に走ってきた可愛い女の子は、皆川明菜ちゃん。私の一個下で、中学の後輩だ。高く結んだポニーテールが印象的な、常に明るい女の子である。


「そうみたいです。ってそれより、先輩今まで何してたんですか!? 森さんっていう方が……!」

「史詩夏!!!!」


 その言葉を遮るように、前から更にガバッと抱きつかれた。


「うわっ」

「死んでなかったなら良かった。にしても、遅すぎない?」

「ちょっと色々ありまして……でも、なんで先輩がこの署に?それに、この騒ぎは一体……」

「見つかったんだよ、危険度A+が。今まさにこちらに移動中。既に御方怪山地を真っ二つに割ってる。推定全長220m、分速2km。ちなみに四歩でこの距離を歩けるらしいよ。あっちはド田舎で情報も全く入ってこないけど、噂では集落が10個潰れたって」

「それは……まさしく災害級ですね」


 災害級。A+を形容する際、最もよく使われる言葉だ。階級は一番上。一応更にその上“測定不能”もあるが、これはほぼ現れないので今回は勘定しない。

 現れたなら、通常の死者数は1000~5万人。白階級のいない日本では特に被害が拡大しやすく、私の更に上、白の一つ下の黄階級5人が真っ向勝負してやっと五分五分……。市一つ壊滅も充分あり得る圧倒的な力で、出会えば即死は不可避。

 道理で、と私は納得した。署内にいる人が、皆死にそうな顔をしているわけだ。森先輩もこの第一署に集められたのだろう。


「でも、随分早いですね。まだ号令があってから一時間も経ってないのに」

「あの後、依頼でこっちの方まで来てたから。他の隊員はまだ二、三時間はかかるよ」


 なるほど。随分運の良いというか、間の良い人だ。


「署長は?」

「お偉いさんと電話会議中。なんとか海外の白を緊急召集できないか掛け合ってる」

「この辺りから一番近いのは、中国の白ですかね」

「多分ね~でもあそことは政治的に色々揉めてるから。なかなか」


 そういえば以前、中国の黄階級に危険度Aの討伐依頼したら、対価に島を請求されたって話あったな。結局その話はおじゃんになったが、そのせいで日本は死者を5千人出した。長野危険度A+エミュレイター災害、通称2.20災害。発生したのが2月20日だった為、この名前がついた。今も黙祷の時間があるほどの大災害だ。


「アメリカからは呼べないんですか?」

「あ、そうそう。それなんだけど、さっき署長が史詩夏来たら聞いてほしいって」

「何をですか?」

「史詩夏、転移使える?」

「無理ですね」


 即答した。

 森先輩はやっぱり?と言いつつも、粘る。


「どんなに頑張っても?」

「新薬使って一年寝込むのと引き換えになら、できるかもしれません」

「あーー……」


 新薬は届くのに一週間かかる挙げ句、価格は強気な一瓶200万円。しかも飲んだ後一週間後には副作用で意識が朦朧とし、そのまま丸一年寝込むことが確定している。

 森先輩も無理だと分かったのだろう。目を軽く押さえながら、「署長のところ行ってくる」と奥に行ってしまった。


「先輩……」


 明菜ちゃんが不安そうに私を見た。当然だ。A+なんて、歴戦の隊員でさえ恐れる悪夢の象徴。それがもうすぐ来るのだから、恐れずにはいられない。

 実際、北海道の隊員を全部集めたって、A+を倒すのには何ヶ月もかかるだろう。全国の隊員を集めるなら数週間。しかしそれは不可能だ。毎日どこかでエミュレイターは発生しているのだから。

 それでも、北海道にいるほぼ全ての隊員52名とこの短期間で集められた道外の隊員49名、総勢101名で、迎え撃つしかない。

 私は明菜ちゃんを安心させるように微笑んだ。


「安心してよ。ここには緑が二人、赤が四人もいるんだよ。それに、他県からの応援も時期にもっと来るだろうから、そうすれば数の暴力で打ち勝てる。私たちは市民を守るためにいるんだから、弱気になっちゃダメ」

