第8話「選ばれし境界」
夜。
金輝島に設置された臨時居住区は、
人工照明の白い光に包まれていた。
だが、瑛斗の部屋だけが――
わずかに、暗かった。
「……眠れない」
ベッドに横になっても、
目を閉じるたび、二つの空が浮かぶ。
青い空。
魔力の流れる空。
重なり合って、軋んで、
どちらにも完全には属さない感覚。
「境界……か」
昼間、ルルに言われた言葉が、
胸の奥で何度も反響する。
そのとき。
――カチリ。
室内灯が、勝手に消えた。
「停電……?」
違う。
闇の中で、
光が、内側から滲み出していた。
「……なに、これ」
自分の手が、淡く光っている。
金でも、白でもない。
混ざった色。
触れようとした瞬間――
視界が、反転した。
⸻
瑛斗は、空中に立っていた。
否。
“立っている感覚”だけがある。
足元には、地球。
頭上には、ドラード。
二つの世界が、
上下に重なって見える。
「……夢?」
「夢じゃないよ」
背後から、声。
振り向くと、
ルルが、静かに浮かんでいた。
「ここは、
境界の内側」
「内側……?」
「あなたの中」
瑛斗は、息を呑んだ。
(俺の……中?)
⸻
「世界が、あなたを通って、
行き来してる」
ルルは、瑛斗の胸に手を当てる。
その瞬間、
大量の情報が流れ込んできた。
・精霊の囁き
・魔力の奔流
・科学の法則
・重力、電磁波、時間
「――ぐっ……!」
膝をつく瑛斗。
頭が、割れそうだった。
「むり、むりだろ……
こんなの……」
ルルは、少し悲しそうな顔をした。
「だから、
世界は“ひと”を選ぶ」
「ひとりで、抱えさせるため?」
「ちがう」
ルルは、首を振る。
「つなぐため」
⸻
現実世界。
瑛斗の部屋の外。
警報が鳴り響いていた。
「エネルギー異常反応!
居住区B-12!」
ミルスが、端末を見つめて叫ぶ。
「……これは……」
ラークが、拳を握る。
「瑛斗だ」
扉を開けようとするが、
見えない壁に弾かれる。
「近づくな」
どこからともなく、声が響いた。
空気が、燃えるように揺れる。
「……サラマンダー」
ミルスが呟いた。
炎の揺らぎの中に、
赤き精霊神の影が見えた。
「まだ、時ではない」
低く、威厳ある声。
「境界が、安定しておらぬ」
「だが!」
ラークが叫ぶ。
「彼は、人間だ!」
「だからこそだ」
サラマンダーは言う。
「人は、壊れやすい」
⸻
境界空間。
瑛斗は、必死に息を整えていた。
「……なあ、ルル」
「なに?」
「俺が、これを引き受けたら……
どうなる?」
ルルは、少し考えてから言った。
「世界は、こわれない」
「じゃあ、俺は?」
一瞬の沈黙。
「……変わる」
その答えで、十分だった。
瑛斗は、立ち上がった。
震える足で、
それでも、前を向く。
「逃げたら、
誰かが代わりに壊れるんだろ」
「うん」
「それなら――」
瑛斗は、胸に手を当てた。
「俺が、
境界になる」
その瞬間。
二つの世界が、
一斉に震えた。
金色の光が、
瑛斗の身体を貫く。
⸻
現実。
警報が、止まった。
扉の前に、
瑛斗が立っていた。
顔色は青白い。
だが、目は――
「瑛斗!」
皐月が駆け寄る。
瑛斗は、微笑んだ。
「……大丈夫」
その背後で。
誰にも気づかれぬまま、
影が、一つ蠢いた。
「……見つけたぞ」
デーモンロード・ダーク。
境界の誕生は、
彼の覚醒を――
確実なものにしていた。




