第1話
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私が生まれたとき、母は、この子は自分とは違うと、直感的に悟ったそうだ。その直感は、超人検査で正しいと証明されることになった。
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「えー、であるからして、学生の本分というのは、えー……」
最前列で聞かされる蛇足染みた話に、小さくため息を吐く。もう10分は経っている。
ああ、この校長の話で最後だ!と安堵していた10分前の私を叩いてやりたい。この着地点の見えない終幕の挨拶はいつまで続くのだろうか。
窓の外は土砂降り。体育館内にいても、銃撃でもしているのかと疑うような雨音が聞こえる。そのため、この子守歌も後ろの生徒には聞こえていないだろう。
だというのに、この校長は話をやめないばかりか、雨音に対抗して叫ぶような声で話しているのだから、とてもやってられない。最前列の私たちに唾が飛んで来ているんですが。
ふと、ぴかり、と外から光が入り込んだ。薄暗い体育館内にフラッシュが走ったみたいに眩しくなる。まもなく響く轟音に、ああ、近くで雷が落ちたのか、と目を瞬かせながら思う。
超人だからと最前列に座らされているせいで、下手にぼーっとできないのが悩ましい。まあ、この雨の時点でぼーっとするにはいささか都合が悪いが。
この校長はまるで世界で一番偉いのは自分であるというような自己認識を持っているので、大人しく真面目に聞いているふりをしなければいけない。
昨日は遅くまで任務してたから、眠いんだけどな……。
駄目な大人のエゴとはなんと面倒なものだろうかと思う。そうやって頭の中でこの校長を殴ってでもいないと、イライラしてしまいそうだ。いや既にしてるか。
くわぁ、とあくびをしそうなところをかみ殺していると、ブー、ブー、とレグラムが振動しだした。
瞬間、意識が覚醒した。
私は隣に座っている茜や、後ろの後輩たちの視線を感じた。
「ごめん、ちょっと行かなきゃ」
「えっ、うそ」
私は立ち上がった。
突然のことに、校長も生徒もこちらを見る。視線が痛い。
「三浦、何をして……」
校長が言いかけたその時。
『千歳市にて動物型エミュレイター1体の目撃情報。危険度B-。速やかな捜索と討伐を要請します』
私が答えるまでもなく、レグラムの通知音声が鳴り響いた。雨音にも負けない音量。後で音量調整しておこう……と密かに決める。私は画面に表示された『受諾』『拒否』の二文字のうち、受諾の方を押す。
「すみません、緊急任務です」
ぺこり、と頭を下げて、私は走り出した。生徒たちの座っている端を通って廊下に出る。
ぶっちゃけ拒否選択がある時点で多分無理して行かなくて良いタイプの任務だとは思うけど(Bなら狩れそうな人は結構いるので)、これ以上校長の唾を浴びたくないので行く。土砂降りより唾が嫌だ。
ベルトのボタンを押すと、シュルシュルと全身をスーツが包む。防水防弾防火……大体の機能が揃った優れもので、隊員の必需品だ。
「えーっと、位置は……」
誰もいない生徒玄関の前で、レグラムの画面を3D化する。ピコン、と半透明の立体ホログラムが立ち上がり、小さな地図が構築された。
いくつかの通りの中に、旗マークの付いている場所がある。目撃情報のあった場所だ。
「とりあえず転移するか」
道順を想像して、呟く。
「転移」
体がぐにゃりと曲がるような感覚とともに、雨音が遠ざかっていき……。
またすぐに鳴り出した。しかも今度は耳元。
雨粒のそこそこ強い打撃に耐えながら目を開ける。スーツのおかげで濡れずに済んだ。フード付きスーツは雨のときの必需品だ。
ついでに撥水加工のゴーグルをつけて、周囲を見回す。
エミュレイターのせいか、大通りにも関わらず人通りはない。恐らく付近一帯にエミュレイター警報が出ているのだろう。
先ほどからピリピリとした不快感を感じる。エミュレイターセンサー。私のセンサーの範囲は半径100m以内で、その中にエミュレイターがいると、こうやって背筋がピリピリするのだ。
それにしても、この感じ、結構近い。ピン、と緊張の糸を張り詰める。
危険度が増えるほど、また距離が近いほど不快感は増す。情報では危険度B-だったから……恐らく、私から30mほどしか離れていない。すぐ傍に隠れている。
危険度B-のエミュレイターの形態は主に二つ。大型の野生動物型か、知性の高い人型。人型ならここまで近くにはいないはず。となると野生動物型か……。
エミュレイターの擬態が厄介なのは、エミュレイター自体の強さが擬態で変化することはない、というところだ。
人型なら知性が高くなり、ヒグマなら筋力が高くなる。しかし元々持つ超能力や防御力は変わらず、小さな蝶型でも核爆弾に耐えられ、個体によっては巨大化したりもする。
危険度B-は、上から六番目。危険度Bの一つ下で、私の階級、緑より下の階級の隊員なら戦闘で重傷を負うレベル。緑階級でも油断はできない。
視界が悪いのが難点だが、とりあえず私は位置を突き止めることにした。
このエミュレイターは私が依頼を受けたので、他の隊員は基本来ない。というか、一番近いところにいる隊員でも、多分ここに着くまでに30分はかかるので、来られるはずがない。北海道は広いし、その割に危険度の高いエミュレイターが多いのだ。
私の超能力「転移」のような力を、誰も彼もが持っているわけでもない。私が死ねば後が面倒だ。とにかく、慎重に。そして素速く。
とりあえず走りながら方角を調べる。少し気配が遠ざかった。こっちじゃない。
こっちか……でも距離が離れてる。多分、向こうが気づいた。そして逃げてる……?