「は、はい……」


 そっと顔を近づけて、今にも泣きそうな彼女にデコピンをする。


「痛っ」

「もう弱音は吐いちゃダメだよ」

「せ、先輩……でも、怖いんです。私、きっと動けません。なにもできない……!」


 ああ、そうか。この子は自分が無力だと分かってるから恐れるのだ。危険が何か分かっているから恐れるのだ。それのなんと賢明なことか。


「明菜ちゃんは優秀だね。ちゃんと恐れることができるのは、隊員になる上でなにより大事だよ。私たちは常に生きるか死ぬかの土壇場にいるから、そういう危機感を持ち続けないといけない」

「危機感、ですか?」

「うん。そうするとね、当然ミスは減るし、自分のせいで誰かを殺してしまうことも減らせる。とりあえず、無理そうなら奥で救助に回ったら?」


 明菜ちゃんは黙っていた。ただこくりと頷いたので、私は彼女に背を向ける。

 レグラムから通知が来た。


『本部連絡より北海道にいる全隊員に一斉通達。三時間後、北海道第一署に対象が到着の見込み。避難完了までの予想時間は10分、既に住民98%が避難済み。隊員はXVA作戦で迎え撃て』


 陣形Xは“三部隊に散らばれ”、Vは“広範囲遠距離攻撃を行え”、そしてAは“無力化を最優先にせよ”という意味だ。

 私たちはこれから、三つの部隊に別れ、それぞれ10kmずつ離れた地点から総攻撃を行う。左陣営のリーダーは恐らく最年長大ベテランの東さん。右陣営のリーダーは我らが北海道第一署の署長の橙階級、天城さん。そして中央陣営は、森先輩とそのバディ、月見先輩がリーダーだろう。

 最後に、レグラムがぶわりとマイクを撫でるような音を発した。


『諸君、これは総力戦である!! なんとしてでもここで食い止めよ!!!!』


 キーンとスピーカーを響かせた松崎さんの声が、空気を一太刀で切り裂いた。

 総力戦、か……。あいにく総力を使うには、今日の私はコンディションが悪いのだけれど。

 丁度森先輩が戻ってきた。隣には月見先輩もいる。

 ひょろりと高い背にさっぱりした顔立ちの彼は、森先輩とはまた別ベクトルの美形だ。


「よっ、史詩夏ちゃん」

「こんばんは月見先輩」

「どう? 調子は。一応配属は俺たちと同じ中央だけど」

「まあぼちぼちです。お二人と一緒なら心強いですね」

「やー、そう言ってもらえるとリーダー名利に尽きるよ。ははは」


 月見先輩は光のない目で笑った。この人いつも目が死んでいるんだよな……。


「相変わらず、月見は史詩夏の前だとへらへらしてんね」

「後輩はかわいいからね。つい、ね」

「史詩夏はまだ未成年だって分かってるよな」

「いや、俺は年上派だから」


 そう言いつつも、先輩はさりげなーく私の腰に手を回してくる。私はすかさずその手を払った。


「先輩、やめてください」

「史詩夏ちゃんはつれないね~」

「一応言っとくけど、月見が私の部下とヤッたの、史詩夏も知ってるよ」

「マジで」


 途端に先輩はしょげて私から離れたので、やっぱりこの人信用できないと思った。森先輩も塵を見る目をしていた。森先輩の蔑む目って、関係ない私でもちょっと怖いくらい迫力がある。

 しかしバディで何度もその目を喰らってきた月見先輩は、流石というか、全くへこたれる様子がなかった。


「まあとりあえずガンバろ。はいグータッチ」

「どうも」

「塩対応すぎてウケる」


 こんな感じで、先輩は軽いのだ。


「もし、全滅したらどうしますか?」

「んーー俺等が死んだ後のことなんて分かんないよ。そうならないように祈るだけ」


 パチリとウインクしてそう言った先輩は、ちょっとだけ格好良かったけども。

 終末世界のような寒気に襲われつつも、まだ勝機はあると信じるしかない。私も初めて見る危険度A+エミュレイター。過去に日本で見つかったのは七回しかない。大災害級の化け物。私が生きている間に出会うとは思わなかった。


「史詩夏は能力が使えないけど、基礎を試せる良いチャンスだと思って最善を尽くしてよ」

「そうですね。まあ頑張ってみます」


 死んだらそれまで。だけど、可能性にかけてみたって良いかもしれない。まだやりたいことは色々ある。

 ピリピリとした感覚が少しずつ強くなった。続々と隊員が集まってくる。


『総員、直ちに移動せよ』

「行くよ」

「はい」


 さあ、開戦だ。




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