臆病なエミュレイターなのか、と私は思った。野生動物の中でも、臆病で逃げ足が速い動物。となると、やはりヒグマだろうか。警戒心が強いし、そこそこ足が速い。でも、それなら早く捕まえた方が良いな。
私は自身の体にもう一つの超能力、「強化」をかけた。瞬間、私の足は世界記録をゆうに超える速さで走り出す。
熊の時速は最大56㎞。私の今の速さはおよそ時速60㎞だ。……見つけた。ビリビリ感じる不快感とともに、視界の先に四足歩行の毛むくじゃら巨体を捉えた。
「転移」
空中に転移した。
加速しつつ、アイスピックを取り出す。コレはうち(EES)の武器の一つ。こうやって超力を込めて突き刺すと……っ!
真上から、私はピックを思い切りヒグマ型エミュレイターに突き刺した。同時に超力を最大まで放出する。
「グァゥゥアッ──!」
ヒグマは叫んで、起き上がろうとしたようだった。しかし、ピキリと氷が体を覆い始めていた。すかさず私はまた転移する。
もう一つの武器、私の主力。それは銃だ。もちろん、対エミュレイター特化型の。機関銃。蜂の巣にできる野蛮なウェポン。
私はそれを握り、熊の真後ろに転移した。
超力で強化した両手で、凍りかけの体を地面に倒す。暴れようにも、ヒグマはピックが刺さっている限り、凍り付いたままだ。
『胸部、射程圏内。命中確率99%』
レグラムの機械音声が鳴り響いた。
超力を込め、引き金を引いた。
瞬間、弾丸の雨が氷ごと真下のそれを撃ち抜いた。
不快感が消えると共に、血の代わりに、ぷしゃっ!と黒い体液が氷の隙間から噴出した。
雨水に混ざり薄まって流れていく黒。汚れた雨水の張った地面の溝に、時折水の波紋が広がる。
私はぼんやりとそれを見つめていた。
『任務完了。お疲れ様でした。報酬は……』
「分かってる。10万でしょう」
『10万え』
全部言い切る前に、私はため息をつきながらレグラムの電源を落とした。AI搭載のくせに会話能力がまるでないのだ、この機械は。
速やかに捕獲キューブを取り出し、目の前のそれにぶつける。すると、ぶよぶよした半透明のジェルが、みるみる氷を溶かしながらそれを覆っていく。
雨水も弾くこの優れものは、まさしく現代科学と超能力の技術の結晶だろう。
血の一滴もこぼれない、というような密度。数秒で完全に覆われたそれは、ジェルの効果であっという間に小さくしぼんでいった。
片手に収まるくらいの球体になったので、私はそれを掴む。ぶよぶよしてるけど、手には付かない。例えるなら、昔流行ったスライムのような感触だ。
むにゅむにゅして遊んでいたい気もするけど、あんまりやると手垢がついて研究所の人に怒られるので、大人しくベルトポーチに仕舞っておく。
「転移」
そう言った瞬間だった。
『緊急応援要請。中川町にて危険度B+人型エミュレイター2体と青階級隊員三名が交戦中。同行していた紫階級隊員三名と逃げ遅れた捜索隊員一名、民間人五名が負傷。民間人一名と紫階級隊員一名が重傷と見られます。至急応援お願いします』
ぐにゃりと曲がる感覚の一歩手前で、レグラムの声に私は引き戻された。




